第4話 無能皇子、氷点下の御披露目

帝都の冬は厳しく、そして残酷なまでに美しい。


年に一度の建国記念祝賀会。 王城の大広間には、大陸中から集められた宝石のようなシャンデリアが輝き、着飾った貴族たちの嘲笑と囁き声がワルツのように渦巻いていた。


私は、その眩しさに目を細める。 薄暗い離宮の檻に慣れきった網膜には、この世界の光は刺激が強すぎる。


「離れては駄目よ、アルヴィス。ここは狐や狸ばかりなのだから」


私の腕に絡みつく白い腕。 皇妃エレノアは、今日も夜会服の背中を大胆に開け、その白磁の肌を晒しながら、私に重なるようにして歩いている。


周囲の視線が突き刺さる。 それは畏怖と、好奇と、そして隠しきれない侮蔑の色。


『見ろ、あの第三皇子だ』 『まだ生きていたのか。魔力のない出来損ないが』 『皇妃陛下の愛玩具……哀れなものだな』


さざめく悪意。 以前の私なら、恥辱に顔を伏せ、母の背後に隠れることしかできなかっただろう。


だが、今は違う。


肌を合わせている母の二の腕から、ドクドクと脈打つ魔力が流れ込んでくるのを感じる。 それは私の血管を巡り、心臓を凍えるほどの低温で満たしている。


「あら、ご機嫌いかが?」


母が鈴を転がすような声で挨拶をした。 人垣が割れ、豪奢な軍服に身を包んだ巨躯の男が現れる。


第一皇子、ギスカール。 次期皇帝の最有力候補であり、圧倒的な火属性魔法の使い手。 私を「帝室の汚点」と公言して憚らない男だ。


「母上か。……その、後ろのゴミは何ですか?」


ギスカールは私を一瞥すらしなかった。

そこに落ちている汚物から目を背けるように。


「神聖な祝賀の場だ。魔力を持たぬ者は、存在するだけで空気を濁らせる。さっさとその『無能ゴミ』を片付けて頂きたい」


「まあ、怖い顔。アルヴィスは私の大切なエスコート役ですよ?」


「甘やかすのもいい加減にしろ! その歳で母親の乳房にぶら下がるなど……恥を知らんのか!」


ギスカールが声を荒げると同時に、周囲の空気が爆発的に膨張した。 彼が威嚇のために放った魔力だ。 熱風が吹き荒れ、貴族たちが悲鳴を上げて後退る。


ただの威圧ではない。明確な暴力。 魔力のない人間ならば、この熱波だけで気絶するか、恐怖で失禁するほどの圧力だ。


「ひっ……!」


誰かの悲鳴が上がる。 ギスカールは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


私が、その場に崩れ落ちることを確信して。


しかし。


「……兄上。会場が乾燥しています」


静かな声が、自分の喉から出た。 私は一歩も退いていない。 それどころか、無意識のうちに一歩、前へ踏み出していた。


「な……?」


ギスカールの目が驚愕に見開かれる。


私は母の手を強く握りしめた。


「……共鳴レゾナンス


母の膨大な魔力を一瞬で吸い上げ、私の身体というフィルターを通して変換する。


(イメージしろ。熱を奪い、分子の運動を停止させる、静寂の世界を)


「少し、冷やしましょうか」


刹那。 大広間の空気が、軋みを上げて凍りついた。


空間そのものの温度が、一瞬で氷点下を遥かに下回ったのだ。

シャンデリアの光さえ凍てつくような、死の冷気。

温度は止まることなく低下していく。


ギスカールの放った熱波は一瞬で相殺され、霧散した。 そればかりか、彼の軍服の肩章や、吐き出す息さえもが白く凍りつく。


「ば、馬鹿な……!? 貴様、魔法が使えないはずでは……!」


ギスカールが後退る。 その顔に浮かんでいるのは、怒りではなく、理解不能な事象への『恐怖』だ。


広間は水を打ったように静まり返っていた。 誰も言葉を発せない。 「無能ゴミ」であるはずの私が放った、底知れぬプレッシャーに圧倒されているのだ。


私は手のひらを見つめる。 感覚はない。 ただ、母との繋がりを通じて、強大な力を支配しているという全能感だけがある。


群衆の影で、赤いローブの老人がワイングラスを掲げているのが見えた。

バルタザール。

彼は愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、音もなく唇を動かした。


『合格です、殿下』


私は視線を戻し、震える兄を見据える。


「行きましょう、母上。ここは少し、騒がしすぎます」


「ええ……ええ、そうね。アルヴィス」


母は私の腕に頬を擦り寄せ、恍惚とした表情で兄を一瞥した。


「見たでしょう、ギスカール。この子は無能なんかじゃないわ。……私だけの、特別な子なのよ」


その声に含まれる粘着質な狂気に、ギスカールだけでなく、周囲の貴族たちも青ざめた。


私たちは凍りついた広間を背に、ゆっくりと歩き出す。 背中に感じる視線は、もはや侮蔑ではない。 得体の知れない怪物を見る、畏怖へと変わっていた。


私は知ってしまった。 力を行使し、他者を踏みつけにする快感を。

そして、その快感が、母の歪んだ愛を燃料にしているという事実を。


もう、後戻りはできない。 私はこの日、静かに「人」としての尊厳を捨て、母と共に歩む「魔王」への道を歩み始めたのだ。

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2026年1月3日 20:00 毎日 20:00

落ちこぼれ転生皇子、実母の歪んだ愛に溺れながら世界を滅ぼす禁断の魔術に手を染める 【禁忌】しーば4【NTR】 @seeba4

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