『落ち拾った怪異 前編』

 えーっと、届けられたのは先週の土曜日。なので、十二日前ですね。昼ぐらいだったかな?あ、そうだ。カップラーメンに、お湯を入れているときだ。思い出した、思い出した。・・・・確かに、交番でカップラーメンを食べてはいけない、という都市伝説は案外本当なのかもしれませんね笑。

 でも、来た事案はそれほどのものじゃ、ありませんでしたよ。先ほども言いましたけど、単なる落とし物です。小学生ぐらいの女の子が、届けてくれてね。

 白い櫛なんです。骨なのかな?素材はわかりませんけど。丈夫な奴です。先が鋭くて、武器にも使えそうだなって笑。それじゃ、取って来ますね。・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

 ・・・・・・・・・・・すいません。なんかないんですよ。ケースに保管されてたはずなんですけど。申し訳ございません。・・・・あ、そうですか。大丈夫?・・・・そう言ってくれると助かります。・・・・その子の話ですね。

 えと、確かに変でした。なんか怯えているっていうか。髪が、髪が・・・・ってつぶやいてて。でもそれだけですよ?こちらに渡した後は、すぐに行ってしまいました。

 そんなに気になりますか?・・・・興味本位。いいですけど。でもこれ以上ないですよ?話すこと。

 同じ類?・・・何言ってるんですか?・・・・え、うわ。来ないで。ちょっっ。いた、痛い!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

─────────────────────

 机の中の荷物をまとめ、『帰りの会』を終えた後、学校からはやっと解散される。全員が待ちわびていたように、塊になって教室の扉に押しかけ、廊下に流れ出す。その中に混じって、柊明里ひいらぎあかりは一人で廊下を歩いていた。廊下は他クラスと混じり合い、沢山の小学生でごった返している。

 季節は二月。寒さも収まってきており、桜の木が元気を出し始めていた。来月には小学校の卒業式も待ち構えており、クラスにはカウントダウンカレンダーが、張られ始めている。

 明里は下手箱で靴を履いて外に出た。外にも沢山の小学生がおり、それぞれグループでしゃべったり、誰かを待ったりしている。明里が探している人は、校門にもたれかかるようにして、立っていた。その人に明里は近づいていく。


「えと・・・待った?」


「いや~全然」


 和己かずみはこちらを見てそう言った。和己は明里の数少ない友達だ。今日は和己と行きたい場所がある。二人は歩き始めた。先ずは、目的の場所に行く。目的の場所とは、心愛ここあの家である。

 心愛は明里も入っているグループ、『オカルト研究部』のメンバーだった。メンバーは明里,心愛,和己の三人だけ。そもそもクラスの中のオカルト好きが集まって、作った研究部なのだ。クラスに馴染めていなかった、はぐれもの達。人数など多いはずがない。研究部としての活動もほとんどなく、やっていることはオカルトに関する話と、たまーーーーに『こっくりさん』をやるだけ。

 二人は住宅街を歩いていた。田舎とも、都会とも言えない街並み。周りには下校中の小学生がそれなりにおり、前方にも男子の小学生グループがいた。彼らはときどき


「なんでこっち見て笑ってるんだろ」


 和己が言った。明里には心当たりがないでもなかった。明里は根暗な性格だし、バカにされることも多い。身内で盛り上がれるなら、何でもいいのだ。ああいう子たちは。


「さぁね」


 明里がオカルト好きになったのは、自分が馬鹿にされているのに気付いたときからだった。初めて知ったオカルトは、『口裂け女』。神出鬼没で、綺麗かどうか聞いてくる。答えを誤ると殺されてしまう、理不尽な存在だ。

 でも、彼女は襲う人を選ばない。どんなに陰気臭い人間でも、どんなに良い人間でも殺すのだ。誰に対しても、平等に破壊する化け物たちは、この世で最も規則的な生き物なのではないかといえた。

 気づいたら、目の前にいたグループはいなくなっていた。どこかで曲がっていったのだろう。明里の家も近づいてきている。すると明里の中に、一つの疑問が湧いて出た。


「心愛の家知ってる?」


「・・・知らない」


 和己は少し考えてから、そう言った。明里も心愛の家に行ったことがあるのは一回だけで、詳しい場所がわからない。それでも焦る必要はなかった。

 明里のランドセルの中には、先生から渡された心愛のプリントがある。茶封筒にまとめられており、表の部分に大まかな住所が書いてある。そのため、あとは表札を見て、行くことができるのだ。明里にプリントが託された理由は、仲が良いからだろう。


