第12話 地獄の再演
その日、空が割れた。
六月のあの日と、同じように。
神崎は、モニターを見つめていた。
特務対策室の緊急オペレーションルーム。
複数の画面に、リアルタイムの映像が映し出されている。
■県■市。
六月の災害と、同じ場所だった。
「──S級、だと……?
今年の六月に出現したばかりで、また同じ所に?」
五十嵐室長の声が、震えていた。
S級魔物。
A級の上。
記録上、過去に数えるほどしか出現していない。
そのすべてが、甚大な被害をもたらした。
モニターに映る魔物は──巨大だった。
ビルほどの高さ。
黒い体。
無数の目。
無数の腕。
無数の口。
六月の災害で出現した魔物と、同じ種類だった。
「全魔法少女に緊急招集をかけろ。
自衛隊にも連絡。
避難誘導を最優先──」
五十嵐が指示を飛ばす。
神崎は動けなかった。
あの魔物。
あの形。
桐生凛の両親を殺した魔物と、同じだ。
「神崎」
五十嵐が呼んだ。
「あなたも現場に。
──彼女が来るわ。
必ず」
神崎は頷いた。
わかっていた。
あの子は、必ず来る。
***
私は廃ビルの窓から空を見ていた。
空が、割れている。
黒い亀裂。
黒い稲妻。
あの日と、同じだ。
体が震えた。
怖いんじゃない。
──怒りだ。
私はドゥー太郎を握りしめた。
窓から飛び出した。
魔物めがけて全力で走り、たどりついた現場は、地獄だった。
崩れる建物。
逃げ惑う人々。
悲鳴。
爆発音。
あのときと同じ巨大な魔物と、それに引き連れられた魔物が、街を蹂躙している。
魔法少女たちが戦っていた。
ひよりとなぎさの姿も見えた。
光の矢が飛ぶ。
炎が燃え上がる。
でも、巨大な魔物にはあまり効いていない。
巨大な魔物は、すべての攻撃を無視して進んでいく。
腕を振るうたびに、建物が崩れる。
「──凛!」
ひよりの声がした。
答えなかった。
魔物だけを見ていた。
忘れもしない──お父さんとお母さんを殺した魔物と、同じ形だ。
あの時と同じ形だとしても、同じ個体じゃないのは分かってる。
でも、そういう問題じゃ無い。
溢れ出る気持ちがどうしても収まらない!
私は突進した。
魔物に向かって、一直線に。
「待って、凛! 一人じゃ──」
ひよりの声が聞こえた。
無視した。
跳躍。
ビルの壁を蹴って、高く飛ぶ。
魔物の腕が迫る。
ドゥー太郎を盾にして受けた。
衝撃。
体が弾き飛ばされる。
空中で体勢を立て直し、別のビルの壁を蹴った。
また跳躍。
魔物の顔面に向かって──
ドゥー太郎を叩きつけた。
「ドゥー」
──効かない。
魔物は、わずかに顔を揺らしただけだった。
反撃が来る。
無数の腕が、私を叩き落とそうとする。
避ける。
避ける。
避けきれない。
腕の一本に捉えられ地面に叩きつけられる。
「──っ」
痛い。
でも、立てる。
怒りに突き動かされるまま、私はすぐに飛び起きて、弾丸のように飛び出す。
建物の壁を蹴って飛び上がり、迎撃してくる無数の腕めがけてドゥー太郎を振り下ろす。
「ドゥー」
束になった魔物の腕をまとめて打ち据えて、その反動で魔物の胴体に肉薄し、思い切り振りかぶったドゥー太郎を叩きつけた。
「ドゥー」
魔物の巨体にズシンという衝撃が走る、けれどそれだけだった。
でも、目障りに思ったのか、巨大な魔物は着地した私に向けて無数の腕を真上から滅多打ちにしてきた。
「ぐ、ううう!」
私は歯を食いしばりながら、ドゥー太郎を振り回して腕を打ち返す。
だが、防御で手一杯になって、身動きが取れなくなってしまった。
その隙を狙ったか魔物の足が、私を踏み潰そうと降りてくる。
あれは無理だ、避けないと──
その瞬間、光が弾けた。
魔物の足が横に逸れる。
「凛!」
ひよりだった。
全力の光の矢を、魔物の足に撃ち込んでいた。
間髪いれずに、なぎさが私の腕を掴んで、魔物の攻撃から一気に引き離した。
「何やってんの、一人で突っ込んで!」
「……離して」
まだ──まだこんなもんじゃ済まさない!
