父はパオ星人

ぽんぽん丸

ごめんねポニョ。

平日夕方の回転ずしは程よく賑やか。父はこの国の紙幣を持っていないらしく、大学生の私が奢ることになった。だから茶碗蒸しだけ頼んで大人しくしている。


「ごめんな、ずっといなくなってて」

対面した父は茶碗蒸しに突っ込んでしまいそうなくらい深々頭を下げる。


「母さんから聞いてるとは思うねんけど、宇宙法で決まってるから帰らなあかんかってん。でも父さんすごい頑張って裁判起こしたりしてさ、すっごい頑張ってん」


ママは私にウルトラマンとか、スターウォーズとか、メン・イン・ブラックを見せて「あんたの父さんこんな感じの人」と言っていたなと思い出す。ハリソンフォードとかトミー・リー・ジョーンズみたいなことだと思ってた。私は日本人顔なのだけど。


「その、なんというか、急だから、本当に父親なのかもちょっとまだはっきりわからないので、とりあえずそんなに謝らないでください」


私は斬新な詐欺の可能性も捨てきれずに、慎重に事態を把握しようとする。



大学の帰り道で声をかけられた自認『お父さん』と私が回転寿司に入ったのはなぜか?


「ほら、これ」


母さんが子供の頃から私に持たせたネックレスは、妙な文様で半円形をしている。自認父が差し出したそれは、私の片割れを合わせると文様の一筋までぴったり一致してしまうからよくなかった。しかも「父親だし、宇宙人だと」言うからもっとよくない。


くわえて目の前の人が確かに私に似ていることも良くない。私のたれ目と耳が変な形をしているのは父親似だったらしい。


とりあえずエビアボカドを口にして落ち着くことにする。


「アボカドなんて父さんがいた頃はなかったのにな。驚きはそれだけじゃないよ。回転寿司が回らんようになるとは思わんかったわ。新幹線が運んでくるんやね」


演技だったらバリキモいなと思う。久しぶりに娘に会う異星人を演じているんだったら痒過ぎる。


「エリカは、お母さんは元気か?」


そうだ、共通の知ってる人。本当に父なら母さんのことを聞けばいいのだった。


「ママのこと覚えてるんですか?」

「ああ、1日も忘れたことないよ。エリカは優しい。地球にきて右も左もわからん。知り合いもおらん。エリカだけが仲良くしてくれた。知ってるかな?帰国子女やねんってさ。だからこの国で1人の気持ちはすごくわかるって、1人にしたくないって、そうして仲良くなってん」


名前も、生い立ちも知っているようす。


「ママの出身はどこ?」

「アメリカやったかな?確か…ネバダじゃないかな?」

「得意なスポーツは?」

「エリカは野球好きよな。阪神ファン。本人も野球うまかったんやないっけ?女性にしては身長高いし、若い頃強かったらしいで」

「ママの見た目は?」

「向こうのハーフで肌は浅黒くてアフロでガタイもええよね」


不審者がママに詳しい。本当に父親なのかもしれない。嫌だ。


「父さん、今回も一月くらいしか地球におれんねん」


私が態度を決めかねているのに話を進んでしまう。だから私はねぎとろ軍艦を食べて落ち着くことにする。おいしい。


「ホンマは異星で家族を持ったらあかんねん。地球の文明とか人間の遺伝子とか汚染することになるからさ。でも逮捕とかされるわけじゃなくて、強制送還されて元々おった星から出ることも禁止されてしまう。だからお父さん、今日まで会いにこれんかってん」


話が整い過ぎていて逆にありきたりだなと思う。山芋たらこ軍艦うまい。


「だけどなやっぱり家族って大事やんか?家族を引き離すことは許されない!って父さん頑張ったんよ。裁判だけで8年かかってんで?働きながらすっごいしんどかった。でもエリカや君のこと考えて必死に頑張った」


