おまけ:可愛がっていた生徒は実はスパダリ属性なのかもしれない

 お互い古い中古マンションの低層階に住んでいるから、のろのろエレベーターを待つより階段の方が早い。だけど足取りはものすごく重かった。


「やっぱりマシロくんのご両親に謝らせて」


 歩いているうちに酔いが冷めて冷静になればなるほど、自分の行いがいかに軽率だったか思い知った。僕のことを信頼して家庭教師を任せてくれたのに、顔向けできない。


「大丈夫ですって。何か聞かれてもコンビニに行ってたって言っときます。それに、本当のこと言ってもうちの親は迎えに行けって俺の背中を蹴飛ばしてましたよ、きっと」


 マシロくんがそう言って笑い飛ばしてくれるから、僕はますます申し訳なくなってしまった。


 そうこうしているうちに、白井家の玄関がある階に着いた。僕の家は一個上の階。何事もなく無事に帰って来れて本当によかった。


 そうだ、借りてたダウンジャケットを返さなくちゃ。


 そう思って階段の踊り場で足を止めたら、繋ぎっぱなしだった手を引いて、マシロくんが階段の先へ進む。


「マシロくん?」

「アオイさんちの玄関まで送ります。ちゃんと見届けないと不安なんで」


 すぐそこなのに、過保護すぎ。……もしかしたら、送り届けないと不安になるほど酷い酔い方をしていたのかもしれない。だとしたら本当に情けなくて、申し訳ない。


 しょぼくれたまま、おずおずと彼の後を追う。

 切れかけの電灯がチカチカしている少し薄暗いフロアの奥まった一角。マシロくんの家と同じデザインの玄関扉の前で、今度こそダウンジャケットを脱いだ。


「マシロくん、今日は本当にごめん。もう二度とこんなことがないように気をつけるから。今度お詫びに何か持って行くね。あっ、甘い物とか大丈夫だっけ? それともがっつり系がいい?」

「あの、アオイさん……」

「ん?」


 上着を受け取ったマシロくんは、少しぶすくれた幼い顔をして、僕をじーっと見下ろした。


 身長は完全に抜かされたけど、やっぱりまだまだ子どもっぽくてかわいい。そんなかわいい生徒の顔が見たいからって夜中に呼び出して、何してんだろう、本当に。優しいマシロくんだって文句のひとつも言いたくなるよね。


「マシロくん、ごめ――」

「あ、謝られるより、ありがとうって言ってほしいんです、けど……」


 彼の口からたどたどしく放たれたのは、僕が想像していたものよりずっとずっと優しい文句だった。


 ずんと重かった胸の奥がきゅーっとなって、顔が熱い。


 親が死んで独りになってから、周りに迷惑をかけないように必死だった。

 未成年だったら行政や親戚が世話を焼いてくれただろうけど、もう僕は大人で、ひとりで頑張らなくちゃいけなくて。


 誰かに頼ることなんてすっかり忘れてしまっていたからか、面と向かってそんなことを言われたら、色々と溢れ出してしまう。


「マシロくん……」

「はい」

「あ、あり、がと……」


 色んな感情がぐちゃぐちゃになって上擦った情けない声で、どうにか伝える。瞼の裏から何かがじわりと滲む感覚がした。


 きっと今まで見せたことのないような酷い顔をしてる。マシロくんの前では頼りになるお兄さんでいたかったのに。これじゃあ全然だめだ。マシロくんに呆れられちゃう。


 そんなことを悶々と考えていたら、マシロくんの指が僕の額に伸ばされた。

 人差し指がぐるぐると円を描いて、最後に僕よりも大きな手のひらが頭をぽんと優しく叩く。


「ちゃんと言えたので、花丸、です」


 僕よりも真っ赤な顔で何言ってんの、この子。


「次も、その次も、その次の次も、何度だって呼んでください。ちゃんと迎えに行きますから」

「ふぁ……」


 思わず言葉を失って、目を見開いたまま固まってしまう。

 するとマシロくんは何を思ったのか、ギクリと肩を跳ねさせてあたふたと慌て出した。


「で、でもあんまり飲みすぎちゃだめですよ。特にチャラさんのいるところじゃ……」

「なんで?」

「心臓に悪いんで。じゃ、じゃあ、また金曜日に。おやすみなさい」

「……うん、おやすみ。本当に今日はありがとう」


 Tシャツ一枚の汗だくな背中が階段へ向かうのを見送る。僕もらしくなく体温が上がっているから、冷たい玄関扉に背を預けると心地良い。なんなんだろう、この感覚。


 すると、階段の踊り場でマシロくんが振り返った。


「こっ、この前の背徳カップ麺!」

「へ?」

「お詫びじゃなくてお礼なら、あれがいいです!」


 赤ら顔で声を張って何を言い出すかと思えば。

 ほんと、マシロくんってかっこよくて、かわいい。


「わかった。じゃあもっとすごいの教えてあげるね」

「! お、お手柔らかにお願いします!」

「ふふっ、はぁい」


 ひらひらと手を振って、階段を飛び降りる元気な足音に耳を澄ませる。

 次の金曜日が楽しみだ。

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俺にだけ無意識えちおねムーブしてくるハーフアップおっとり美人家庭教師(♂)との超ド健全授業:ウェーイ!マシロくん見てる~? 貴葵 音々子🌸カクヨムコン10短編賞 @ki-ki-ki

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