「離さない!」
鋭い声を発したなぎさが、魔物から目を離さない私の視界に強引に入り込んできて、真っ直ぐに私の目を見つめてきた。
「落ち着いて! 一人で倒せる相手じゃない。
見てわかるでしょ」
「…………」
その声に気勢を削がれた私は、静かになぎさの顔を見返した。
「死にたいの?」
死にたいわけじゃない。
ただ──あいつを、倒したい。
お父さんとお母さんを殺したのと同じ形をしたあの魔物を。
「桐生」
声がした。
振り返ると、神崎が立っていた。
激戦をくぐり抜けてきたのか、服が汚れている。
額から血が流れている。
それでも、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「君の気持ちはわかる」
「…………」
「あれは、君の両親を殺した魔物と同じ種類だ。
──君が、冷静になれないのはわかる」
こうしている間も魔物が暴れている。
他の魔法少女達が戦っている。
倒したい。
でも神崎たちを振り払う気にもなれない。
「だが、一人じゃ無理だ。
君は強い。
それでも、S級は──一人で倒せる相手じゃない」
「…………」
「俺たちと一緒に戦ってくれ。
──頼む」
神崎が、手を差し出した。
私は差し出された神崎の手を見た。
あの夜、病室で差し出された手と、同じだ。
あの時は──取れなかった。
ひよりが、隣に立った。
「一緒に戦おう、凛」
なぎさも立った。
「あんたは一人じゃないよ」
他の魔法少女たちも、集まってきていた。
みんなが、私を見ていた。
ただ──一緒に戦おう、と。
そう言っている目だった。
私は、ドゥー太郎を握りしめた。
一人で戦ってきた。
一人で強くなった。
一人で──ここまで来た。
でも。
一人じゃ、あいつには勝てない。
わかっていた。
さっきの攻撃で、わかった。
あの巨大な魔物は、今までの敵とは違う。
一人で挑めば──死ぬ。
死にたくない。
そう思った瞬間、自分でも驚いた。
ずっと、どうでもよかったはずだ。
生きても死んでも。
復讐さえできれば。
でも──今は、違う。
死にたくない。
まだ、やりたいことがある。
ひよりやなぎさと、また一緒に戦いたい。
神崎に、ちゃんと話したいことがある。
ドゥー太郎と、もっと一緒にいたい。
それに、私にはやらなければいけないことが、きっとたくさんある。
だから──死ねない。
私は、神崎を見た。
差し出された手を見た。
──もう、一人じゃなくていい。
そう言ってくれた人の手を。
私は──まだ、取れなかった。
「……わかった」
代わりにそう言って小さく、頷いた。
「一緒に、戦う」
「ありがとう」
神崎は凜に差し伸べた手を取ってはもらえなかったが、共闘を受け入れてくれたことが嬉しくて笑みを浮かべた。
「……別に」
その笑顔を直視できなくて、なんとなく顔を背けた。
ひよりとなぎさが、嬉しそうに笑っていた。
「よし、決まりだね」
「ぜったい勝つよ」
二人を見て──私は少しだけ、本当に少しだけ、釣られて微笑んだ。
***
魔物はまだ街を蹂躙していて、被害は広がり続けている。
今は防衛部隊が魔物を牽制して戦っている。
あの巨大な魔物を倒すための時間を稼いでいる。
「作戦を立てる」
神崎が言った。
「時間がない。
手短に行くぞ」
指揮所に集合した魔法少女全員が頷いた。
もう、私一人の戦いじゃ無い。
みんなで戦って、みんなで勝つ。
これは、そういう戦いだ。
ドゥー太郎を見る。
ボタンの目が、こちらを見ている。
「……一緒に行くよ」
呟いた。
返事はなかった。
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