「ちょっと待ってて」


 明里の家に着いた。家の前にはトランポリンが置かれている。壁は煉瓦で洋風の家だ。駐車場には、一台の車がある。明里は鍵のかかっていない玄関を開けて、家の中に入っていった。地面には母の靴がある。なるべく急いで準備をしなければ。準備といってもランドセルを下ろして、茶封筒を取り出すだけなのだが。

 母はリビングに座り、毛布をかぶりながらスマホをいじっていた。この時間帯はパートから、帰ってきた直後で、基本的に寝ている。それでも娘が帰ってきたのを見ると、目をこすりながらおかえりと言ってくれた。それに返答をして、明里は少し出ていくことを説明する。母は遅くならないように、と釘を刺して、再びスマホに目を戻してした。明里もそんな母を尻目に、茶封筒を持って玄関に向かっていく。

 外には和己が、ぼーっと立っていた。空を見上げている。レジ袋を持ったおばあちゃんが、歩きながら和己のことをチラチラと見ている。和己の後ろにいるので、本人は気づいていないのだろう。和己は明里が出てきたのを見ると


「行こう」


 と言った。明里もその後ろを小走りで進み、隣に並ぶ形になる。厚みのある茶封筒を見ながら、なぜこんなことになったのかに、明里は頭を使い始めた。

 心愛が学校に来なくなったのは、三日前からだ。土日を挟んでからの休み明けで、先生は体調が悪いから、学校に来れないと言っていた。

 心愛は体が丈夫なほうだと思っていたので、明里も驚いた。直近インフルエンザがクラス内で流行ったときでも、一度も休まず元気な姿を見せていたほどだ。実際今日合わせて四日も、心愛が学校を休んでいたのは初だった。

 今の明里が学校内でまともに話せるのは、心愛と和己だけである。そのため最近の休み時間は、一人で本を読んでばかりだった。周りの雑音を聞きながらの読書は、居心地が悪く、内容もあまり入ってこない。


「ここらへん?」


 和己がこちらを覗き込みながら言った。心愛の家には小さな公園と、郵便ポストがあるはずだ。だが、まだどちらも見えてこない。


「もうちょい先かな」


 代り映えのしない住宅街を、ひたすらに歩き続ける。心愛の家には、後数分でつくはずだ。空はオレンジ色になり、電線にとまっている鳩が、元気に鳴いている。下校中の小学生とも、何度かすれ違った。明里と和己の間で生まれる沈黙が、明里に重くのしかかってくる。こういうとき、なにを話せばいいのかわからない。


「休みの日は何してるの?」


「え、えと・・・・」


 和己の方から話しかけてくれた。だが、うまく答えられない。向こうから話しかけてくれたとしても、頭がパニックを起こして、どうしたらいいのか分からなくなる。考えすぎてしまうのだ。自分の話題から話の広がるのか、誰も傷つかない話題なのか、など。明里は自分の頭を呪った。なぜもっと簡潔に出来ていないのだろう、と。


「寝てる・・・かな。あと、本読んだりしてる」


「ふーん・・・何読んでるの?」


 また返答に詰まってしまった。これなら和己の方から、一方的に喋ってくれたほうがいい。ラジオのような感覚で話してくれれば、無駄な沈黙も生まれない。何より申し訳ないのだ。自分に付き合わせるのが。


「・・・・オカルト」


「あ、そっか笑。そりゃそうだよね」


 和己は優しい。常にこちらに合わせてくれるし、初めて会ったときも、友達だと明言してくれた。ちらりと和己のほうを見る。口元はニコニコしており、顔は真っ直ぐ前を向いていた。和己はそれほどオカルトに興味はない。ただ、何となく入ってくれているのだ。

 突如、明里は自分の頭を触った。なにかとんでもない違和感が、降りかかって来たからだ。なんだろう。何故かはわからない。それでもやらなければいけないことが、あるような気がする。


「大丈夫?」


 頭を触っている明里に気づいたのか、和己はこちらを見て言った。和己と目が合う。普段からうまく話せていないのに、自分でもよくわかっていないことを、説明できるわけがない。