「それで?」

なんかもう私に関係ないおもしろ話みたいに感じてくる。


「一親等までは連れてきていいことになってん。地球で暮らすのはダメやけど伴侶と子供はパオ星で一緒に暮らせるって認められた。だから父さんは2人を迎えに―


「困ります」

がんばって大学に入って1年生の夏。好きな人もできたばかりだ。


「そうやな、こんなこと突然言われて無理よな…大学もあるし、友達もおるやろうしな」


7皿食べた。お腹もいっぱいになったし話し合いは平行線だろうし今日は解散しようと伝えた。会計を済ますと「ごめんなぁ、ごちそうさま」と情けない感じで言っていて、やっぱり私の父かもしれないと思った。



「いつもごめんねぇ、ご馳走様」

「こちらこそ。大学来てからいっつも1人で食べてたからさ。一緒に食べてくれてありがとう」


私は彼のことが好きだ。しかも1人暮らし同士だったから2人でご飯に行くことに成功している。そもそも着いていく気はないのだけど、離れたくないなと思う。私達の上に星が輝いている。パオ星とかいうダサい名前の星も視界のどこかにあるのかもしれない。


「もし私がどこか遠くの星に行ってもう会えないってなったらかなしい?」


私は好きな人に変なことを聞いてしまう。


「何?急にロマンチックじゃん」

そうかな?と思う。当事者からするとロマンなんてない。私が黙ってしまったから彼は少し真剣に答えてくれた。


「嫌だよ。さみしいね」

シンプルな答えがグットだった。


私は彼のことを見れなくて星を見たふりをしながらありがとうと伝える。彼はどういたしましてとやっぱり星を見上げたまま答えてくれる。




ママの天然アフロと浅黒い肌を子供の頃の私は複雑な気持ちで見ていた。私はすっかり日本人らしい見た目だから、よく同級生におかしいと言われた。でも宇宙人の父親似なのだから実際はもっとおかしい。


「ごめんね、ちゃんと教えてなくて」

「父さんも先に1人で会いにきたの、よくなかった」


ママと一緒に登場されてはこの人が父親ということになってしまう。でもまだ私は自認宇宙人の変な人を信じられない。


「じゃあ私はネバダ出身のハーフのママとパオ星人の子供ってこと?」

ママは自認父を見た。自認父はうんうん頷いた。


「そうだね。そうなるよ」

「じゃあ私、1/4だけ日本人ってこと?」


2人は顔を見合わせて、気まずそうに黙った。


「ミラノ風ドリアとミックスピザです。取り皿お持ちいたしましょうか?」

「結構です!」


店員さんの親切を強めに拒否するくらいに私の心はわなわなしている。


―なんで宇宙人とのハーフだって黙ってたの?

そんな言葉が浮かぶのだけど、周囲の人に聞かれたら嫌だし言えない。


「みいちゃん、ごめんね」

母はしおらしく言った。

「ぜんぶ父さんのせいだ。エリカは、ママは悪くないよ」

自認父が続けて謝ることが気持ち悪い。ママがちょっと嬉しそうなのもキショい。


「そうね、いきなりは難しいわね」

ママはそう言ってしばらく一緒に過ごす時間をちょうだいと言った。私は大好きなママに従うしかなった。



「ポニョめっちゃおもんないやん!」


下宿先の部屋にはじめて来た男性は私の父を名乗りかつ宇宙人を自認している。


「だから言ったじゃない。おもしろくないって。3人で見るなら他の映画がいいって」

「えっ、だってもののけ姫、千と千尋のジブリやんな?えっ…ちょっと酷いわ」


しかも自分から見たいと言いだしたポニョを見終わってショックを受けディスっている。嫌な人だなと思う。思い描いていた初めて私の部屋に来た男性とも、家族の団らんとも違う。


