第3話「簒奪者に報いを」

「さっきも言ったがこれは交易品だ。欲しがる奴がいるのさ」

「欲しがる奴?」


「魔青華症の花弁は純度の高い魔力そのもの。これは天然の魔力石を精錬して使用するよりも遥かに高純度だ。それを魔道工業に使用しない手はない。と、どこぞの支配者層の連中はそう考えたんだろうな」


 ランプの灯りが投影したサナの輪郭の中で暗闇が揺らめいた。

「どこぞの連中って」

 リンクスはそっと溢す。


「帝国の貴族や軍人連中さ。だが、魔青華症は病であることに変わりはない。管理運用するには治療法も必要。というかむしろその治療法が確立されたことによって、花弁の魔力結晶運用が実現したと知っても良い」


「え? 治療法が確立した?」

 それはリンクスの知らない情報だった。

 リンクスの驚きを隠せない反応にサナは薄らと笑みを浮かべる。


「ああ、そうだ。魔青華症には治療法がある」

「ど、どんな?」

 サナは勿体ぶったように瞼の瞬きで呼吸をするようにリンクスを見て言った。


「魂を交換することだ」


 サナのその一言にリンクスは何かに合点がいったという思いに駆られた。

「こ、交換する? 魂を?」

「そうだ」


「どうやって? なんのために?」

 嫌な予感と共にリンクスの脳裏にはアイネの顔がチラついていた。


「興味津々だな」

 サナは言う。


「いいから早く教えろっ」

 リンクスの語気が強くなる。


 その様子にサナはニヤリと明確な笑みを深くして話し始めた。

「魔青華症は魂の病だ。そして魂とは魔力そのもの。それなら魂を交換してしまえば良いって発想さ。そしてそれが実現できたのはあるアーティファクトの存在がある」


魂が魔力を生み出すのは学校の授業で習った。だが魂を交換できるという話は聞いたことがない。


「アーティファクト?」

「それは魂を抽出して入れ替えるものだと聞いている」


「魂を抽出して、入れ替える」

 サナの言葉をリンクスは復唱した。それは絶対に忘れてはいけないものを脳に刻み込むためであった。


「それがじゃあ、もしかして……」

 リンクスは言葉の最後を飲み込んだ。


「ああ、お前の妹はそのアーティファクトで魂を抽出された。いや奪われたと言っていい」

 サナはリンクスが飲み込んだ言葉をわざわざ口に出した。


「なんで、そのことを……」

 ニィっとサナは口角を釣り上げて笑った。

「ここに私がいるのは偶然じゃないってことさ」


 サナは僕を調べていたんだ。とリンクスはすぐに思い至った。

 そこまで話すとサナは急に周囲に視線を動かして何かを確認する素振りを見せる。

 リンクスはそのサナの様子を怪訝そうに見つめた。


「チッしつこい奴らだな」

 サナはそう言うと、リンクスを抱えて跳躍した。

 それは魔力の気配を感じない純粋な肉体の躍動だった。


 サナはリンクスを抱えたまま小屋の天井を突き破って外に出る。

「ゲハっ」

 リンクスはその衝撃を身体に受けたが次の瞬間、それまでいた小屋が魔法の攻撃によって蜂の巣にされた。


 サナはリンクスを抱えたまま着地。リンクスを下すとリンクスは突然のできごとで地に伏して動けなかった。


「お前らしつこいんだよ。ストーキングはこの世界でも犯罪にすべきだな」

「黙れっ正真正銘の犯罪者は貴様の方だ。イド・ダハーカ」


 それは魔法で攻撃してきたであろう者の一言だった。

 見ると浮遊魔法で空から見下ろしている冒険者風の魔法使いが三人いた。


 イド・ダハーカ。それはいつぞやに聞いた英雄の名前。そして現代ではテロリストとして帝国内で指名手配されている賞金首の名だ。リンクスは地に伏したまま、サナを見上げてそんなことを考えた。


「バカとなんとかは高いところが好きって言葉知ってるか?」

 サナは浮遊する魔法使い三人に向けて言う。


 それは日本の格言だし、普通はバカの方をぼかして言うものだと考えたが、そういえば当時の日本の文化でも煙の方を忘れている人は多いかもしれないと思った。


「何を言ってるのかわからんが、お前の情報は知られている。魔法が使えない人間に魔法使いが負ける道理など本来ない。こうして地上から離れるだけで、お前は何もできないのだから」


