第5話# 最終話
## 最終話
翌朝。
開店を告げる華やかな音楽と共に、デパートはいつもの活気を取り戻していた。昨夜の出来事など何もなかったかのように、明るい照明がフロアを照らし、買い物客たちの楽しげな声が響き渡る。
婦人服売り場を通りかかった一人の主婦が、ふと足を止めた。新しくディスプレイされたらしいマネキンが、目についたからだ。グレーのスーツを着こなした、とてもリアルなマネキン。
(あら、最近のマネキンは精巧なのね…でも、なんだか…)
主婦は吸い寄せられるように、そのマネキンに近づいた。
スーツが、ところどころ不自然に破れている。肌には、まるで落書きのような奇妙な模様が薄く残っている。
そして、なによりもその瞳。ガラス玉のような無機質さではない。まるで、何かを必死に訴えかけてくるような、深い悲しみを湛えた瞳だった。
主婦が顔を覗き込んだ、その瞬間。
マネキンの瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちた。
「あっ!あ…!」
主婦は声にならない悲鳴をあげ、腰を抜かしてその場に尻もちをついた。震える指でマネキンを指さす。
「め、目が…!涙が…!」
周りの客が何事かと集まってくる。すぐに騒ぎを聞きつけた警備員が駆けつけた。
「お客様、どうされましたか!落ち着いて…」
しかし、警備員もまた、そのマネキンの異様さに気づき、絶句する。生きている。微かに胸が上下し、まばたきすらできない瞳が、助けを求めて動いている。
「…マネキンじゃない!警察だ!警察を呼べーっ!」
ベテラン警備員の絶叫がフロアに響き渡る。
「人間だぞーっ!!」
店内は一瞬にしてパニックに包まれた。
その全ての喧騒を、遥か上、7階の家具売り場から見下ろす影が一つ。
昨日と同じふかふかのソファに座り、彼女は優雅にアイスコーヒーを飲んでいた。
ガラスの向こうで繰り広げられる大騒ぎを、まるで美しい展示物でも眺めるかのように、静かに。
彼女の王国に、また一つ、新しいコレクションが加わった。
二度と、彼女の安息を乱すことのない、永遠に静かなマネキンが。
お客様は神様ですか? いいえ、”飾り物”です。 志乃原七海 @09093495732p
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