第11話 錆びた剣と、鉄板で踊る霜降り肉

 燃え盛る炎の壁を背に、かつての仲間たちが亡霊のように揺らめいて見えたのは、熱気のせいだけではなかった。


 リーダーの戦士ガイル。魔法使いのエリス。斥候のジン。

 ほんの数日前まで、俺が背中を預け――いや、背中を追いかけていた「銀の牙」の主力メンバーたち。

 だが、今の彼らに、かつての中堅筆頭パーティとしての輝きは見る影もなかった。


 俺は無意識に、職業病とも言える観察眼で彼らの装備をスキャンしていた。

 ガイルの愛剣には、刃こぼれと赤錆が浮いている。俺が毎晩、研磨油で手入れしていた頃にはあり得なかった惨状だ。

 エリスのローブは煤で汚れ、裾が破れたままだ。魔力ポーションの空瓶が腰のベルトにぶら下がっているが、中身は空っぽに見える。

 全員の顔色が悪い。栄養失調と疲労の色が濃い。肌ツヤがなく、目の下に隈を作っている。


「……アレン、か?」


 ガイルが掠れた声で俺の名を呼んだ。

 その視線は、俺ではなく、俺の足元で血に濡れた口元を舐めているグルに行ったり来たりしている。

 信じられない、という表情だ。

 無理もない。Fランクの荷物持ちが、中層のボスエリアを壊滅させた中心に立っているのだから。


「生きてたのか。……てっきり、野垂れ死んだかと」

「ご覧の通りだ」


 俺は短く答えた。

 かつてなら、ガイルの言葉には絶対服従だった。彼の機嫌を損ねないよう、常に言葉を選んでいた。

 だが今は、彼の言葉がひどく軽く、空虚に響く。

 俺の手には、まだ温かいオークジェネラルの解体ナイフが握られている。その柄の感触だけが、確かな現実だった。


「おい、その魔物……まさかお前のテイムモンスターか?」


 斥候のジンが一歩踏み出してくる。

 その目は、グルを「脅威」として見ていると同時に、どこか値踏みするような光を帯びていた。

 困窮している彼らにとって、強力な戦力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。


「そうだ。俺の相棒だ」

「ふん、相変わらず変なもん拾ってきやがって。だがまあ、そこそこやるみたいじゃねえか」


 ガイルが鼻で笑った。虚勢だ。

 剣を握る手が震えているのを、俺は見逃さなかった。

 彼らはここに来るまでに相当消耗している。おそらく、俺たちが倒したホブゴブリンの残党か、あるいは別の魔物と連戦してきたのだろう。


「ちょうどいい。俺たちも少し手が足りなくてな。アレン、お前、戻っ――」


 ガイルが言いかけた言葉を、俺は遮った。

 言葉で返したわけじゃない。

 行動で示したのだ。


 俺は彼らに背を向け、まだ熱を帯びているオークジェネラルの死骸へと歩み寄った。

 ジェネラルの腹部はグルに食い荒らされていたが、背中のロース肉や、太ももの筋肉は無傷だ。

 最上級のオーク肉。

 市場に出せば金貨十枚は下らない希少部位。


「グル、腹減ったか? まだ入るだろ」


 俺が問いかけると、グルは嬉しそうに「ギャウ!」と吠えた。

 さっき一匹丸呑みしたばかりだが、進化直後のエネルギー消費は激しい。こいつの胃袋は底なしだ。


 俺は革袋から、野営用の厚手の鉄板を取り出した。

 焚き火の残骸の上に五徳を組み、鉄板を乗せる。

 熱された鉄板が、チリチリと音を立てる。

 俺はナイフを振るい、ジェネラルの背肉を分厚く切り出した。

 美しい霜降りだ。脂のサシが網の目のように入っている。


「おい、無視するな! 話をしてるんだぞ!」


 エリスがヒステリックな声を上げた。

 俺はそれをBGM程度に聞き流し、熱した鉄板の上に、分厚い肉塊を放り投げた。


 ジュウウウウウウッ!!


