第11話 志を継ぐ者(2)

 だが同時に、常に付きまとう自責の念が苦しめるだろうことを思うと、到底それに耐えられるようには思えなかったのだ。


 カツンと、硬い靴音が石畳を弾く。

 ゆっくりと、でも確かに近づいてくるロッシュに視線を移したウェインは、どこか安堵した。

 その瞳に再び、冷たい光が宿ったからだ。

 手には剣がある。そして、表情は慈悲に暗く沈んでいた。


 剣を首筋に当てたロッシュを、ファウスは青い顔で睨みつける。

 だが、ウェインは素直に頭を垂れ、差し出した。


 今のロッシュは憎しみからこうするわけではないだろう。

 おそらく、心中を察し哀れんだのだ。

 苦しみが長く続く人生だと、察したのだ。

 ウェインは穏やかな笑みすらも浮かべていた。


『陛下、お待ちを!』


 振り上げられた剣が、ウェインの首めがけて振り下ろされる。

 ファウスが助けようと前に出るが、先程一回その剣を退けるのが精一杯で、もう力など残ってはいない。

 実体のない体をすり抜け、刃はその首に。


 瞳を閉じたまま、断罪の時を待つウェイン。

 その時間はどんなに長いものなのか。

 沢山のことが走馬灯のように駆け抜ける中、僅かに首の後ろに痛みが走る。


 だが、それだけだ。

 案外、一瞬のことなのかとも思った。

 だが、カランと金属か何かが石畳に落ちる音がして、ウェインは恐る恐る瞳を開けた。

 床に転がったのは、髪を束ねていた髪留めだった。

 そして、床に広がった長く黒い髪。

 切れた首の辺りに触れると、そこから先の髪がなかった。


「ウェインはここで一度死んだ。こっから先は俺の知ったこっちゃない。好きにしろ」


 剣を納めたロッシュは、少々恥ずかしそうに視線を外す。

 ファウスも安堵した笑みを浮かべている。

 ウェインだけが、許されたことに今もまだ戸惑っている。


 だが、ゆっくりとロッシュの言葉が染みていく。

 許すと言った若い王を見上げ、ウェインはもう一度深く考えた。

 何が一番の、罪滅ぼしなのかと。


『ウェイン、今貴方がこちらにきても、私もカーマンも許さない。なすべき事ができる人間が、やらなければいけないのです。私も彼も、もうその資格がない。貴方に託すしかない。勝手とは思いますが、どうか私達の見られなかった夢を、叶えてください』

「ファウス……」


 見上げた先の友人は、本当に強くそれを望んでいる。

 そいて、血の通う自らの手を、ウェインは見つめた。

 まだ、触れることのできる体がある。

 まだ、全員に届ける声を持っている。

 何が一番の罪滅ぼしなのか。

 そんなのは、既に分かっていることだ。


 改めてウェインは、ロッシュへと向き直る。

 そして、片膝を立て深々と頭を下げ、朗々と響く声で新たな誓いを立てた。


「貴方の傍で、貴方の作る世界の礎となりましょう。この命尽きるまで、どうかお使いください、ロッシュ陛下」

「……物好きな奴だな、お前といい、ファウスといい」


 嘆息しつつも、ロッシュはウェインの剣を拾い、彼へと渡す。

 それはまるで騎士拝命の儀式のような、厳かな空気がある。

 それを見て、ファウスは本当になすべき全てをなしたのだと、感じて寂しく笑みを浮かべた。


『陛下、ウェイン』


 不意に声がかかり、二人はそちらに視線を向ける。

 見ればファウスの体は先程よりも随分薄く、その気配も消えそうになっていた。


「ファウス!」

『私は願いを叶えた。もう、思い残すこともないのです。陛下、どうか健やかに。過去ではなく、未来をご覧ください。決して諦めることなく、大切なものは何かを見てください。貴方にはできるはずです。貴方の傍にいる、貴方の仲間を大切になさってください』


 光が天から舞い降りるように、ファウスの体を包んでゆく。ファウスの体はゆっくりと、天の光に溶けるように混じりあい、そして消えていった。

 光が去ったその後には、彼の残した記憶と言葉のみがあった。


「……ウェイン、一つ俺に約束しろ」

「はい」

「絶対に、自ら命を捨てるようなことはするな。無様でも、最後まで生きろ。生きるために足掻け。もしも俺の前に死体で戻ってきたら、俺は決して許さない」


 押し殺す怒りのような悲しみの声。

 それを聞いたウェインは、確かにその言葉を胸に深く刻みつけた。


「俺はこのままグラディスを追う。なんだか嫌な予感がするんだ。お前はここにいろ。女王が生きている間は、接触しない方がいい」


 場を改めたロッシュが、ウェインに命じる。

 それにウェインも同意し、少しでも離れようと大広間の戸口へ向かったその時だ。

 何かおかしな気配が近づいてくるのを感じたのは。


「ウェイン、離れろ!」


 ロッシュもそれを感じ、鋭くウェインに投げる。

 それに素早く従ったウェインの目の前で、扉は姿の見えないものに開け放たれた。

 そしてそこに、見たことのないものが飛び込んできたのだ。


 真っ赤な炎のようなドラゴンだった。

 大きな翼を広げた幻想の生き物は二人には目もくれず、その先の王の間へと一直線に飛んでゆく。

 肌がジリジリと焼かれるような熱だけが、二人には残った。


「ロッシュ陛下、どうかお急ぎを。グラディス様を……この世界を」

「あぁ、そうする」


 改めて剣を握ったロッシュは、大広間から王の間へと急いで向かった。

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運命の羅針盤 @nagise1009

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