桃次郎
真白透夜@山羊座文学
桃次郎
大雨からの洪水が落ち着いて、お爺さんとお婆さんは納屋に大きな桃が引っかかっていることに気づいた。微かな桃の甘い香りはするが、汚泥の臭いも酷いものでいくら桃でも食えたもんじゃないと、切り刻んで捨てることにした。鉈を一振りすると、桃は腐り落ちるように割れた。中に男の赤ん坊がいた。
普通の人間よりも早く育っていく彼に、お爺さんとお婆さんは「桃」と名付けた。最初に思い浮かんだのはもちろん、鬼ヶ島の鬼を退治して人々を救った英雄「桃太郎」だった。しかし、英雄の名を付けるのは今どきではない、と二人は考えた。
ところがある日のこと。桃はお爺さんと山遊びに出かけ、桃太郎の刀が納められている洞窟に入った。そこには桃太郎が鬼退治の際に使った「鬼斬丸」があり、これは鬼退治の運命を持つ者しか鞘から抜けないという伝説があった。それを桃は抜いてしまった。こうなってしまっては仕方ない。二人は桃の名を「桃次郎」とすることにした。
桃次郎は青年となり、桃太郎の伝説と同様に鬼ヶ島へ鬼を退治しに行くと言った。今や鬼ヶ島と呼ばれる場所はなかったが、鬼の被害は増える一方だった。二人は桃次郎との別れを惜しんだが、桃次郎に旅の支度とこの家に代々伝わる秘伝きびだんごを用意した。
桃次郎は旅の行く先々で鬼を討伐した。桃次郎には鬼の臭いがわかった。鬼のいるところに桃次郎あり。逃げる鬼を斬り倒す桃次郎。その時は逃げ切れても数日のうちに桃次郎は現れる。村や町には成敗された鬼の首が転がり、人々は新たな英雄を歓迎し、新たな鬼を寄せ付けないように鬼の首をミイラにして飾るようになった。
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ある日、桃次郎は貧しく荒れた街の一室で、ひとりの女の鬼の首を切り落とした。女には子が三人いて、そのうち二人は人間を食っている最中だった。もう一人は盗んだ金を数えていた。自分たちの母に何が起こったかまだわからないその三人を、桃次郎はさらに斬った。そこにもう一人、少年がいた。少年は返り血にまみれた桃次郎の姿を見て震えていた。
「僕も殺されるんですか……?」
「お前は鬼ではない。鬼でなければ殺さない」
「僕は、こいつらに連れ去られてきたんです。これから僕はどうしたら……?」
「さあ。自由になれたのだから、どこにでも行くがよい」
「僕はここがどこかもよくわかっていません。お願いです。僕をお供にさせてくれませんか? 何でもします」
鬼の奴隷として少年は何でもさせられた。今更これ以上のことはないだろうと少年は考えたのだ。
「私はお前の故郷を知らない。ただ鬼のいるところへ行くだけだ」
少年は、はい、と言って、桃次郎について行こうと立ち上がった。名は
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犬伊は甲斐甲斐しく桃次郎の身の回りの世話をした。まもなく、桃次郎は旅のお金を犬伊に預けるようになった。討伐は有償も多かった。家族を殺された者、財産を奪われた者、暴力で搾取されている者。村全体で少しずつお金や物品を集めて桃次郎に差し出すこともあった。復讐は依頼され、平穏が約束された。
桃次郎の体の強さは、何よりも歩行によって保たれていた。桃次郎の歩く速さは、人間の駆け足のようなもので、まだ体の小さかった犬伊は常に走らなくてはならなかった。山道、崖、川。桃次郎はひらりひらりと進んでいき、犬伊は必死で後を追った。
夜になると、桃次郎は刀の手入れをした。月光を浴びせることで浄化になるのだと桃次郎は言った。犬伊は鬼の肉の中で赤々と燃える鬼斬丸と、月光で眠るように薄らと光る鬼斬丸を比べながら、うっとりと見つめていた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
森での鬼狩りの最中のこと。犬伊はいつものように陰に隠れているだけだったが、ふと、最近同じ鳥が飛んでいることに気付いた。雉に見える。犬伊は、討伐を終えて血塗れた桃次郎を手拭いで拭きながらその話をした。
