令和8年の科学と宗教

水底まどろみ

謹賀新年

 新年早々、神社の境内は雪化粧に覆われていた。

 幼い頃から見覚えのある、近年は見る機会の減った懐かしい景色だ。

 子供時代ならば無邪気に喜んでいたものだが、今となっては雪の重みで提灯立てなどが倒れないか・訪れた人が転ばないかと心配が勝る。


 私の家は宮司ぐうじの家系である。

 観光客のたくさん来るような有名どころとは違い、地元の人しか知らないような小さな神社だ。なんでもない日の参拝者は片手で数えるほどしかいない。人が集まるのは祈年祭きねんさい新嘗祭にいなめさいなどのタイミングのみ。

 それでも元日にはひっきりなしに人が訪れる。

 忙しい父を助けるために、普段は遠方に住んでいる私もこの時期は白衣の上に狩衣かりぎぬまとう。祓詞はらいことばを唱え大幣おおぬさを左右に振って参拝客を祓い清める。日に何度も行うことになる、身に馴染んだ動作だ。

 だが、訪れた人にとっては年に一度の祝いの日である。

 そう思うと、いつもは丸まりがちな背筋がピンと伸びる。


 現代日本において、地域に根付く氏神神社は年々減少している。

 過疎化と少子高齢化のあおりを受けて、参拝客も神社の管理を行う氏子総代うじこそうだいの担い手も減りつつある。

 前年まで息子夫婦や孫を連れてお参りに来ていた方が1人で来たこともある。老いにより足腰を悪くし参拝に来られなくなった方もいる。

 科学的価値観が普及し宗教への帰属意識が薄くなっているのも一因だろう。かく言う私も大学院で有機合成を専攻し普段は化学系の会社に勤めており、伝統の担い手であると同時に科学の信徒であることも自負している。

 無論、日本人に信仰心が無いと言いたいわけではない。しかし、日本人の信仰――たとえばお天道様が見ているだとか困った時の神頼みだとか、それは確かに信仰であったはずなのだが、もはや当たり前の道徳として定着している。特定宗教を意識する人はあまりいないだろう。

 御朱印ブームやSNSの活用などで成果を出している神社もあるが、そのほとんどは知名度の高い大きな神社だ。各地域の小さな神社は金銭的にも人員的にも余力に乏しく、それがますます人離れを生むという負のスパイラルに陥りがちだ。


 そんなご時世なものだから、今の時代に神社を続ける意味を自問したことは一度や二度ではない。

 生活難に関しては兼業神主になるという手があるが、人の流れに関しては有効な手を打つのが難しい。簡単な方法があるならどこの神社もやっている。

 将来的に今よりも見向きされなくなる可能性が高いのに、人生を神社に縛られる意義が果たしてあるのかと不安になっていた。


 そうして悩んでいた時の私は自分のことしか考えられていなかったのかもしれない。

 神職の資格を取り実際に神事に携わるようになってからは、幼い子を連れて参拝しに来た夫婦や老いた体で氏神神社を管理する氏子などにも目が向くようになった。

 たとえ兼務社を一日中巡った最後の神事で疲弊していたとしても、他の方にとっては年に数えるほどしかないハレの日なのだ。

 それを己の都合で不甲斐ない失敗の記憶に塗り潰してしまうようなことはあってはならない。

 そう考えると、疲れていても自然と姿勢が保たれるようになった。


 立場上神への畏敬の念を持っていて欲しいとは話すが、実のところ、参拝客が神をどこまで信じているかはあまり重要ではないのだろう。

 科学の世を生きる現代人に対して、科学では存在を証明できない神を信仰するように言ったとしても、不毛な時間が流れるだけだろう。

 神を祀る場としての神社に神を信じない人を巻き込むことは望んでいない。

 一方で、心機一転して願掛けをする舞台としての神社はどうだろうか。

 ニューロンの活動により生み出される意識、多くの宗教で支持されている概念である魂。解釈の仕方は信ずるものによって違えども、それが指すもの自体は同じだろう。そして、心と身体が密接にリンクしているのは科学にも宗教にも共通する見解だ。

 科学の時代における信仰の役割はここにあるのではないか、と私は考える。


 大切なのは人が心を整えられる空間を創ること、目標に向かって決意を固める場を創ることだ。

 静謐な空気を乱してしまわぬように、緩んだ心の糸を張り直すように。

 訪れてくれた人が前を向いて人生を歩む助けとなるべく、私は手先足先の神経まで意識を張り巡らせながら祝福のことばを口にする。

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令和8年の科学と宗教 水底まどろみ @minasoko_madoromi

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