第2話 水も滴るいい男と、いたずら好きな裏番長

 カラオケルームに直行する。ソフドリ2H飲み放題、カップにホットハチミツレモネードを注ぎ、扉を開ける。中では雅楽サークル所属女子が、今はやりのアイドルソングを歌っていた。


「佐伯、遅いぞー」


 主催者にいじられ、ごめんごめんと席につく。


「それは? レモネードかな」


 隣に座る女子が不意に俺に声をかけてくれる。


「そう。ハチミツレモネード。喉によさそうだから選んでみた。……改めまして、佐伯慎吾です」


 ああ、あのLIN○への返信が丁寧すぎる方ね! と言いつつ、その女子も自己紹介をしてくれたが、肝心の名前が聞き取れなかった。






「いやまずは期待のギターボーカルから、だろ」


 黒髪マッシュの男の視線を受け、俺はえーと声を漏らす。暗に俺を指名したそいつは佐藤さとう悠馬ゆうまといい、俺のバンドサークルで知り合った「よっ友」のうちのひとりだ。


「それでは、ただいまご紹介にあずかりました、バンドサークル1年の佐伯と申します。本日はこのような楽しい会に……」

「話が長い長い! はよ曲入れろ」

「はい」


 慌ててリモコンを操作。

 カラオケで、少し意識していることがある。――それは、選曲である。まずは、音程の正答率を上げるため、テンポが遅い曲がよい。ロングトーンが多いと、音程を外すリスクが減る一方で、「ロングトーンを綺麗に伸ばす」という技に加点がなされる。ビブラートも入れやすいので、その意味でもおすすめだ。音程の跳躍が少ないことも、大事なポイント。

 ……まあ、つまり、一昔前のバラード系歌謡曲である。問題は、どう考えても最近の女子大生にはウケないということだ。


「しっとりと聴かせる系、ね?」


 感想はそれだけ。







 帰り道、黒髪マッシュのよっ友に声をかける。


「よっ、おつー」

「よっ」


 4月半ばの夜風はまだ少し冷たい。


「あのさ、訊きたいことがあるんだけど。……今日のこれって、合コンって言っていいと思うか?」

「一般的な合コンからはかなり離れた態様を示しているものの、掲げる最終目標としてはおおむねそのようなものと捉えていいかと」

「だよな」


 誰一人、LIN○交換に至ることは無かったので、敗北と理解した。次行こ次。恋愛は数打ちゃ当たるって聞いたことあるし。


「そんなことより、バンド組まないか?」


 初参戦の合コンもどきの失敗をかなぐり捨てているところに、佐藤の唐突な申し出である。


「……いや、なんかドラムやってる奴に声かけられてさ、なんかそいつは『ギターボーカルはこっちで探す』とか言ってたんだけど、その後一切の連絡が途絶えたから、難航してるのかなって。それだったら俺がギタボ見つけたっていいよなって思っていたところだったんだ」

「あー、そういう」


 そして、俺は両手を合わせた。


「ごめん。実は俺も決まりかけているバンドがあって」

「あ、マジ? それは悪かった」









 高岡からLIN○で連絡があったのは、翌週の木曜日だった。


【高岡直哉】

"佐伯、明日の昼休み、部室これる?"

"くだんのベーシストを紹介したく"

"浜辺も来るけど"


 そういうわけで、高岡の指示どおりに部室に向かったところ、謎の騒ぎが起きているのである。輪の中心でしゃがみこんでいるのが、――浜辺? しかも、びしょ濡れ? 浜辺を取り囲んだ数名の先輩や同級生は、彼を一生懸命タオルで拭いている。そして当人はというと、「寒い……寒い」を繰り返してプルプル震えているのである。輪の外から様子を見守っていた先輩に声をかける。