すると茂みから例の雉が出てきた。首が伸び、腹が伸び腕が伸びて、雉は裸の女の姿になった。露わになっている乳房に犬伊は目を逸らした。女の腕は翼のまま、足の先は鳥の足をしていて、尾も残っていた。
「わたくしは、鳥人のメメと申します。桃次郎様に一言お礼を言いたくてついて参りました」
「依頼をされた覚えはないが」
「たしかに、依頼はしておりません。ですが、わたくしたちの住処から鬼が消えたのは桃次郎様のおかげです。鳥人は穏やかな種族で、森の奥深くにひっそりと暮らしておりました。それがある日、鬼たちが現れて、我々の毛をむしり取り、女は売り飛ばすために捕らえられたのです。皆、散り散りに逃げましたが、元々群れて暮らす習性ゆえ、環境に耐えられなかった仲間は次々に死んでしまいました。そこに桃次郎様が現れて、私たちの住処を取り戻してくださったのです」
そう言ってメメは自分の羽を一枚取り、桃次郎に差し出した。
「どうかこの羽を受け取ってください。人間の社会では高価なものらしいのです」
桃次郎はメメの羽を受け取って眺めた。犬伊はようやくメメに視線を向けて言った。
「メメ殿、その鮮やかな体の色は、オスではないのですか? でも人間の姿になると、女に見えます」
「ええ、それはわたくしたちが、実際の鳥に似せているだけで、本当の鳥の通りというわけではないのです」
メメは笑って言った。
「住処から随分遠くまで来てしまいました。桃次郎様、わたくしも鬼退治に連れて行ってはくれませんか? 戦うことはできませんが、偵察には役に立ちますよ」
桃次郎は、そうか、と言い、きびだんごを取り出した。
「ならばこれを。私たちが一緒に旅をする仲間という証だ」
メメの腕は翼であるため、きびだんごを受け取れない。桃次郎がきびだんごをメメの口元に差し出すと、メメは瞼を閉じてきびだんごを齧りとった。
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桃次郎は相変わらず、山の傾斜も、川の動きも、照りつける太陽も関係なく、ひたすら鬼の気配に向かって歩く。犬伊の体も次第に鍛えられ、雉の姿のメメを背負いながら桃次郎についていった。
とある夜道。メメが先に飛び、間もなく村があると言った。村まで休まずに行こうとすると、道端に人が倒れているのが見えた。三人。商人のようで、切り付けられ血溜まりに伏していた。
「……鬼の仕業でしょうか」
犬伊は唾を飲み込みながら聞いた。
「いや、気配がしない。メメも鬼を見ていない」
すると、林の中から五人の男たちが出てきて桃次郎たちを囲んだ。
「金を置いていけば、命は助けてやる」
山賊だった。
犬伊は桃次郎を見つめた。桃次郎が人間を斬ったところはみたことがない。
「半分人間、半分鬼と言ったところか」
桃次郎が言った。
「五人が相手では分が悪いだろう。諦めて金を置いていけ」
山賊の言葉に桃次郎はわずかな動揺もなく、鬼斬丸を抜いた。
「鬼であれば、斬れるだろう」
鬼斬丸がうっすらと輝き始めた。
桃次郎の後ろにいた男が斬りかかった。振り向き、鬼斬丸を振り下ろす。刃は男に触れることなく、男の頭から首、胸を引き裂いた。
「ギャアア!!」
と男は退けぞって叫んだ。傷口からもこもこと肉の塊が湧いてくる。桃色の肉が傷口を覆い、脈打った。男はぐらりと前に揺れたが、握りしめた刀を振り上げ、またしても桃次郎に斬りかかろうとした。しかし、足元はふらつき定まらない。
鬼斬丸が男の胴体を真っ二つに切った。
一方、他の男が犬伊を後ろから襲い、腕を首に回した。犬伊は足をばたつかせるが、男の腕は容赦なく犬伊の首を絞める。
「刀を捨てろ! 首をへし折るぞ!」
桃次郎は犬伊たちの方を見たが、鬼斬丸を放す様子は微塵もなかった。
そこに、雉の姿をしたメメが男の頭上に現れた。嘴や足の爪で男の頭を引っ掻く。
「なんだ! くそっ!」
メメに気をとられた男の腕が緩み、犬伊は男の腕を噛んだ。
腕から逃れた犬伊と入れ違いに桃次郎が間合いを詰め、男の肩から胸を斬る。同じように溢れ出しす肉。もう一度桃次郎が斬りつけると、男の体は二つに分かれて地面に倒れた。