「ん、大丈夫・・・・ハハ」


 結果的にごまかすことにした。三度みたび明里と和己の間で、沈黙が生まれる。その沈黙を割って入るように、曲がり角から錆びたポストが出てきた。赤い部分も色あせて、ぱっと見何なのかわからない。その奥に小さな滑り台があるだけの、小さな公園が出てきた。人はいない。

 その二つの場所の丁度あいだに、心愛の家があった。心愛の家は和風で、昔からある家、という感じがした。郵便受けは金属製で、ところどころ錆びてきている。明里の頭の中にある記憶が、ぼんやりと蘇り始めた。表札を確認して、明里はカメラのついていないインターホンを押す。別に直接渡す必要はないのだが、久しぶりに明里が顔を見たいと思ったのだ。


「はい」


 少ししてから、インターホン越しに、女の人の声が聞こえてきた。


「あ、あの。心愛さんに学校のプリントを持ってきました」


「あ、はいはい」


 心愛のお母さんなのかもしれない、と明里は思った。先ほどの声で、心愛を呼ぶ声が聞こえる。明里と和己は立ち尽くす。誰かを待っている間は、それほどの沈黙を感じなかった。空は暗くなり始めている。それは夜になるからではなく、雲が立ち込めてきたからだった。雨が降るかもしれない。郵便受けにもたれながら、和己も空を見上げている。

 すると、鍵が開いた音がした。扉がきしみながら開き、エプロン姿の女の人が出てくる。先ほど応対してくれた女の人だろうと、明里は考えた。顔を見ていると、だんだん思い出してきた。お菓子を差し入れしてくれた人。やはりこの人は、心愛のお母さんだ。


「ごめんなさいね。心愛、部屋から出てこなくて」


 心愛のお母さんはこちらを見ながら言った。明里がプリントを差し出すと、感謝を言いながら受け取った。明里は心愛の状態が気になった。そのため、そのことについて聞いてみることにした。


「あ、あの。心愛さんって何で、学校休んでるんですか?」


 頭を働かせて、声を絞り出す。心愛のお母さんは、一瞬迷ったような顔をした。そして少し考えてから、口を開き始めた。


「なんか・・・・四日前ぐらいに学校から帰ってきたときから、ってすごい慌てて・・・それ以来部屋に閉じこもっちゃったのよ・・・あ、そうだ。せっかくなら心愛に会いに行ってくれない?」


「え?あ・・・」


 明里は和己に助けを求めた。予想していないことを言われてしまうと、どうしても硬直してしまう。和己はまだ郵便受けにもたれかかっていた。明里が和己のほうに目を向けると、心愛のお母さんは扉から身を乗り出して、和己を見る。郵便受けは扉が開く方向と、反対側にあるため、扉を開いた状態だと見えないのだ。

 和己を見た心愛のお母さんは、目を見開いて硬直した。人がいると思っていなかったのだろう。あからさまな作り笑いを浮かべて、心愛のお母さんは、こちらを向いて言った。


「友達?」


「あ、はい」


 和己も気まずそうにうなずいている。心愛のお母さんは、少し考えてから納得したようだった。空は完全に雲に覆われて、先ほどより周囲を暗くさせている。電線に止まっていた鳩たちも、どこかに行ってしまったようだ。


「行かせてもらおっか」


 和己が郵便受けから離れて、明里に語りかける。明里もそれに賛成だった。実際に会えなくても、声だけ聴ければいいと思っているからだ。そして、悪いとは思っているのだが、心愛が拾ったという物に興味があった。明里の中で流れているオカルトの血が、騒ぎ出していた。


「じゃ、じゃあお願いしてもいいですかね・・・」


 心愛のお母さんは少しの沈黙の後、どうぞと言って、二人を家に招き入れた。明里と和己は揃って、玄関に入っていった。玄関には写真が何枚かおかれており、小さい頃の心愛が笑顔で映り込んでいる。靴は何個もおかれており、置き場所が少なかった。

 心愛のお母さんはこちらが靴を脱ぐと、スリッパを履いて、手前にあった階段を上って行った。二人もそのあとに続いていく。手すりのない廻り階段を上っていくと、短い廊下と扉が三つ出てきた。手前の左手に一つ。その奥に一つ。突き当りに一つだ。

