第3話 幼き勇者の幸運

広間は静かだった。

天井は高く、装飾は少ない。威圧するための空間ではない。判断を誤らないための余白だ。


「で、状態は?」


玉座に腰掛けた魔王は、肘をつき、指を組んだ。

声は低く、疲れが混じっている。


報告役の魔族が一歩前に出る。


「拘束は維持できております。再生兆候が出次第、切断。詠唱阻害の処置も継続中です」


魔王は小さく頷いた。


「よい」


それだけだった。


「切断した部位はどうする?」


「これまで通り、人間どもの国へ」


魔王は視線を上げる。


「送り続けよ。勇者はこちらの手中にあることを、忘れさせるな」


報告役が一瞬、言葉を探した。


「……動揺は、広がっております」


「当然じゃ」


魔王は鼻で息をつく。


「姿が見えぬのに、痕跡だけが届く。人間どもは、想像で恐怖を増幅させる」


玉座の背にもたれ、魔王は天井を見る。


「殺せば戻る。戻れば、より厄介になる。ならば、殺さぬ」


誰も反論しなかった。


「今回の転生は、助かったの」


魔王はふっと息を吐いた。

安堵のため息だった。


「生まれ変わったばかりで、こちらへ乗り込んできてくれた」


報告役が頷く。


「身体能力は、まだ子供のままでした」


「じゃろうな」


魔王は目を閉じる。


「判断は速いが、肉体が追いついておらん時期じゃ。あの瞬間なら、拘束できる」


少し間を置いて、言葉を続けた。


「次は、そうはいかん」


空気が重くなる。


「学ぶ存在は、必ず次を用意する」


魔王は目を開いた。


「だから、削る。戻らぬ程度に。諦める程度に」


報告役が慎重に尋ねる。


「……勇者を、憐れむ声も出ておりますが」


魔王は首を振った。


「憐れみは、判断を鈍らせる」


玉座から立ち上がる。


「ひとときの平和を享受せよ」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。


「やつを放てば、またあの日々が舞い戻る」


歩きながら、魔王は最後に言った。


「仕事を続けよ。

勇者が“まだ戦える”と思い込める程度には、生かしておけ」


広間に残った者たちは、深く頭を下げた。


誰も、それを残酷とは呼ばなかった。

残酷な日々と引き換えに得た残酷な平和がゆえに。

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2026年1月3日 17:00

平和の願いを勇者に込めて nco @nco01230

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