残りの男たちが逃げるのを桃次郎は追った。一人斬り倒し、犬伊が掴み掛かって転ばせた男もすぐに鬼斬丸が突き立てられた。一番遠くへ逃げた男もメメが追跡し、追いついた桃次郎に成敗された。
犬伊は倒れていた男たちを道の端に寄せて、身なりを直していた。
「村の人に話して、彼らを弔ってもらおう」
と、犬伊の元に戻ってきた桃次郎は言った。犬伊は、はい、と返事をして、
「人間も斬れるのですね」
と言った。
「ああ。そうみたいだ」
桃次郎は表情一つ変えず、ただそう言った。
♦︎ ♦︎ ♦︎
とある町についた時だった。広場にはたくさんの人が集まっていた。犬伊が輪の中心を覗き込むと、そこには一人の男が縄で縛られ、秋風で落ち葉が舞う地べたに座らされていた。
「俺はやってない!!」
男は叫んだが、誰も彼を信じていないようだった。
「あの人は何をしたのですか?」
犬伊は近くの中年女性に聞いた。
「町一番の篤志家の家に強盗に入ったのよ。家族全員を惨殺して……」
女は深くため息をついて言った。
「本人はやってないと言ってますが」
「家にあったはずの宝石やお嬢さんの下着を持っていたのよ。犯人に決まってるわ」
「俺は知らない! 濡れ衣を着せられてるんだ! 俺じゃない!」
叫ぶ男の額に石が当たった。それから次々に石が投げられる。
「……鬼の仕業でしょうか」
犬伊は桃次郎に言った。
「ああ、気配がする」
桃次郎は群衆の外側をゆっくりと歩き始めた。スカーフを頭から巻いた女性陣、帽子を被った男性陣、男の少し後ろに立つ警官たち、石を投げる子どもたち。
群衆の中に一人、上等なスーツを着た長髪の男がいた。桃次郎は鬼斬丸に手をかけたが、人間が彼の周りに多すぎて抜くことができなかった。
石を投げられている男は、血を垂らしながら俯いて耐えていたが、ついにこめかみに重い石が当たったようで気絶して倒れた。無理矢理に引きずられ、場から退場していく。群衆はつまらなそうに解散し始めた。あの長い髪の男は友人二人と護衛の男たちと共に去っていった。
♢
桃次郎と犬伊が宿屋にいると、彼らを追跡していたメメが戻ってきた。メメは人の姿になり、袖のない着物を身につけた。彼らの話から察するに彼は惨殺された篤志家一家の娘の従兄弟のようだ、とメメは言った。
「あんなに人間に馴染んでる鬼っているんですね」
と犬伊が言った。
「これまで鬼になったのは、あの山賊たちのように凶暴な人間たちでしたものね。鬼になってからも人間と共生しているのは珍しいと思います」
とメメが言った。
コンコンコン、とドアがノックされた。犬伊がドアを開けるとそこには白髪の男がいた。
「桃次郎様のお部屋でしょうか。私は今日、広場で見せしめにあった
犬伊は清治を部屋に通した。
「幹太殿を陥れた鬼というのは?」
犬伊が訊いた。
「被害者の一人であるアンネの従兄弟、マリウスです。彼は昔から残虐で、少年時代は子どもらをはじめ教師までも支配していました。彼の取り巻きもまた残酷で、小動物の死体が出れば、皆彼らを疑いました。マリウスはアンネに想いを寄せていたようですが、アンネは十四歳でこの地の神に身を捧げ、一生涯、男と交わるはずがありませんでした。ですが、今回、アンネは強姦されたのち外に裸で放置されて野犬の餌になったのです。こんな酷いことができるのはマリウスしかいません」
清治は目に涙を浮かべて言った。
「なんて酷い」
犬伊はうなだれて言った。
「マリウスとその取り巻きは何者なのですか?」
と、メメが訊いた。
「マリウスは資産家の息子、ハイリは町長の息子、タージンは警察署長の息子。彼らの悪事は簡単に揉み消されてきたのです……」
清治は桃次郎を正面に見て言った。
「いかほどご用意すれば、鬼を倒していただけますかな」
桃次郎が金額を口にすると、清治は懐から封筒を取り出し、そのまま犬伊に渡した。
「数えてくだされ」
こうしてマリウス討伐の約束が交わされた。
♢
深夜、幹太は石造りの地下牢にうずくまっていた。手や服には血がついたまま、あざがあちこちにできていた。
足音が聞こえ、幹太はまた警官たちに殴られるんだろうかと思い、さらに身を縮めた。
「私は桃次郎と申す。今からマリウスを成敗しに行くが、そなたも行くか?」