 心愛のお母さんは、突き当りのドアへと向かって行った。突き当りのドアには、ピンク色の板がかけてあり、真ん中にマッキーペンで『心愛』と書かれている。

 心愛のお母さんが扉をノックする。向こうからの返事はない。心愛のお母さんは、一方的に言った。


「心愛?お友達が来てくれたわよ?」


 扉の向こうで微かに物音がした。だが、声は聞こえてこない。心愛のお母さんは、こちらに目配せをし、扉の前のスペースを譲ってきた。ぜひ心愛に声を掛けてください、ということだろう。その要望通りに、二人は扉の前立った。だが、なんと声をかければいいのかわからない。明里は迷った末


「げ、元気?心愛。あ、明里と和己だよ」


 と声をかける。何故か声が震えてしまっていた。向こうから再び物音がし、声が聞こえてきた。


「ひさしぶり」


 聞こえてきたのは、ガラガラで小さい声だった。喉がつぶれているような声。うまく声を出すことが、出来ていないような。それでも、何度も聞いてきた心愛の声だと、すぐに分かった。そして、少しばかりの安心感を、明里に与えてくれた。

 だがすぐに思考は変わり、病院に連れて行ったほうがいいのでは、と明里は思った。何科に行けばいいのかは分からないが、まともな状態ではないだろう。

 心愛のお母さんを、ちらりと見る。心愛のお母さんは眉を八の字にして、非常に心配そうな表情をしていた。病院に連れて行こうとはしているのかも、と明里は思いなおした。玄関には心愛の写真が飾られているし、今の表情からも心愛を、本気で心配しているように見える。

 そう考えているとき、明里の足元に何かが触れた。反射的に足を上げて下を見る。何かが動いている。廊下が暗いため、目を凝らさないと何かがわからない。明里は自身の足元を凝視した。ピントが合い、ようやく見えたもの。それはだった。

 明里は驚いて、後ろに飛びのいた。和己と心愛のお母さんは、何事かとこちらを見る。今も部屋の扉の下の隙間から、わさわさと出てきている。まるで生きているかのようだ。扉から十センチくらいまで、こちらに出てきていた。


「どうしたの?」


 心愛のお母さんが聞いてきた。明里はそちらを見る。先ほどは心愛のお母さんが、この場所に立っていた。この髪の毛に、気づかないということがあるのだろうか。それに。

 和己を見た。和己は不思議そうに、こちらを見つめるだけ。明里は再び髪の毛が、出てきた場所を見た。何もない。何故だ。確実に髪の毛はあった。足に触れた感触も、まだ残っている。


「え、あ、・・・すいません。何でもないです」


 明里は再び扉の前に戻った。ただ今度は、先ほどより距離を開けて。このやり取りの際も、心愛から声を出すことはなかった。明里は何か話せる話題を出そうと、頭を回転させた。このままさようなら、というのは余りにも素っ気ないからだ。


「あ、あの・・・・心愛?体調大丈夫?」


「・・・・・・・まぁ、ぼちぼち」


 時間を空けて、何とも言えない返事が返ってきた。体調がいいのなら、早く学校に来てほしい。明里としても心愛がいない休み時間は、しんどいものがあった。『孤独は毒』だ。

 再び二人の間に、妙な沈黙が生まれてしまった。明里は和己も何か、話しかけてほしいと思っていた。二人の仲は良い。何より三人しかいない、『オカルト研究部』のメンバーなのだ。明里は和己を見た。和己は扉のほうを、じっと見つめている。何か思ったことがあるのだろうか。でも、話しかけてくれそうな雰囲気はない。そのため明里は、別の話題で話すことにした。


「ね、ねぇ。・・・変なもの拾っ


「やめて」


 今までで一番はっきりした声だった。声は相変わらずガラガラだったが、鬼気迫るものを明里は感じた。扉の向こうでは、何かを削るような音が聞こえてくる。何をしているのかわからなかったが、明里は怖かった。元の友人に戻ってほしいと、強く感じた。


「その話はやめて」


 どうしたらいいのかわからない。ただこれ以上触れないほうが、いいだろうというのが明里の考えだった。そろそろ帰らしてもらおうと、心愛のお母さんのほうを見ると、心愛のお母さんも、同じ考えなのか目が合った。最後に帰りのあいさつを、言おうとしたときに、ずっと黙っていた和己が口を開いた。