「みいちゃんはどう?ポニョ好きだった?」

「なんか話の伝えたいことがよくわかんないし、かわいいだけで押し切るでもないし、どう見ていいかわかんないね」


私は今のこの状況に感じる嫌な気持ちを乗せて、率直な感想を伝えた。


「せやな!ホンマにせやな!なんでこうなったんやろう!」

自認父は1人で大盛り上がりしている。私と同じ感想で嬉しいみたい。


「お父さんね、みいちゃんが1歳の頃に帰らないといけなくなったの。私達よくデートで映画見てたからジブリも好きで、帰る日、ポニョが公開されるちょっと前だったからいつか3人で見ようねって約束してたのよ」


なんだエモいな。そりゃおもしろくないとは思わない。


「向こうでもずっとポニョ見たいな思ってたのに、こんな感じか。えっ。他は?このアリエッティって言うのは?」


「アリエッティはおもしろい方だけど、今も千と千尋の頃の期待値ならやめときましょう。あとスターウォーズの続編もダメよ」

「スターウォーズ、完結してたやん!続編あるん?しかもおもんない?」


はじめてみるママの姿。ママが友達としゃべってるみたい。10年以上ぶりの映画のあれこれにショックを受けるおじさんとの掛け合いに私は少し笑ってしまう。


2人は掛け合いをやめて、そんな私を見て、嬉しそうに笑うのだった。




結局私だけ残ることにした。


「次は年末に会いに来るね」

ママは泣きながら言った。


「この前は持ち合わせなかったけど、お金のことも心配しなくてええよ。口座のアプリ入れたから向こうからでも仕送りできるから。25日に振り込むけど、急になんか必要になったら遠慮なく言うんやで」

父は言った。


「あと、おすすめの映画あったらLINEで教えて。ほら、父さんの頃DVDやったから向こうで見れんかったけどさ、今サブスクやから電波うまいことして見るわ」


「わかった」


私ははじめて父に肯定的な返事をした。父は父親らしいうれしそうな顔をしやがった。父はママを連れて行くし、ずっと父親らしいことをしていなかったのに。癪だ。


父の船はコンパクトだけどかっこいい。流線形でシルバーで、地球の映画や漫画ではまだ辿り着いてない不思議なデザイン。2人が近付くとふわっと入口の穴が開いた。


「お父さん、向こうとも通話できるようにしてくれたみたいだから、寂しくなったら通話してね」


ママとは大学の下宿をはじめたてからよくLINEはしたけど、通話したことなかった。宇宙の果てに行くことになってやっぱりさみしいみたい。いや、もしかしたらホントはずっと話したかったのかもしれない。だから私から通話しようと思う。


入口が閉じると、ブースターとかそういうわかりやすいのもなく、不思議な高い音が鳴ったかと思うとふわっと浮かび上がった。


星空に向かって上昇する2人の船に私は手を振ってみた。窓とかないし見えてるのかわかんないけど。銀のボディは月明かりを反射して光を返してくれたのだけどすぐに星に紛れてわからなくなった。


私は夜空を見上げたままでちょっと泣いた。寂しいけどいい気持ちかもしれない。ママは幸せそうだったし、父も幸せそうだったし。それに、なんだかわからないけど、3人でいる時に感じた気持ちはいいものだと思う。


パオ星はオリオン座の少し右。ゆるい涙にぼんやりした視界で見上げていると、オリオン座の少し右で5回、キラキラ光った。


アイシテルのサインかもしれないなぁ。ダセえなあと思いながら私は胸にかけたペンダントを握って、手を振って2人を見送った。




クリスマスが近い。彼氏にクリスマスは一緒にポニョを見たい、とわがままを言った。なぜポニョなのか不思議そうにしている彼がどんな感想を言うか楽しみ。おもんないと大騒ぎしてくれたら嬉しい。


もし大騒ぎしてくれたらママたちが年末に帰ってきた時に、彼氏のことを話してもいいかもしれない。いつかみんなで一緒にポニョをディスれたらいいなと思う。

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