幹太は格子の向こうに立つ、桃次郎を見た。
「桃次郎……ほ、本物……?」
「行きたいなら連れていく。そうでなければここで待て」
幹太は唾を飲んだ。
「行きます! 行かせてください!」
幹太は急いで桃次郎のところまで這っていき、格子を掴んだ。桃次郎は奪った牢屋の鍵で扉を開け、幹太に手を差し伸べた。
♢
マリウスの屋敷には護衛が立っていたが、メメの偵察で動きはわかっていた。桃次郎は静かに一人一人気絶させていき、犬伊が手足を縛った。
番犬はメメが挑発し引きつける。犬に気を取られた護衛を桃次郎が倒す。
物置小屋に犬伊が火をつけた。
火事に気付いた屋敷の者たちが集まる。メメに誘導された犬伊がまた別の場所で火を放つ。あっという間に屋敷はパニックになった。
マリウスは使用人から火事の報告を聞き、部屋で鎮火を待つことになった。マリウスが窓から外を見ると、使用人たちがバケツリレーで水を撒いていた。
コンコンコン、とドアがノックされる。「入りなさい」とマリウスは言った。しかしまた、コンコンコン、とノックされる。マリウスはチッと舌打ちをしてドアを開けた。使用人が立っている。が、顔に見覚えがあった。
「……幹太……?」
そう言ってすぐ、マリウスの腹に痛みが走った。
使用人の服を着た幹太が、マリウスの腹を刺していた。鬼の大腿骨を削って作られた武器。マリウスは後ろによろめき、引き抜かれて空いた穴を両手で押さえた。血が広がりシルクのパジャマを赤く染めていく。
幹太は骨を両手で握り直し、突進しながら再びマリウスを刺そうとした。
「お前のような虫ケラがぁ! いい気になるなよ!」
マリウスはクッションを掴み幹太の手を横から払いのけ、さらに幹太の顎を殴った。転んだ幹太の顔をさらに蹴り上げ、吹き出した血が幹太の顔半分を染める。骨を掴んだ手首をマリウスは何度も踏みつけ、骨は転がり落ち、それをマリウスが拾った。そして、倒れ込むように幹太に跨った。
「アンナには、ガッカリしたよ、お前ごときが好きだったなんてな……。何が聖女だ。世間知らずの処女なだけだろ。だから教えてやったんだよ、世の中ってやつをさ、」
マリウスは骨を両手で掴み振り上げた。
「マリウス……お前は、本当に人間なのか……?」
「ああ、人間さ! 勝ち組というのはね、お前のような負け犬とは違うんだよ!!」
マリウスは骨を幹太に突き立てようとしたが、突然ぶるぶると震え出し、ゴフッと血を吐いた。幹太の顔にマリウスの血が降り注いだ。マリウスの体がぐらりと崩れた。マリウスの背後、暗がりの中に鬼斬丸を手にした桃次郎が立っていた。
「自分の手で仇がとれなくて残念だったな」
桃次郎が言った
「……はい……とても……」
幹太は顔を手で覆って泣いた。
♢
翌日、広場には後ろ手に縛られたハイリとタージンが地べたに座らせられていた。群衆が二人を取り囲み、警官たちが後ろに控え、鬼斬丸を手にした桃次郎が彼らの横に立っていた。
「鬼であれば首は落ちる。鬼でなければこの鬼斬丸では斬れない。ここで彼らの正体を明らかにしようぞ」
桃次郎はまず、ハイリの首に向けて鬼斬丸を振り下ろした。頭が落ち、群衆に向かって転がり落ちた。悲鳴が上がった。
「俺は、悪くない。マリウスに逆らえなかっただけだけだけけけけけけ……」
ハイリの歯がガタガタと震え、首から肉の塊が伸びてきた。
そこに幹太が現れ、ハイリを見下ろした。骨を取り出し、ハイリの額に打ち込む。ハイリは、ヒィッと声をあげたあと、動かなくなった。
「俺は! 鬼じゃない! 助けてよパパ!」
タージンが叫んだ。
「鬼と知っていて匿っていたなら同罪。ご存知かと」
桃次郎の言葉に署長は頷いた。
「私は息子を信じる。息子は人間だ。だからここで証明してくだされ、桃次郎殿……」
桃次郎は、タージンの首に鬼斬丸を振り下ろした。首はてんてんと転がる。
「なんで、なんでだよ! どうして俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだ!」
タージンはメソメソと泣き、首からは肉が生えてくる。幹太は喚くタージンの口に布を噛ませ、額を突いた。
