第3話 「でけた、Overture for Us, Op.1」
6月初めにサークル内発表会があるということは、結構さっさと楽曲を決めないと練習時間が取れないということか。
【高岡】
"てか入学直後の新入生の発表をこんな早くに企画すんなし"
"腹立つわー"
"誰が楽曲登録すんだよ"
"するんだけども"
高岡、ひとりでキレてんなー。そう思っていた矢先に、
【高岡】
"絶対、オリ曲で出てやるし"
"みんなが良ければだけど"
なんてメッセージが届くので、彼の情緒がどうなってんのか分からない。
【浜辺】
"ごめん今LIN○見た"
"予定大丈夫! 出ましょ"
水も滴るいい浜辺からのメッセージが無事カットイン、そして「少なくとも出場だけは決定」というステータスにグレードアップする。
その週の俺は、別件ですっかり参っていた。――どうして文系に進んだのに、こんなにも数学を勉強しなければならないのか。経済学と数学の関係の深いことよ。高校時代に理系勢がひぃひぃ言いながら履修していた数学IIIや数学Cの範囲を、今更ながら勉強しなければならないのである。おまけに、授業や講義って、高校の方が親切なことが多くて、「じゃあそのとき勉強させてくれよ」と思わなくもない。
「おっ、なんか懐かしいことやってる!」
部室でうんうん唸っている俺のノートを覗き見ると、高岡はノートPCをいじる手を止めた。彼は理系なので、当然、数学III+Cは高校時代に履修済みなのだろう。
「懐かしいというのであれば、経済学徒の悲哀に共感してくれ」
「俺は数学得意側の人間だから?」
「じゃあ煽ってないで教えてくれ」
「これをこうやってこうじゃ」
「なんも分からん」
高岡はケラケラと笑うと、再び自分の作業に戻る。――ノートPCの画面に映っているのはDAWの画面。彼はものすごいスピードで、ショートカットキーを叩きつつ、ピアノロールにノートを落としていく。
「もしかして、新入生発表会の……?」
「ああ、絶対に絶対に間に合わせてやろうと思って。いうて本番まで1か月強だから、練習期間も考慮して、1週間くらいで作る」
画面から目を離すことはなく、片耳にはめたイヤホンを押さえながら、音を確認している。
「1週間? そこまで詰めてもしゃーないって。他の1年生、誰もオリジナル曲では出ねーよきっと」
「だからこそじゃん」
いつもだったら、得意げに顔を上げて、挑戦的な目つきで俺のことを見ただろうか。しかし、今の高岡は、決してピアノロールから目を離すことはない。
「このスピード感で楽曲作ったら。……サークル中、すんげぇびっくりするぞ~」
新入生発表会のお知らせから、1週間ほど経っただろうか。唐突に例のバンドLIN○が動いた。
【高岡】
"でけた、"
"OvertureForUs_Op1.mp3"
"聴いて!"
"感想オナシャス"
すげえ、本当に作ってきやがった! 2分半程度のmp3ファイルを、俺はドキドキしながら再生した。
最初に流れてきたのは、どこか透明感のあるピアノのフレーズだった。そこに一つ一つ重なる、ドラム、ベースとギター。爽やかなピアノロックになっている。歌詞無しのインストで演奏するつもりなのだろうか。
【高岡】
"や、実はいつも俺が作っているジャンルとは違うんだけど"
"頑張ったんよ、これでも"
"ちょい短い? とも思うが"
"まあ「序曲」だしこんなもんか"
"改善点もよろ"
こいつはいつまでもひとりでなんか言ってるな……
【佐伯】
"静まれ高岡w"
俺がこのLIN○にまともな文字を打ったのは、案外これが初めてだったりする。
【佐伯】
"聴いた、アリよりのアリ"
【高岡】
"だろ?"
【佐伯】
"インスト?"
【高岡】
"そ"
【佐伯】
"「すべての始まり」感あって良い"
【高岡】
"わかる~"
高岡の得意げな顔が脳裏に浮かぶ。
【高岡】
"で、改善点わよ"
そんなことを言われても難しい。――作曲は、門外漢なのだ。しかし、不意にカットインする浜辺のメッセージ。
【浜辺】
"ピアノが目立ちすぎ"
高岡からの返信は早かった。
【高岡】
"お望みのピアノロックなんだけど?"
