第13話 飛ばない魔法少女としゃべらない相棒
作戦は単純だった。
「あのS級魔物の弱点は、背中の核だ」
神崎が説明した。
過去の記録から判明している、数少ない情報。
「あそこを破壊すれば倒せる。
──問題は、どうやって近づくか」
S級魔物は巨大だ。
無数の腕が周囲を守っている。
それに取り巻きの魔物も居る。
正面から近づくのは不可能に近い。
「幸いと言って良いのか分からないが、ここは六月にもS級が大暴れしたので、復興途上で住民がほとんど居ない過疎地域がある。
俺たちの組織と自衛隊で編成した防衛部隊、それから魔法少女の大半は、正面から魔物を引きつけてそこに誘導する。
その隙に──」
神崎は凛を見た。
「君が、背後に回り込んで核を叩く」
凛は頷いた。
「私が、一番足が速い」
「ああ。
君にしかできない」
ひよりが手を挙げた。
「私となぎさも、凛の援護に回ります。
背後に回り込む時、絶対に攻撃が来るから」
「頼む」
神崎が頷いた。
作戦は決まった。
S級魔物は、街の中心部で暴れ続けていた。
建物が崩れる。
道路が砕ける。
取り巻きの魔物に追い回される人々の悲鳴が響く。
防衛部隊による射撃や砲撃の爆音が空気を揺らす。
通常兵器の効果は薄いが、無視できない手数で注意を引きつけ、魔物を過疎地域に誘導していく。
さらに一斉に飛び立った魔法少女たちが、正面から魔物に挑んで行った。
無数に光が、炎が、氷が、閃き、吹き荒れ、舞い踊る。
S級魔物は、それらをものともしないかのように暴れている。
でも──進路は誘導されている。
うまく注意を引きつけている。
今だ。
凛は弾丸のような速度で走った。
地を蹴り、瓦礫を跳び越え、崩れたビルの壁を駆け上がる。
魔物の背後に回り込む。
無数の目が、凛を捉えた。
腕が伸びてくる。
「──させない!」
ひよりの光の矢が、腕を弾いた。
「行け、凛!」
なぎさの炎が、別の腕を焼いた。
凛は止まらなかった。
走る。
走る。
走る。
凜は、飛べない。
魔法も使えない。
ただ、地を蹴って、前に進むだけ。
それが──凜の戦い方だ。
魔物の背中が見えた。
巨大な背中。
その中央に──赤黒く脈打つ何か。
あれが核だ。
凛は跳躍した。
ビルの屋上から、魔物の背中に向かって。
腕が迫る。
横から。
上から。
下から。
一本目──ぬいぐるみで弾いた。
二本目──体を捻って避けた。
三本目──
避けられない。
打撃を覚悟した、その瞬間──
光の盾が、腕を弾いた。
「凛、今!」
ひよりの声。
なぎさの炎が、他の腕を薙ぎ払っている。
道が──開いた。
凛は、核に向かって落下した。
ぬいぐるみを、両手で握りしめる。
全身の力を込めて──
振り下ろした。
「ドゥー」
核に、叩きつけた。
ヒビが入る。
足りない。
もう一撃。
「ドゥー」
ヒビが広がる。
まだだ。
もう一撃。
「ドゥー」
核が──砕けた。
砕けた核から体液とも違う、黒い蒸気のようなものが激しく吹き出した。
S級魔物が、咆哮を上げた。
断末魔の叫び。
ひとしきり叫び続けた魔物は、やがて静かになり、吹き出ていた黒い蒸気も止まった。
巨体が揺らぎ、崩れ始める。
凛は魔物の背中から飛び降りた。
着地。
膝をついた。
体中が痛い。
腕が震えている。
でも──
勝った。
魔物の巨体が、ゆっくりと倒れていく。
地響きを立てて、崩れ落ちた。
動かなくなった。
静寂が訪れた。
そして──歓声が上がった。
魔法少女たちが、共に戦った人たちが、生き残った人々が。
凛は、その場に座り込んでいた。
力が入らない。
立てない。
ぬいぐるみを抱きしめて、荒い息をついていた。
「凛!」
ひよりとなぎさが駆け寄ってきた。