「ああなんと鬼というのは恐ろしいのか」「こんなにも近くにいたとは」「最初から彼らが怪しいと思っていた」「まさか幹太がと思っていたよ」
群衆の騒めきの中、幹太は桃次郎をじっと見つめていた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
桃次郎たちは北に向かっていた。いつもより歩みが速く、成長した犬伊でようやく、新参者の幹太は必死に後を追っていた。
幹太は桃次郎の弟子になりたいと懇願し、桃次郎はついて来れるならついて来いと言って今に至る。幹太は、骨の武器をアンネと呼ぶことにした。アンネは復讐を喜んでくれただろうか。腰からぶら下がる骨に時折触れて問いかけていた。
町に入り、吹雪が酷くなった。だが、桃次郎のスピードは変わらない。視界が悪く、三人は桃次郎を見失った。
「どうしましょう。山の一本道ならまだしも、町の中ではどこに桃次郎様がいるのかわかりません。このまま闇雲に歩いてはよりはぐれてしまいます」
メメが言った。
「もう日も落ちています。いつもなら宿をとるところ。めぼしい宿屋に桃次郎様がいないか、当たってみませんか」
犬伊が言った。
「それにしてもなぜ桃次郎様はこんなに急いでいるんだ。今度の鬼に何か秘密があるのか?」
幹太の言葉に、二人は首をかしげた。
♢
結局、宿で桃次郎を見つけることはできず、三人だけで宿泊をした。メメは雉の姿で毛布にくるまり、犬伊と幹太はそれぞれベッドに横になった。
「……鬼って、どれくらいいるんだろうね」
幹太が言った。
「人間が鬼になるのですから、最低でも人間の数だけ鬼の可能性はありますよね」
「やだやだ、平和に暮らしたい」
幹太は寝返りをうった。
「桃次郎様って、どんな人なの?」
「あのままですよ」
「人間じゃないのかな」
「人間じゃないと思いますね」
二人の会話をよそに、メメは羽繕いをしていた。
♢
翌日、三人は宿の外に出て仰天した。至るところに死体が転がっている。近づいて見ると、みんな刀で斬られたようだった。近くで泣いている人たちもいた。
「これは一体……」
幹太が呟いた。
「死体が鬼なら桃次郎様でしょうけど……」
犬伊が言った。
「鬼になる前の人間なら? 桃次郎様にはわかるけど、俺たちにはわからないくらいの鬼加減っていうか……」
「これだけの数の人間が鬼になるなら、ここはもう鬼ヶ島と言えますよ」
犬伊は自分の言葉にハッとした。
「桃次郎様が急いでいたのは、この町が鬼ヶ島だからではないでしょうか。探しましょう、桃次郎様を」
メメは空から、犬伊と幹太は死体を辿りながら町を探すことにした。二人は雪道に流れ出した血や死体の様子が手がかりになるかと思っていたが、寒さでどの死体も似たように硬直していた。
「犬伊さん、やっぱりこの死体は鬼だよ。あの吹雪でこれだけの人間が外に出たなんておかしいし、家族らしき人たちも悲しんでいるところを見ると、みんなが寝静まってから自分の足で外に出たんだと思う。薄着の人、靴を履いてない人もいるし」
幹太の話に犬伊も納得した。
民家を抜けると田畑が広がり、山の入り口に大きな鳥居が見えた。鳥居の上にはメメ、鳥居の足元にも座った死体があった。
「鬼には神も仏もないんだよな」
幹太は儚く笑って言い、二人は鳥居をくぐった。
しばらく山道を登ると、ひっそりと小さな家が木々の陰に見えた。二人が玄関の戸を叩くと、引き戸が開いて中から老人が出てきた。
「ごめんください。町が大変なことになっているようで、こちらには被害はありませんか」
犬伊が言った。
「ああ、ここは大丈夫だよ。お前さん方はどうなんだい。町の人ではないねぇ」
「桃次郎様と旅をしています。鬼がいるようですが、何かご存知ないですか」
「ほほう。鬼退治かね。ご苦労なことだ。だが、ここは大丈夫だよ」
老人は笑って言った。
「……こんな状況で笑っていられるなんておかしいではありませんか。何かご事情を知っているのでは?」
幹太が言った。
「事情も何も。私が奴らを切ったのだから」
二人はハッとして、後退りをした。
「私が桃太郎、彼らは鬼。だから鬼を斬った。それだけの話だ」
「あ、貴方が桃太郎?! 桃太郎伝説は三百年前のものですから、本人が生きているわけがありません! どういうことですか?!」