「また遊ぼうね」


 こういう言葉が、すぐに出てこない自分に嫌気がさした。このまま帰ったら、悪い雰囲気のまま終わってしまう。それに和己が言ったなら、明里も言わないと、明里が遊びたくないと思われかねない。扉の向こうからの返答はなかった。代わりに何かを削る音が一層大きくなる。

 明里が口を開いたのと同時に、叫び声が聞こえた。それに驚いて、明里の心臓が跳ねる。そして心愛の声。


「誰⁉誰⁉誰なの⁉知らない!助けて!」


 全員の体が硬直し、丸くした目を合わせる。その直後、明里は考えるよりも先に、手が動いていた。扉の取っ手をガチャガチャと動かす。鍵がかかっているので、開けられない。その間も心愛の悲鳴にも似た、声が聞こえる。

 三人は体当たりをして、無理矢理扉を開けることにした。話し合わなくとも、それを今しないといけないと、直感的に感じたのだろう。三人は勢いをつけて、扉に当たる。びくともしない。それでももう一度勢いをつけてぶつかると、蝶番の部分が音を立てた。心愛の悲鳴は、どんどんひどくなっていく。三人はもう一度体当たりをした。

 バキンッ という音ともに、蝶番が壊れた。扉が押し倒され、部屋の中が明らかになる。

 明里は部屋を見る。一見すると、何の変哲もない小学生の部屋。勉強机があり、その隣にぬいぐるみが置かれたベッドがある。

 おかしいのは部屋の真ん中に、黒い何かがあることだった。ガタガタした円錐形。その黒いものは心愛の声を出した。その瞬間、黒いものが何なのか分かった。それは髪の毛をまとっている心愛だった。もちろん心愛自身の髪の毛ではない。その姿を見て、全員が固まった。


「来るな!くるな!」


 長い髪の毛をまとったまま、体をもぞもぞと動かしながら叫んでいる。落ち着いて心愛を見てみると、全容が分かってきた。心愛は体育座りをしながら、こちらを見ていた。床にも髪の毛がパラパラと落ちている。この状況に明里の頭は、ショートしていた。扉をぶち破ったものの、これから何をどうすればいいのかわからない。

 すると、心愛のお母さんが、明里と和己の間を通り抜けて、心愛を髪の毛ごと抱きしめた。そして落ち着くよう声をかけたり、しきりに謝ったりしていた。心愛はまだこちらを見ながら叫んでいる。心愛のお母さんは


「二人共ありがとうございました。この後は私がなんとかするので・・・」


 とこちらに言いかけた。ショートした頭に声は届いたものの、処理することは出来ず、明里は固まったまま。すると、和己が明里の肩に手を乗せた。そして囁き声で、帰ろうと言ってきた。そして半ば強引に、明里を引っ張って心愛の部屋を後にした。

 階段を下りている最中も、心愛の声と、心愛のお母さんの声は聞こえてきた。その声に背を向けて、二人は靴を履いて家から出た。外は雨こそ降ってはいないものの、いつ降り出してもおかしくない状況だ。それに日が落ちかけているのか、あたりはかなり暗くなってきている。

 地面は湿り気を帯びて、公園には相変わらず人がいない。歩きながら明里は恐怖を感じていた。ショートした頭が回復し、先ほど見た不可解な状況を、理解することができなくなってきたから、というのと、もう一つ。部屋の中には、心愛とは別の黒い塊があったのだ。


「気付いた?窓の奥にいたやつ」


「え?」


 、和己は的確に話しかけてきた。再び沈黙が生まれる。だが、その沈黙は気まずさではなく、息をのむ雰囲気をまとっていた。その沈黙を和己が破る。


「あれ人だよね」


「人?」


 明里はそのことについては、気づいていなかった。ベッドの奥にある窓。その窓の外側に、黒い塊が浮いていたのだ。その塊は明里たちが入ると、下に落ちていった。そして窓の隙間から、はみ出していた髪の毛も、それに引っ張られように落ちていったのだ。一瞬の出来事だったが、はっきり思い出せる。