 そう言って魔法使い達は遠距離から魔法を浴びせた。

 一人は水を大気中から作り、もう一人はそれを氷にして投射してきた。そしてもう一人は魔法の鞭をサナに振るう。


 氷は的確にサナを狙う。避けるサナ。避けた地点に鞭が先回り。見事な連携だ。鞭はサナの身体に巻きついて拘束した。


「勝負あったな」と先程から口を開いている魔法使いが自分たちの勝機を確信した。

 サナに水を浴びせると、もう一人が追い討ちをかけて今度は直接サナを氷漬けにする。


「絶対零度だ」

 魔法使いが一言そう溢した瞬間、サナを覆っていた全身の氷が砕けた。


「何っ?」

 魔法使いの顔が曇る。


「つまんないね」

 サナは本当につまらなそうにそう言った。


「大体やり方が気に入らないっての。男なら直接ぶん殴りに来なさいよ」

「くっその手には乗らん」


「まぁ別に浮いてようが、潜ってようがあんまり関係ないけどね」

 そう言うとサナは砕けた小屋の壁のブロック片を無造作に掴んだ。


「行くぞっ」

 サナは投げやりにそのブロック片を投げた。いや投げたと言うより、まるで土に肥料を撒くような動作だった。


 だが次の瞬間、空気を切り裂く音が木霊する。

 そして三人いた魔法使いの内二名は身体の一部を失い墜落した。一人は頭部を失い、一人は右肩が吹き飛んでいた。

 

「なんだ? 今のは」

 よく喋る魔法使いだけがまだ空中に漂っている。 


 墜落してもまだ息のある魔法使いが呻いた。

「ほれっまだ行くぞっ」

 サナは小石を拾い上げて投擲する。


「ヒッ」と魔法使いが情けない声を漏らしたと同時に上半身が穴だらけになって落ちた。

 圧倒的だ。リンクスはサナの戦い振りに驚きを隠せなかった。いや今のは戦いにすらなっていない。


 魔法使い達の攻撃にはほとんど無傷。そして攻撃は一瞬。そういえば先程路地裏でミンチになった帝国兵もほとんど手も足も出ない様子だった。


 リンクスが呆然としてそう思っているとサナは踵を返してこちらへ歩いてきた。

 するとリンクスの脳内で声がした。

 ”街の人間だな”


 リンクスは急なできごとに身体が強張った。

 ”街の人間に危害を加えるつもりはない。そのままじっとしていろ”


 もう一人いたのだ。それも姿を見せず、自分の意志だけを伝え、この惨状を見ても今尚サナを狙うような魔法使いが。


 

「い、命をなんだと思ってるんだ」

 サナはあまりに命を軽く扱いすぎている。リンクスは自分に聞こえている声には反応せず、サナの起こした事態に言及した。


「ん? まぁ命に価値があっとして、価値そのものに意味がなけりゃこういうこともあるもんさ」


 サナはそう言うとリンクスの傍を通り過ぎて背を見せた。

 ”いいぞ、そのまま黙っていろ”


 い、命が軽い。それもかつての自分と同じ姿の人間が簡単に奪っていく。誰よりも命の価値を考えてきた自分の前世を思い出すリンクス。


 その時だ。リンクスの影が持ち上がった。影の一部がナイフを握っている。まだサナは背を見せたままだ。あれは魔法でできたものじゃない。

 影がナイフを振り下ろす。サナの背中は無防備だ。


 その時。

「……これ以上僕から何も奪うなっー」

 リンクスは叫ぶようにそう言いながら瓦礫の塊で影を殴っていた。


 影からポロっとナイフが落ち、影の中に魔法使いが倒れ込んだ。

「ん? まだ何も取ってないだろ」とサナが振り返った。


「なんだよ。畜生っー」

 そう言いながらなぜかリンクスは涙を流していた。

 リンクスは何がなんだかわからなかった。


 急に前世の自分に出会い、その自分があまりに変貌していた。その上妹の魔力は奪われたと知らされる。感情の整理ができない。そして目の前でもう一人の自分が死ぬ可能性すらあった。


 ボロボロと涙を流し

「フーッ、フッー」と荒い息をしながらリンクスはサナを睨みつけて考えた。


 魔法使い達はサナをイド・ダハーカと呼んでいた。まさか、いやでも転生者ならありえる。自分にしても転生したことでイメージしただけで魔法が使える。サナにも何か特別な力があっても不思議じゃない。


「へー他にもいたんだ。サンキュッ」とサナは軽く言ってみせた。

「サナ、君はイド・ダハーカなのか?」

 リンクスは問いかけた。


「まぁそう言われることもある。それよりさっきの話の続きだ。まだ私の目的を言ってなかったろ?」


「目的?」

 そう言葉に出しながら涙を拭ったリンクスは、そういえばなぜサナは自分の前に現れたのか考えもしなかったことに気がついた。

「そう。私の目的だ」


「私は元の世界に帰りたいんだよ。そしてリンクス。君は妹を助けたい。そうだろう? だから協力しないか?」

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異世界転生したら転生前の自分が魔王を討伐した元英雄で、現テロリストになっていた件!(意味不明) そんな自分と体が入れ替わる!「心体分離転生」 ハンザキ・さんだー @hanzakiyy

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