第2話 嫁に欲しい

 コーヒーをれ、席に戻った俺は深呼吸する。


「すぅーふー……危なかったな。教師と教え子って関係じゃなかったらあのとき……」

「あのとき?」

「う……別になんともないよ」


 ニヤニヤしている辻中を尻目に、俺は熱々のコーヒーにふーふーと息をかけて冷ます。


(一旦落ち着こう……)


 だがコーヒーを口に含んだとき、ふと思い出した。



 それは辻中が二年生になったばかりのこと。

 勉強ばかりしている辻中が根を詰めすぎているように見えた俺は、息抜きになればと部活を勧めた。


「んー、運動部は今さら入ると人間関係が出来上がってて入りづらいし、時間も取られるから無理ですね」

「じゃあ料理部は? 俺が顧問してるんだけど」

「ふーん……そうですねぇ」


 理科準備室のデスクに広げたノートに視線を落としたまま、辻中が考えを巡らせていく。

 迷ってるな。よし、もう一息だ。この子に勉強ばかりの寂しい青春を送らせないためにも、どうにか入ってもらいたいな。

 俺は微笑みながら料理部のメリットを言ってく。


「ほら、活動も不定期で毎日するわけじゃないからそんなに時間も取られないし、それに料理って頭の体操にもなるんだぞ」

「ふーん」

「料理をすると前頭葉が活発化して頭の回転が速くなるから、きっと勉強にも役に立つし、なにより美味しいものを食べたらモチベーションもアップするし――」

「ふふっ」


 不意に辻中が笑った。


「なんだよ? 何かおかしいことでも言ったか、俺」

「いやぁもうね。センセってば必死に私のこと誘っちゃって。一生懸命な姿が可愛くて仕方がないっていうか」

「別に必死ってわけじゃ……」

「いいでしょう。そこまで言うなら入ってあげます」


 口ごもる俺に向けて、辻中が悪戯っぽく笑ってみせる。

 なんだか敗北感があるが、これで辻中が料理部に入部してくれた。

 そして辻中が入部後、初めて作ったものは、


「はいセンセ、どうぞ。これ、私が作ったマドレーヌです」


 洋菓子だった。

 他の部員の女の子たちと楽しそうに作っていたものだから……なんというか、眺めが良かった。やっぱりこの方が健全だよな。俺と一緒に理科準備室に閉じこもって勉強するより、みんなで楽しく過ごす方が何倍もいい。


「ありがとう、辻中」

「うん」

「でもなんで、マドレーヌなんだ? 辻中の入部記念だから辻中が何作るか決めていいって話だったよな?」


 家庭科室の椅子に座りながら俺がそう訊くと、辻中がちゃっかり俺の隣に座ってきた。


「ふふん、それはですね……センセってコーヒー好きでしょ?」

「ああ」

「実は私もコーヒーが大好きなんですよ。だからコーヒーに合うお菓子を選んだってわけです」

「へーそうなんだ………ん」


 マドレーヌをかじるとしっとりとした食感と一緒に、バターのいい香りがした。すっきりとした甘みが口いっぱいに広がり、焼き菓子特有の香ばしい匂いが鼻から抜けていく。


「すごい。ちゃんと甘いのにしつこくないぞ。お店で出るようなクオリティーだな、これは」


 俺は微笑みながらコーヒーを口に含む。

 ほどよい甘さのあとにくるコーヒーの苦み。正直癖になった。もし辻中みたいなお嫁さんをもらえたら毎日これが食べれるのかな? やっぱ……嫁にほしいわ――



「はっ!?」


 気づけば嫁にほしいと思っていた。

 俺は理科準備室の椅子に座ったまま頭を抱える。

 ヤバいぞ……これ、絶対教え子に抱く感情じゃない。しっかりしないと。いやでも……。


「ああ……やっぱり、コーヒー飲んでるとマドレーヌが食べたくなるな」

「私に告白してくれれば明日にでも作ってあげますよ」


 辻中が三年生になった今では、俺の気持ちは見透かされていた。

 正しくは恋人じゃなくて嫁にほしいと思っているが、本当の気持ちの方がもっとヤバいのでちょっと気まずくなって咳払い。

 そんな俺の仕草に脈ありだと思ったのか、辻中がさらに追撃してくる。


「ちなみに私、尽くすタイプですよ? 付き合ったらいっぱい甘やかしてあげますし、色々お得だと思うんだけどなぁー」

「お得だと……?」


 確かに辻中には実績がある。前に俺を癒してくれたあのママみを味わえるなら、ここで告白してしまった方がお得だ。

 だが教師としての理性でなんとか踏みとどまる。


「だ、ダメだ……俺たちは教師と生徒なんだぞ」

「もう私三年生ですから早く付き合わないと終わっちゃいますよ。教え子との秘密の関係は賞味期限が短いんですから」

「秘密の関係……」

「あ、今ちょっと揺らぎましたね。口ではダメだと言っておきながら正直な反応ですねー」

「ああもうっ、うるさいな。とにかく付き合わないから、黙って勉強の続きでもしてなさい」

「そっか。ふーん、じゃあいいです。私も暇じゃないので、付き合う気がない男にいつまでも構っていられませんから」


 急に素っ気なくなった辻中は、再びノートに向かってシャーペンをカッカッと動かしだした。

 やっぱり学生の気まぐれか……きっと秘密の関係っていう刺激が欲しかっただけなんだろうな。

 ちょっとだけ残念に思いながら俺もパソコンに視線を向け、淡々と事務作業を続けた。

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2026年1月3日 08:31

正妻系JKに誘惑される俺、教師なのに教え子の嫁スキルが高すぎて落ちそうなんだがどうすればいい? 矢島やじ @511889

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