犬伊が言った。
「鬼退治を終えてから、私は旅をしながら鬼狩をし、子どもたちに剣術を教えていたのだよ。そしてこの町に行き着いた。ここはな、鬼が自然と生まれてくるのだ。人の腹からのときもあれば、木のまたから生まれてくることもある。だからここに住むことにしたのだ」
「それは……わかりましたが、なぜ、桃太郎殿本人が生きているのですか」
幹太が言った。
「鬼ヶ島の宝の中に、不老の薬があった。ここに住み始めたときにはもう年寄りだったからねぇ。ずっとこの姿で生きているわけだよ」
それを聞いた二人は、顔を見合わせた。
「わかりました。そのように桃次郎様にはお伝えします」
「いや、その必要はなさそうだ、ほら」
桃太郎に促され、後ろを振り返ると桃次郎がいた。手にはすでに鬼斬丸が握られていた。二人は桃太郎の前から退いた。
「ああ、懐かしい鬼斬丸よ。再び鞘から抜けたということは、新たな鬼ヶ島が生まれた証。果たして、この町のことあろうか」
桃太郎はそう言いながら玄関を出た。手にはいつの間にか刀が握られていた。
桃次郎は無言で鬼斬丸を構えた。
「そうか、そうか。そうかもしれん。鬼よりも、私の方が鬼に近いのかもな」
桃太郎も刀を抜いて構えた。その刀が鬼斬丸に敵うような刀ではないことは、二人の目からも明らかだった。
桃次郎が走り寄り、老いた桃太郎に鬼斬丸を振り下ろす。桃太郎の刀がそれを受けるが鬼斬丸が怪しい光を放ち、桃太郎の刀を斬った。刃先が飛び、地面に刺さる。老人は悲しげな目で刃の断面を見つめた。
「……なぜ、私を斬らなかった」
「鬼は、刀に宿っている」
折れた刃から血がしたたり、地面を染めていく。
「……刀が無ければ、もう鬼退治はできないねぇ……」
「鬼を生み出している鬼は、どこにいる」
「……この山の頂きにあるお堂だ……」
桃次郎は鬼斬丸を鞘に納め、山を登り始めた。二人も後を追った。
♢
山道は木々で分かりづらかったが、メメが空から案内をした。小さなお堂の前に着くと、赤ん坊の泣き声がした。桃次郎は鬼斬丸を抜き、お堂の戸を開けた。
真っ白な髪と透けるような肌をした女が、赤ん坊を抱いていた。赤ん坊もまた白かった。
「桃太郎様を倒してここに来られるとは、お強いのですね」
女は白い唇を動かして言った。
「鬼に味方した桃太郎は、もはや刀を振るう力はない。観念せよ」
「言われなくとも。貴方が遅かったのですよ」
女は赤ん坊を見つめた。
「私と父である桃太郎様の子どもは皆、鬼になりました。一人目はお父様の手ですぐに葬りました。一夜の過ちだったはずなのに、二人目、三人目と次々に鬼が生まれました。お父様は私をこの結界に閉じ込め、その都度赤子を取り上げました。お父様は、誰も来ないように、そして鬼がこの山から出ないように、あそこに住んでいたのです」
女は赤ん坊をそっと床に置き、首を絞め始めた。赤ん坊の泣き声がお堂を震わせたが、すぐに静かになった。
「……どう、生きれば良かったのでしょう……」
女は、赤ん坊を見下ろしたまま言った。
「さあ、それは誰にもわからないだろうよ」
桃次郎は女の横に立った。女の首をはねる。女の首は赤ん坊の横に落ちた。
桃太郎の家では、桃太郎が落ちた刃で腹を切って死んでいた。
♢
三人は、山中の見晴らしの良いところに桃太郎と女の墓をたてた。
「桃次郎様、桃太郎様と会えてどんなお気持ちでしたか」
犬伊が聞いた。
「鬼斬丸でなければ鬼退治はできない。全てを背負うには生きるということが邪魔なのだよ」
桃次郎がそう答えて、幹太は首を傾げた。
「鬼ヶ島はここでしたか」
メメが言った。
「いや、ここの鬼に関しては全て桃太郎が退治し終えていた。もはやここは鬼ヶ島ではない」
そう言って、桃次郎は歩き出した。
相変わらずお供に優しくないね、と幹太が犬伊に耳打ちした。
「幹太さんはまだきびだんごを食べていませんから、わからないのですよ」
と犬伊は言って笑った。
了
桃次郎 真白透夜@山羊座文学 @katokaikou
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