「うん、見たんだ。人間の顔だったよ。窓からこっち見てた」


「気付かなかった」


 オカルトが好きで、普段から怪異に会ってみたいと思っている明里にとって、この状況は思ってもみないラッキーのはずだった。髪の毛は怪談などでも、定番のキーワードだし、実にオカルトっぽい。それでも、数少ない友達が、被害にあっているからだろうか、まったくワクワクしない。そして心配だった。もしかしたら心愛が、これから学校に来ないかもしれないという心配。


「でさ、あの削ってた音って・・・・


「こんにちは~」


 和己の声と明里の複雑な頭の中に、一つの声が割り込んできた。二人は振り向く。そこには二人の警官がおり、こちらをじっと見つめていた。和己と目を合わせる。


「すいません、お時間いいですか?今は何を?」


 最初に話し始めた警官とは、別の警官がこちらに聞いてきた。職質という奴だろうか。明里は職質を受けるのは、初めてだった。それ以上に、警官と関わったことすらない。


「えと、帰宅中です。休みの子にプリントを届けていってたんです」


 質問に答えなければ、とあたふたしている明里を置いて、和己が代わりに答えてくれた。和己はすっかり見えなくなってしまった、心愛の家の方角を指さしている。二人の警官は納得したのかしていないのか、よく分からない顔をしていた。


「なるほど・・・・それではお二人の関係は?」


 関係?見てわかりそうな気がするのだが、と明里は心の中で疑問に疑問で返した。職質をする際に聞かないといけない、項目なのだろうか。でも、これなら明里でも簡単に、答えられることができる。答えがある会話は、考えなくて済むから大丈夫なのだ。


「と、友達です」


 和己のほうを見ていた二人の警官が、同時に明里を見る。それに対して、明里は目をそらした。目をそらした方向にも家があり、人がベランダに出て雨戸を閉めているのが見える。夜が近づいてきている証拠だ。

 警官たちの表情は変わらなかった。何を考えているのかわからない顔。もしかしたら意図的に、そういう顔をしているのかもしれないと、明里は考えた。

 そのあともいくつかの質問をされた。職業や、親は今日のことを知っているのかなどである。明里は暗くなり始めていることや、雨が降りそうになっていることなどで、早くこの職質を切り上げたかった。暗くなりすぎると、両親に怒られてしまう。和己もそう思っていたのか、半ば無理矢理職質を切り上げてくれた。

 警官二人も顔を見合わせて、まぁいいかと思ったのか、こちらに背を向けて行ってしまった。ほとんどの街灯がつき始めている住宅街を、早歩きで進みながら家を目指す。和己は警官が来る前の話を、再び始めた。


「何だっけ。あ、あの削ってる音。あれもしかしたら、髪の毛をむしってたんじゃないかな。頭をかきむしる感じ」


「髪の毛を?だれが?」


「心愛かな。確証はないけど、床に落ちてた髪の毛の色が、心愛の体に巻き付いてた髪の毛の色と違ったから」


 嫌だ。実際のことなんてわからない。和己の考えが合っているのか、どうかもわからないのだ。明里は考えることをやめようと思った。そこには友達が、可哀想な目にあっているかもしれない、という現実に目を向けたくない気持ちがあったからだ。数少ない友達。

 それより、和己はどうしてこんなに冷静なのだろう。あの異様な状況で、髪の毛の色などに気付けるものだろうか。

 そう思った瞬間、再び明里の頭に、が生まれた。気が付かなければいけない、曖昧な指令が脳から体へと伝達される。そして結局は違和感の正体がわからず、頭に手を当てるだけ。和己は真っ直ぐ前を見つめているので、明里の状況には気づいていないだろう。

 先ほどの会話で、明里は和己に対して返答をしなかった。何を言えばいいかわからなかったし、ここから先は水掛け論になると思ったからだ。

 そこからの帰り道で、二人の間で会話が生まれることはなく、あったのは帰りの挨拶だけ。明里は家に帰ったとき、帰りが遅い、と母に怒られた。この日の中で唯一のよかったことは、雨が降る前に帰れた、ということだけだった。

─────────────────────

 田中は道を歩いていた。街灯が暗い夜を点々と照らしている。周りの住宅のほとんどが雨戸を閉めており、家の中から楽しそうな声が、聞こえる家もある。昨今治安が悪くなってきて、雨戸を閉める人も増えてきていると、田中は感じていた。

