第三話 世界を少しだけ把握する
朝の光は、静かだった。
目を覚ますと、屋敷の中はすでに穏やかな空気に満ちている。外から聞こえるのは、風が草を撫でる音だけだ。
相川静はベッドから起き上がり、軽く背を伸ばした。
「……さて」
今日やることは決めてあった。
昨日は“生きられる”と確認した日。今日は――把握する日だ。
屋敷の奥、例の部屋へ向かう。
中央に浮かぶ淡く光る結晶、屋敷コア。
近づいた瞬間、視界の端に控えめな表示が浮かんだ。
――屋敷コアに接続しますか?
[はい] [いいえ]
「……こういう確認、ちゃんとあるんだ」
誰かに操作されないための仕組みだろう。静は迷わず「はい」を選んだ。
一瞬、視界が暗転する。
眩しさや衝撃はない。
水に指を入れたときのような、静かな接続感だけがあった。
次の瞬間、メニューが展開される。
整然と並んだ項目、その一部は灰色だった。
「……?」
文字は読めるのに、選択しようとすると反応しない。
――未解放
――条件未達成
「……なるほど」
屋敷コアは最初から完成しているわけではない。
使い、暮らし、存在を重ねることで
――拡張されていく仕組みらしい。
「レベルアップ……というより、存在が広がっていく感じかな」
そう呟いて、静は初期から使用可能な項目へ視線を戻した。
その中にひとつ、気になる表示がある。
――再購入
意識を向けると、さらに細かな一覧が開いた。
食品、日用品、調理器具。医薬品。
どれも、見覚えのある分類ばかりだ。
「……購入履歴みたいなものか?」
この世界で一般的に流通している品が、わかりやすい形で並んでいる。
実際に足を運ばなくても、ここから入手できる
――そんな仕組みらしい。
一覧を眺めていると、ひとつの項目で、静の視線が止まった。
――ペットフード
「……ペットフード?」
思わず小さく息を漏らす。
昔、動物が好きなことで、何度か世話を頼まれ
そのために購入したことがある。
その記憶が静かに胸の奥をくすぐった。
それすらここに残っている。
「……なつかしいな」
指先を止めたまま、ふと考える。
「この世界でも……ペットを飼うことが、できるんだろうか」
答えは、まだない。だけど不思議と嫌な想像にはならなかった。
操作を続けていると、屋敷コアのメニューが
自分のステータス画面と連動していることに気づく。
――屋敷コア操作:ステータス経由操作が可能です
――接続を許可しますか?
「……便利だな」
許可すると、屋敷コアは
“特別な場所に行かなくても操作できる存在” になった。
改めてステータスを確認する。
スキル欄が整理され、はっきりと表示されていた。
・アイテムボックス (容量無制限/時間停止/内部自動整理)
・生活魔法全般 (調理/清掃/保存/簡易加工 他)
・遠隔コア操作 (屋敷コア/支配エリアコア)
「……生活するための力、って感じだな」
戦うための能力はない。だが、生きるには十分すぎるほどだった。
最後に新しく追加された項目があった。
――オートマッピング:起動中
意識を向けると、頭の中に地図が浮かぶ。
屋敷を中心に、周囲の地形が淡く描かれている。
森、畑、草地
歩いた場所ほど、線がはっきりしていく。
色分けもされていた。
青、黄色、赤
説明が自然と補足される。
青:友好的
黄:中立(未接触含む)
赤:敵対的
「……俺基準、なんだ」
さらに、地図上には記号も浮かんでいる。
〇:未支配エリア
●:支配エリア(自)
▲:支配エリア(他)
屋敷の周囲は●に包まれていた。
外側はまだ〇ばかりだ。
「……今は、これでいい」
屋敷を出て、支配エリア内を歩く。
地図は移動に合わせて更新され、土地勘が自然と身についていく。
畑の設定を変更すると、作物の配置が柔らかく入れ替わった。
「……本当に、生活向けだな」
世界は広い。
今の静に必要なのはこの範囲だけだった。
屋敷へ戻る途中、地図の端がほんのわずかに揺れた。
警告音はない、違和感だけが残る。
「……まだ、遠いね」
そう判断し、歩みを止めることなく屋敷へ戻る。
世界をすべて知る必要はない。
支配するつもりも、なかった。
ただ――今日を、ちゃんと生きるために。
静は、屋敷の扉を開けた。
次の更新予定
観測者に見守られる屋敷で、生きることにした ~静は、世界を支配しない~ 灯乃しんわ @10monoshin8
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