第26話 連載が始まった日、世界が少し騒がしくなった
連載初日の朝は、
思っていたより静かだった。
スマホは鳴らない。
通知も、ない。
俺――桐生こういちは、コーヒーを淹れながら画面を眺めていた。
「……まだ、だよな」
公開は午前十時。
時計は、九時五十八分。
心拍数が、無駄に正確だった。
*
「落ち着いて」
ソファでノートPCを開いているひよりが言う。
「最初は、
“誰にも読まれない”くらいが普通」
「分かってます」
理屈は。
でも――
感情は、別だ。
*
十時。
画面が更新される。
【連載開始】
【第1回:勝たない勇気が、収支を守る】
派手なタイトルじゃない。
煽りもない。
それが、
俺たちの選択だった。
*
最初の十分は、
本当に何も起きなかった。
アクセス数、
二桁。
いいね、
ゼロ。
「……平和だな」
俺が言うと、
ひよりが小さく笑った。
「想定内」
*
だが。
十五分を過ぎた頃、
画面の数字が、
ゆっくり動き始める。
「……増えてる」
「見てる人が、
ちゃんと読むタイプだね」
*
三十分後。
コメント欄に、
一つ目の書き込み。
《この視点は、初めてです》
短い。
でも――
重い。
*
そこから、
流れが変わった。
*
コメントが、増える。
《賭けない判断に救われた》
《耳が痛いけど、正論》
《当て方じゃなく、
撤退の基準を書いてくれるのがありがたい》
*
「……来てるね」
ひよりが、
画面を覗き込む。
「はい」
喉が、
少し乾いた。
*
昼。
大学の講義中も、
スマホが気になる。
(見るな)
そう思うほど、
見てしまう。
*
講義が終わって、
スマホを開く。
通知、
大量。
(……え?)
*
フォロワー数が、
目に見えて増えている。
記事のシェア。
引用。
感想。
*
《予想屋に疲れた人向け》
《地味だけど、続くやつ》
《これは、長く読む連載》
*
「……怖いな」
正直な感想だった。
*
夕方。
ひよりと合流する。
「どう?」
「……静かじゃなくなりました」
「うん」
ひよりは、
落ち着いたままだ。
「“刺さる人”に
刺さった反応」
*
夜。
二人で、
コメントを整理する。
感情的な批判は、
ほとんどない。
あるのは――
自省。
*
《自分の賭け方を
見直したくなった》
その一文を見て、
胸の奥が熱くなった。
(これだ)
*
「桐生くん」
ひよりが言う。
「これ、
“正解”引いたね」
「……はい」
*
でも。
手放しでは、
喜べなかった。
*
(影響力が、
出始めている)
それは――
責任でもある。
*
深夜。
連載管理画面に、
運営からのメッセージ。
《反響が大きいため、
トップ枠での掲載を検討しています》
*
スマホを、
そっと置く。
*
「ひより」
「なに?」
「……来ました」
言葉を選ぶ。
「思ったより、
前に」
*
ひよりは、
少しだけ考えてから言った。
「じゃあ」
「?」
「もっと、
慎重になろ」
*
それが、
この人の強さだ。
*
数字は、
跳ねている。
影響力も、
広がっている。
でも――
やることは、
変えない。
*
煽らない。
約束しない。
責任を、
持てることだけ書く。
*
桐生こういちは、
知っている。
勝ち続けるより、
信頼され続ける方が難しい。
だからこそ。
この連載は、
俺たちの
“覚悟”そのものだった。
*
連載初日は、
静かに終わった。
でも――
世界は、
確実に一段、
近づいてきていた。
競馬だけ覚えてる俺のやり直し人生 杜司 @shinj0527
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