「いったい何が」

「ああ、佐伯くんお疲れ。――ほら、外、雨降ってたでしょう。もろ濡れちゃって、凍えてるみたい」

「かわいそうですね。傘は」

「強風で壊れちゃったんだって」

「かわいそ~」


 今日も今日とて、水も滴るいい男である。味噌汁なんかよりは、見た目はよほどましだ。前髪からぽたぽた落ちる水滴が、彼の足元に小さな水たまりを作っている。

 そんな騒ぎの中、ふたりの部員がさらに部室に入ってきて、少々狭くなりそうだなと思うなど。高岡と、佐藤だった。


「あ、お疲れ」

「……あー」


 高岡が気のない返事をする。そして、浜辺の方に向かって顎をしゃくり、「あれ何」と問う。いつもにましてダルそうである。


「雨に降られた浜辺」

「自分で拭けし」


 高岡の少々棘のある言葉遣いが、うっかり浜辺の耳に入ってしまい、奴はあからさまに下を向く。高岡は高岡で、今日はなんだか少々機嫌が悪そうである。佐藤が「座ったら」とパイプ椅子を高岡の横に開く。


「……高岡、雨の日はちょっと頭痛いことが多いらしい」


 佐藤がこそっと耳打ちしてきた。はぁ、なるほど。







「――改めまして。問題なければ、この4人でバンドを組んでみるのはいかがかと思うんだ」


 少し休んで調子を取り戻した様子の高岡が、佐藤、浜辺(あまりに寒がっていたので俺のジャケットを貸してやった)、そして俺の3人に向かって両腕を広げる。


「……あのさ高岡。今後のために一応言っておくと、報連相ほうれんそうはちゃんとしようぜ」


 高岡は肩をすくめ、少し舌を出す。


「悪いな、ちょっとからかってみたくて」

「そういう意図があったんなら逆に良いけど。いや良くないけど」


 そもそも高岡がベーシストの名前だけでも教えてくれていたら、または佐藤にギタボが見つかったことを教えてあげていたら変なことは起きなかったと思っている。合コンもどきの帰り道、佐藤が言っていた「ギタボ探しに苦戦している(?)ドラムやってる奴」というのは結局高岡のことで、佐藤はこのバンドに俺を誘い、俺はこのバンドに所属する予定があるという理由でこのバンドへの参加を断るという、意味不明な事態が発生していたのだ。結局その高岡自身が取りまとめてくれたため、大事には至らなかったものの、なんでそんな妙ないたずらをするんだよ。


「このメンバーならキーボードやシンセも使えるから強いぞ。曲の幅が広がる」


 そう言いながら高岡は浜辺に視線を送った。


「なんか絶対やりたいジャンルとかあるのか?」


 佐藤が高岡に問う。――そう、ここまで積極的にメンバーを集めてくれた彼は、きっと何かどうしても成し遂げたいことがあるのではないかと踏むのが自然である。


「いい質問だ。無い」

「あっ、無いんだ」

「ジャンルにこだわりは無い。ただ、幾らか作曲を担当したい」


 そう言いながら高岡は顎を上げた。


「へえ、お前作曲できるんだ」

「まぁね~」


 歌うようにそう言うと、彼はパイプ椅子の上で足を組んだ。本当に、態度だけはデカいやつだ。


「あ! 俺、ちょっとやってみたいジャンルがあって」


 ふいに手を挙げた浜辺。良かった、動けるようになったみたいだ。


「ピアノロック、みたいなのってあるじゃん。あれやってみたい。生ピアノ持ち込むとまでは言わないにしても、キーボードのピアノ音色を生かした柔らかい曲調の」

「あー、ちょっとバンド名ど忘れしたけど、今年のスマホのcmで使われてる曲みたいな感じだろ」

「そうそう」


 高岡が顎に手を当て、「ちょっとやったことないタイプのジャンルだな、考えてみるか」と呟いた。







 新入生サークル内発表会の連絡が流れてきたのは、その日の夕方のことだった。ほどなくして、本日結成したばかりの我らが新入生バンドグループに、佐藤が投稿する。


【佐藤】

"見た?"

”URL: https://www......”


【高岡】

"出よう"


【佐藤】

"りょ"


【高岡】

"メモ 楽曲登録 4/30"


 少し見ない間に高岡と佐藤との間で爆速で話が進んでいてウケる。俺自身、予定に問題はなく、特段言うこともないので黙ってリアクションボタンを押しておく。


【佐藤】

"浜辺見てないぽいな"

"@浜辺耀太 新入生サークル内発表会出るぞ"


 果たして返信が来るのは、いつになることやら。

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