第4話 破滅の影

 

 その日も、いつも通りのはずだった。


 僕は十歳くらいになり、少しずつ母さんの仕事を手伝ったりするようになっていた。今日はたくさんの植物を仕分ける作業だ。うず高く積まれた薬草や花やよくわからない蔦を目の前にすると嫌になるが、母さんのために頑張ろう。


「ありがとね〜リュオン。ママ、ほんとに助かるわ〜。疲れたら、ちゃんと休憩してね〜?」

「うん、母さん。まだ大丈夫だよ」


 肉体的にはそんなに辛くない仕事なので、まだまだ問題ない。さっさと終わらせてしまって、母さんに楽をさせてあげよう。


「リビアもする!」


 僕と母さんが仕事を始めると、リビアがそう言った。まあ、いつも通りだ。


「リビア、こっちにおいでー。にぃにと一緒にやろう」

「うん!」


 リビアを呼び寄せ、二人で一緒に仕分けをする。一人でやった方が効率はいいが、こうしてリビアと作業するのも楽しいものだ。それに、こうすれば母さんは仕事に集中できるから、結果的に早く終わる。


「うふふ、二人はとっても仲良しね〜」

「うん! にぃにとリビアは仲良し!」


 母さんが柔らかな笑顔で僕たちを見る。


 この世界に生まれて、約十年が経過した。

 最初の方は記憶にないし、動けるようになるまではそこそこかかったが、それでも十年この世界で生きたというのは感慨深いものがある。


 そういえば、魔力が覚醒するのが十歳前後だったか。全然その気配はないので、僕は魔法士ではないのだろう。奴隷階級から魔法士が生まれるのは相当低い確率らしいので、順当といったところか。まあ、そもそも魔法士になりたいかと言われると、別になりたくないという気持ちは変わっていない。


「にぃに、どうしたのー?」

「ん? ああ、なんでもないよ。さあ、頑張って終わらせよー!」

「おー!」


 考えることをやめ、作業に戻る。

 ちょっと危ない花とかもあるので、集中しよう。リビアを危険な目に遭わせるわけにはいかない。


 時折りリビアと遊んだり、母さんとお喋りしながら作業を続けた。気づけば、あれだけあった植物の山が随分と減っている。いつの間にか結構な時間が経過していたようだ。


「ん〜。リュオン、リビア、ありがとね〜。ほんとに助かったわ〜」


 母さんが伸びをして、そう言った。

 今日はこの辺で終わりということだろう。


「あらあら、もうこんなに暗いのね〜。そういえば、パパの帰りが遅いかしら?」


 確かに、いつもより父さんの帰りが遅い気がする。たまに遅くなることはあるが、今日は特に遅い。何かあったのだろうか。

 

「心配だね」

「そうね〜。それに、なんだか騒がしいような……」


 言われてみれば、もう夜だというのに人の声が聞こえてくる。よくよく聞いてみると、怒号や悲鳴が混じっていた。嫌な予感がする。


 その時、家の扉が勢いよく開かれた。


「ああ、よかった! 家にいてくれたか!」


 現れたのは、父さんだった。

 全力で走ってきたのか肩で息をしており、額には大粒の汗が浮かんでいる。そして、必死の形相で叫んだ。

 

「今すぐ地下の倉庫に隠れて! 僕が良いというまで絶対に出てきちゃ駄目だ!」


 ただならぬその様子に驚く。

 こんな父さんは見たことがない。


「パパ? 何が……」

  

 困惑した母さんが、動き出しながらも疑問を口にした。


「奴隷狩りだ!!」


 奴隷、狩り……?

 不穏なその言葉を聞いた母さんは、顔を真っ青にしている。


「そ、そんな、だってここは……」

「早く動いて! もう、奴らがすぐに来る!」


 母さんと父さんに急かされ、狭い倉庫に身を潜めた。リビアは何が起こっているのかわからず、いつもと違う両親を見て今にも泣き出しそうになっている。母さんはそんなリビアを抱きしめながら、震えていた。


「いいかい? 絶対に出てきちゃ駄目だ。あとはパパがなんとかするからね。ミラ、子供たちを頼んだよ」

「わ、わかったわ。でも、あなたは……」

「なんとか、見逃してもらえるよう説得してくる。もしかしたら、ここについて説明すれば帰ってくれるかもしれない」


 父さんは厳しい表情でそう言った。

 そして、僕とリビアの方に顔を向ける。それは、僕たちを気遣ったとても優しいものだった。


「リュオン、リビア、ママと一緒にいてね? 大丈夫、パパがなんとかするから」 

「と、父さんは隠れないの?」


 不安から、思わずそう聞いてしまった。

 そんな僕の方を見て、父さんは僕にこう言った。


「リュオン、母さんとリビアのことは任せた。賢いリュオンなら、パパも安心できる」


 覚悟を決めたような父さんの表情。

 僕は何も言えず、ただ頷いた。


「良い子だ。それじゃ、行ってくるよ。みんな、愛してる」

 

 父さんが倉庫の扉を閉めた。

 その言葉はまるで、別れの言葉のようだった。

 

 真っ暗で何も見えない空間。だんだんと目は慣れて、母さんとリビアの顔は見えた。やけに外の音がはっきりと聞こえてくる。僕たちは息を潜め、音を立てぬよう体を寄せ合っていた。


 奴隷狩り。

 その言葉は文字通り、魔力を持たない奴隷階級の者たちを狩るということだろう。つまり、魔法士による虐殺ということか。現在村で起こっている惨劇を想像してしまい、身震いする。


 これまでここで暮らしてきた感覚では、この村では何かの実験が行われていたと考えていた。実験動物のような感じで管理されていたから、無碍に扱われることはないのだと思っていたのに。


 父さんの焦りと母さんの反応から考えると、奴隷狩りというのはこれまでも発生してきたことなのだろう。しかし、それなら何故あんなにも穏やかに暮らせていたのだろうか?


 深刻な事態だというのに、頭の中をいろんなことがぐるぐると巡っていく。やけに時間の流れが遅く感じられた。

 


「ま、待ってください! 話を、話を聞いてくださいお願いします!」


 これは、父さんの声?


「この村は魔力因子の研究のために、魔法士同士から生まれた魔力を持たない者を集めた村です! ベルドラン辺境伯家主導で、数世代続いてきた研究で――」


 父さんの言葉により、いくつかの疑問が氷解した。

 

 つまり、ここはやはり実験場だったのだ。魔力因子というのは初めて聞いたが、言葉から察するに魔力が覚醒する遺伝子的なものを調べるために作られた村ということか。

 

「そ、そんな!? まだ、まだ可能性はあるはずです! 」


 相手の声は聞こえない。

 だが、父さんの焦り方からして説得はできなかったのだろう。


「待ってください! せめて、せめて子供たちだけでも! 十歳に満たない者ならば、まだ魔力覚醒の可能性があるはずでしょう!?」

 

 父さんの悲鳴のような訴え。


「お願いします! なんでもします! ですから、どうか、ここだけは……、あ、ァ、アアアアアアアアアアアア!?!?!?!?」


 響き渡る絶叫。

 そして、静寂が訪れた。きっと、父さんはもう……。

 

 母さんはリビアの耳を塞ぎ、涙を堪えているようだった。僕は、もう呆然とすることしかできない。


 なんで、こんなことに。

 幸せは、ここにあったはずなんだ。


 善良な両親と、可愛い妹。

 これ以上のものなんて、望んでいなかったのに。

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滅びの魔法使い〜奴隷階級からの叛逆。最凶の魔法が世界を壊す〜 綾丸湖 @ayayayaya0805

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