春が芽吹いた
星乃
春が芽吹いた
休日の動物園は家族や友達、恋人同士で来た人達の賑やかな声でいっぱいだ。
私はそれを、一人ベンチで眺めている。
今日は私の誕生日で、元々二人で来るはずだった。昨日まで付き合っている関係だった人と。
趣味が合って、よく行動を共にしていて……恋人になったのもその延長線上のようなものだった。それらしいことは全くせず、それまでと同じように趣味の話ばかり。多分、恋人という名前が都合良かっただけで、お互い恋愛に興味がなかったのだと思う。
そうはいっても、こうして誕生日前日に関係を解消することになったのは相当にショックだった。
一つ大きなため息をつくと、突然声をかけられる。
「何かあったんですか?良ければ話、聞きますよ」
声の方を見れば、中性的な顔立ちの、ショートカットの女性が立っていた。親しげな表情を浮かべているけれど、一応初対面なので細かいことまで話すのは気が引ける。
「いやー……えっと」
愛想笑いを浮かべながら言葉を濁していると、彼女は私の一つ隣のベンチに座って言った。
「私も一人で来てるんですよ。話したくなければそれで良いし、今から一緒に回りませんか?」
驚いて彼女の顔をまじまじと見つめれば、優しく微笑まれる。それに惹かれるように、気づけば自然と「はい」と答えていた。
さっきまで眺めていた賑やかな中を紛れるように二人で歩いていると、周りの人達からは私達が友達同士で来た二人に見えるんだろうなとぼんやり思う。
何故私が動物園へ来たのか、その理由も今日が誕生日だということも案内してもらううちに全部話してしまった。先に詳しく自己紹介してもらって、初対面の警戒心なんて薄れてしまったから。
隣を歩く彼女は
だからなのか新しい動物が目に入る度、私に分かりやすく解説してくれて、その表情はとても楽しそうだった。私も草加さんの説明を聞いて、新しい視点で動物たちを見るだけで楽しくて……いつの間にかショックだったことなんて忘れてしまっていた。
「なんか、私多分余計なことまで喋り過ぎちゃってるけど大丈夫?退屈じゃない?」
心配そうに聞いてくれた草加さんに笑顔で答える。
「いえ、草加さんの話、とっても楽しいですよ」
今度は愛想笑いじゃなくて、心からの笑顔で言うことが出来た。「そっか」と安心しているような嬉しそうな表情の草加さんを見て、私も少しほっとする。私を楽しませようとしてくれていることが伝わってくるのと同時に、草加さんの一人で楽しむ時間を、私が邪魔してしまったのではないかと懸念していたから。
楽しい時間はあっという間で、空がオレンジ色に染まりだしてきた頃。せっかくだからとお土産物屋さんに寄ると、白いあざらしのぬいぐるみに目を奪われた。思わず両手で持って心の中で「可愛い」と言いながら丸い瞳を見つめる。すると、急に横から声がした。
「それ、プレゼントしようか?」
別のところを見ていたはずの草加さんだった。驚きつつ突然の提案に戸惑う。
「えっ、でも……」
「今日、誕生日なんでしょ?そんな貴重な日に、一緒に回ってくれたお礼」
「お礼なら、今日草加さんのおかげで楽しかったし、むしろ私の方が……」
遠慮しようと思っていたら、草加さんは私の手にあるぬいぐるみを持ち上げると「私はその言葉だけで十分」と言い、レジへ行ってしまった。
案内して楽しませてくれた上にプレゼントまで……と、申し訳なさを感じている間に、草加さんがぬいぐるみを手にして戻ってくる。
「誕生日、おめでとう」
ぬいぐるみを手渡しながら不意打ちで言われたその言葉に、私は何故か泣きそうになってしまった。お礼を言いながら受け取ると、ぬいぐるみを抱きしめるように持つ。ここに来たときはとてもじゃないけど楽しめる気分にはなれなかった。それが、こんなに温かい気持ちになれるなんて。
「ありがとうございます。草加さんのおかげで良い誕生日になりました」
ぬいぐるみを抱きしめながら今度はちゃんと目を見ながら言うと、草加さんは「どういたしまして」と照れくさそうに笑った。
サークルの新入生歓迎会の集合場所へ向かいながら、昨日の別れ際のことを思い出す。手を振りながら「じゃあ、また会おう」と草加さんは言った。連絡先も交換していないのに確信のあるような言い方だった。
……本当にまた、会えるのだろうか。疑問に思いつつ、会えたら良いなと思っている間に集合場所へ着くと、それらしき集団が見えた。そちらに向かって歩いて行くと、そのうちの一人がスマホから顔を上げて不意にこちらを見る。目が合って、私は思わず立ち止まってしまった。
その間に、向こうから私の方へ歩いてくる。
「そんなに驚いた?」
「……はい。だって……草加さん、同じ大学でサークルの先輩、だったんですね」
確認するように言葉にすると、
「私、幽霊部員だけど見学に来たときはいて、すっごく緊張してる可愛い子がいるなーって思ってたんだよね。……ってことで、今日は一人だけを歓迎するために来た」
一人だけを強調してまっすぐ見つめられて、胸が高鳴る。そのうちに遠くから「おーい、置いてくぞー」という声が聞こえてきて、見ると集まっていた人達が歩き出していた。
「行こっか」
手を差し出されて、迷いなくその手をとる。人混みの中で手を引かれながら、私の心の中で何かが芽吹いていた。
春が芽吹いた 星乃 @0817hosihosi
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