 空気の湿度が上がり、ベトベトした空気が肌にはりつく。雨が降る前兆だ。この時間帯になり、一気に人通りが少なくなった。ただしそれは、夜遅くなってきている、というのだけが理由ではなく、雨が降りそう、というのも理由の一つだろうと考えた。


「さっきの子、どう思う」


 隣にいた先輩警官の、佐藤が話しかけてきた。さっきの子とは、十数分前に職質をした子のことだろう。佐藤は田中の二つ上の先輩であり、勤務する時間が同じなので、何かと共に行動することが多い。


「うーん・・・どうと言われましても・・・そんなに怪しい感じはしませんでしたよ?」


「いや、この時間だぞ。小学生だし」


「今どきの小学生なら、暗くなっても遊びますよ。。気になるとこr


 思わず言葉を止めてしまった。それは田中の頬に小雨が触れたからだ。田中が空を見上げると、佐藤も空を見上げる。空はすべてを飲み込むほど暗い。


「そろそろ戻りますか?」


「そうだな」


 佐藤は言った。そして田中が佐藤から視線を外した時、前方に何かが見えた。街灯の下にいる。それは人だった。髪の毛が異様に長く、地面に髪の毛がついて広がっている。髪が長いため、顔は見えない。田中は佐藤のほうを見た。異常な人物がおり、警戒しなければならない、と思ったからだ。佐藤はいまだに空を見上げている。


「佐藤さん」


「どうした」


「あそこ・・・・あれ?」


 再び顔を戻したとき、街灯の下にいた人はいなくなっていた。跡形もない。見間違えたのだろうか。田中は帽子を外し、短くかり上げた頭をかく。


「なんだよ」


「いや、すいません。何でもないです」


 田中はそう言うしかなかった。一瞬の出来事だったが、確実にいたはず。髪の毛の長い人が立っていた。


「疲れてんのか?まあ、いいよ。戻ろうぜ」


 佐藤はそう言い、歩き始めた。自分は疲れていたのだろうか?という疑問が、田中の中に残る。佐藤の後ろを歩きながら、例の街灯を見る。

 その街頭との距離が近づいていくと、田中はあることに気付いた。街頭に照らされている地面に、何か白いものが落ちているのだ。大きさはそれほどなく、筆箱に入るぐらい。白いものが光の下にあるからか、より形が分かりづらくなっている。

 田中は佐藤に声をかけず、その白いものに近づいていった。街頭の明かりを一身に受け、白いものに田中の影を落とす。しゃがみ込んで見てみると、それは櫛だった。先が鋭い。そして田中はあることを思い出した。

 もしかしたら、交番の落とし物にあるものと、同じものかもしれない。受け取ったのは、田中ではない別の先輩警官なのだが、交代のときに話を聞いたのだ。白い櫛を届けに来た女の子が、何やらおかしかったという話。

 田中はその櫛を持ち上げた。触ってみると、意外に重く、しっかり作られているのが分かる。あの話の現物は見ていないのだが、同じものなのではないか、という予感がした。


「とけない」


 突如、田中の耳元で誰かが囁いた。うめくような女の人の声。田中は飛び跳ねた。そして声をかけられたほうを見る。だが、誰もいない。それに、手に持っていたはずの櫛もなくなっていた。どこを探してもない。


「おい、なにしてんの?」


 佐藤がこっちにやって来る。田中はそれを手で制して軽く謝った。佐藤は何が何だか、という表情をしていた。気持ちに関しては、自分も同じなのだが、と心の中で呟く。

 小雨は雨に変化しようとしている。制服を雨が濡らし、より濃い色へと変えていく。雨が本格的に降り始めて、佐藤はこちらをジッと見つめていた。余計なことをせずに早く帰ろうぜ、という意思を田中は感じた。

 二人は同時に走り始めた。今更ながら、傘を持っておけばよかったなと、田中は後悔する。街灯の下での怪現象は、自分の勘違いということで片づけられ、気づいた時には、記憶からなくなっていた。

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2026年1月11日 18:05
2026年1月12日 18:05
2026年1月13日 18:05

身近にいる怪異の注意喚起文書 夜目が利くふくろう @hukurou0614

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