 洞窟内に、暴力的なまでの音が響き渡った。

 瞬時に立ち昇る白煙。

 オークの脂が溶け出し、焦げる香ばしい匂いが爆発的に広がる。

 ただの肉じゃない。中層の魔力をたっぷりと蓄えた、濃厚で甘みのある脂の香りだ。


 俺は岩塩を一つまみ、高い位置から振りかけた。

 さらに、砕いた黒胡椒をたっぷりと。

 肉を裏返す。


 ジュワッ!


 完璧な焼き目。こんがりとした狐色。

 表面はカリッと、中はレアに。

 溢れ出た脂が鉄板の上で踊り、パチパチと弾ける音色が、どんな吟遊詩人の歌よりも今の俺には心地よかった。


 ゴクリ。

 背後で、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。

 一人じゃない。三人全員だ。

 彼らの装備がボロボロなだけじゃない。頬がこけている理由。

 まともな食事を摂っていないのだ。

 俺がいなくなってから、誰が兵站を管理し、誰が彼らの偏食に合わせて調理していたのか。

 保存食の干し肉を齧るだけの生活が、どれほど精神を摩耗させるか、彼らは今更ながら思い知っているはずだ。


「う、美味そう……」


 ジンのうわ言のような呟き。

 俺は焼き上がったばかりの肉をナイフで突き刺し、鉄板から持ち上げた。

 滴る脂。湯気。

 それを、彼らに差し出す――わけがない。


「ほらよ、グル。ご褒美だ」


 俺は肉を、足元で口を開けて待っている相棒へと放った。

 グルは空中でそれをキャッチし、ハフハフと二、三回噛んでから、一気に飲み込んだ。


「きゅう~!」


 至福の声。

 尻尾がちぎれんばかりに振られている。

 俺は続けて、二枚目、三枚目の肉を切り出し、鉄板に乗せていく。

 自分たちのために焼く。自分たちだけで食う。

 その行為が、どんな言葉よりも雄弁に「お前たちは部外者だ」と告げていた。


「アレン、てめぇ……! 俺たちに寄越せとは言わねぇが、その態度はなんだ!」


 ガイルが激昂し、歩み寄ろうとする。

 だが、グルが低く唸り声を上げただけで、彼は足を止めた。

 今のグルは、血と脂に塗れた捕食者だ。

 錆びた剣を持った疲労困憊の戦士など、敵ではないと本能が理解してしまっている。


 俺は鉄板の上で踊る肉を見つめながら、静かに口を開いた。


「戻れ? お前らが俺を捨てたんだろ」


 淡々とした声だった。怒鳴る気力も湧かない。

 ナイフで肉をひっくり返す手つきに、迷いはなかった。


「俺は今、忙しいんだ。この食いしん坊を育てるので手一杯でね。お前らの世話まで焼いてる暇はない」


 俺は焼き上がった肉を一切れ、自分の口に運んだ。

 噛み締める。

 口いっぱいに広がる濃厚な旨味。オークジェネラルの強さが、そのまま味の深みになっている。

 美味い。

 過去のどの食事よりも、この一口は格別だった。


 ガイルたちは、何も言えなかった。

 ただ呆然と、俺たちが肉を貪る光景を見つめているだけだ。

 その目にあるのは、怒りよりも、もっと惨めな「羨望」の色だった。

 俺が管理していた「当たり前の日常」が、どれほど得難いものだったか、彼らは今、強烈な空腹と共に噛み締めているに違いない。


 俺はもう一枚、肉を焼く。

 この匂いが届く限り、彼らはここから動けないだろう。

 だが、俺が皿を差し出すことは、もう二度とない。

 俺が腹を満たしてやるべき相手は、俺を信じて共に戦ってくれる、この相棒だけなのだから。

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2026年1月2日 18:02
2026年1月3日 18:02
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最弱テイマーの相棒は暴食の幼竜~魔物を食わせて最強進化~ 九葉(くずは) @kuzuha1226

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