【浜辺】
"最初の8小節ピアノソロはヤバいって"
"嫌だ誰か一緒に弾いてよ"
"無理無理無理無理"
【佐伯】
"浜辺が壊れた"
そろそろ高岡がキレるのではないかと案じ、俺は浜辺を茶化す。――なんだあいつ、急にシャイなことを言っているが。
【高岡】
"演奏レベルについては事前にヒアリングしたよね。弾けないなんてことはないはずだけど?"
ほら、高岡、キレてるってば! 語尾からネットミームが抜けている。
【浜辺】
"だから言ったよ、ソロは嫌って"
【高岡】
"それ意味わかんないって、他の楽器が入るのと入らないのとで、何が違うというのか"
他の楽器の有無――すなわち、自身がソロ演奏をしているか否かは、そのときの緊張感に大きな影響を及ぼす。それは楽器弾きとしては当然のもので、そんな疑問が、音楽に精通しているはずの高岡から出てくることは一瞬、意外にも感じられた。しかし、彼のバックグランドを考えると無理はない。彼は、ずっとDTMで作曲をやってきたけれど、実際の楽器演奏経験はほぼ皆無。様々な音楽理論は知っていても、実際の演奏者としての目線はほぼ持ち合わせていない。
【佐伯】
"まぁ、、、高岡のいうことも、浜辺のいうこともわかるっつーか、一理あるっつーか"
"浜辺は弾きたくないとか、技術的に演奏できないとか言っているんじゃなくて、ソロ演奏は緊張して嫌だから、なんらかの楽器を脇に足してほしいっていうだけの話よな"
【浜辺】
"そうです"
【佐伯】
"高岡、最初のピアノソロパート、聴いている分には普通にカッコよかったから。そこは安心してもろて"
"浜辺がしんどくない入りの工夫だけ、してもらっても良いか"
"高岡はソロ演奏のキツさ、まだ知らんだけだ"
既読がついて、メッセージが返ってくる間まで少し間があったように感じた。
【高岡】
"いいよ。そんなに俺の書いたのやりにくかったんなら悪かった。アレンジは適宜ご自由に。ちょっと黙ります"
高岡、怒ってるー。でもたぶん、浜辺も怒ってるー。
スマホを目の前に頭を抱えたとき、唐突に既読の数が増える。
【佐藤】
"ごめん、確認遅れた"
"曲は良いんじゃね"
"最初の部分、どうしても変えなきゃいけないというのであれば、例えば、なんらかのシンセパッドを薄く足すとか、佐伯のギターのアルペジオを入れるとか"
"なんとでもやりようはあると思うけど、高岡の原案の良さを損ねないのがいちばん大事"
このバンドに、まともで冷静な人間が混じっていてよかった。
【佐伯】
"浜辺ー、よければ俺、アルペジオ入れるよ? 一緒に弾こうや!"
【浜辺】
"善処します"
善処ってなんだ、当日逃げ出す可能性が残っているってことか?
【高岡】
"黙るのやっぱやめた、ほっとくとろくなことにならなさそう"
"シンセパッド入れるなら音色は俺が決めるわ"
"ギターも入れるんならキーだけ教えて"
"いろいろと合わせるんで"
高岡が復活して、少しだけ安心した。
【高岡】
"4人で演奏するものなので、演奏者の声は大事、それはそう"
"ちなみに、そんなビビりな浜辺に朗報(?)"
"お前には弾けない仲間がいる"
彼は引き続き特大級の爆弾を投下するのだった。
【高岡】
"お気づきかと思いますが、この譜面、俺、叩けないのでご安心くだしあ"
トーク画面を5分くらい放置してみる。誰も返信をしないのは何?
【佐伯】
"安心できるか! どうすんだこれ"
【高岡】
"大丈夫大丈夫~まだ1か月あるし"
【佐伯】
"ドラムなんて音楽の根幹なのに"
"むしろ俺らなんかよりも早く叩けるようになっていないと"
【高岡】
"大丈夫だって、俺だし! どうにかなるっしょ"
【佐伯】
"そのお前が叩けないっていう話!"
【高岡】
"明日ちょっと部室でやってみるわ"
……とのことである。
「無理だと分かった。俺は俺自身のキャパと限界をよく知っている人間だ」
「おめでとう。どーすんの」
「普通に簡略化する。それだけ」
ドラムセットの前で肩を落とす高岡であった。
「……ここは……16分である必要はない……多分……」
「フィルは……省略……」
「クラッシュも1回で……」
「このタム回し、誰が叩けるんだよ?」
「原案の雰囲気……原案の……」
血の涙を流してない?
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Four-Voice Polyphony ~大学4ピースバンドによるビタースイートに響き合う青春群像劇~ まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku
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