「大丈夫? 怪我は?」
「……平気」
「平気じゃないでしょ、その顔」
なぎさが凛の顔を覗き込んだ。
凛は顔を背けた。
「……うるさい」
でも、拒絶ではなかった。
神崎が歩いてきた。
服はボロボロだった。
顔に煤がついている。
でも、笑っていた。
「よくやった」
凛を見下ろして、言った。
「君のおかげで、勝てた」
「……別に。
みんながいたから」
「ああ。
みんなで勝った」
神崎は頷いた。
そして──手を差し出した。
「立てるか」
凛は、その手を見た。
何度も差し出された手。
何度も、拒絶した手。
病室で。
戦場で。
何度も。
でも──今は。
凛は、ぬいぐるみを片手で抱えた。
もう片方の手を──
ゆっくりと、伸ばした。
神崎の手を──
握った。
神崎が、凛を引き起こした。
立ち上がる。
足がふらつく。
でも、立てた。
「……ありがと」
小さな声で、凛は言った。
神崎は少し驚いた顔をして──それから、笑った。
「ああ」
それだけ言った。
それで、十分だった。
***
「そういえば、ドゥー太郎は、あのS級の魔物は食べないの?」
なぎさが凜の腕の中のぬいぐるみを見て思い出したように聞く。
いつも倒した魔物を捕食しているはずだ。
凜も気になってドゥー太郎を見る。
確かに、いつもなら魔物を食べ始めるはずだ。
でも、ドゥー太郎は動かなかった。
ボタンの目が、静かに凛を見ている。
「……いいの?」
返事はないが、たぶん、いいんだろう。
そんな気がした。
その様子を見ていたひよりとなぎさが、静かに凛の両側に立つ。
「帰ろう、凛」
ひよりが言った。
「……帰るって、どこに?」
不意をつかれたのか、素の表情で問い返す凜。
「とりあえず、本部。
怪我の手当てしないと」
「……別に、大した怪我じゃ──」
「いいから」
なぎさが凛の腕を取った。
「ほら、行くよ」
「ん」
凛は抵抗しなかった。
二人に支えられて、歩き出した。
空を見上げた。
朝日が昇り始めていた。
長い夜が、終わろうとしている。
凛は、腕の中のぬいぐるみを見た。
「……終わったよ」
呟いた。
「あいつ、倒した。
お父さんとお母さんを殺したやつと、同じ魔物」
返事はない。
「復讐、できたのかな。
──わかんないけど」
返事はない。
「でも──」
凛は、ひよりとなぎさを見た。
前を歩く神崎の背中を見た。
「──悪くない、かも」
返事はない。
でも、そんないつも通りが、なんだか嬉しかった。
朝日が、街を照らしていた。
崩れた建物。
砕けた道路。
傷ついた街。
でも、空は晴れていた。
凛は歩いていた。
一人じゃない。
隣に、仲間がいる。
前に、信じられる大人がいる。
腕の中に、しゃべらない相棒がいる。
飛べない。
魔法も使えない。
でも──それでいい。
それが私だから。
ひよりが凜の顔をのぞき込んだ。
「凛、どうしたの? 笑ってる」
「……笑ってない」
「笑ってたよ。
ね、なぎさ」
「うん、笑ってた」
「……うるさい」
凛は顔を背けようとして、ひよりとなぎさに挟まれていることに気付き、前を向いて努めて真顔を作った。
でも──口の端は、少しだけ上がったままだった。
神崎が振り返った。
三人の少女を見て──静かに、微笑んだ。
よかった。
あの子は、もう一人じゃない。
ようやく──守れた。
朝日の中を、四人は歩いていく。
飛ばない魔法少女と、しゃべらない相棒。
そして──新しい仲間たち。
物語は、ここで終わる。
でも、彼女たちの日々は──続いていく。
完
飛ばない魔法少女としゃべらない相棒 からき @karaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます