第11話:共鳴する敗北

 暗闇の中、鉄と意志が火花を散らす音が止んだ。

 忍の拳が半蔵の胸板を捉え、半蔵の刃が忍の肩口を浅く裂いた状態で、二人の動きが凍りつく。互いの荒い呼吸が、冷え切った地下ドックの空気を白く染めていた。


「……はぁ、はぁ……。なぜ、止めない。今、踏み込めば私の心臓を貫けたはずだ、大伴」

「……お前こそ、刃を寝かせたろ。……首を飛ばす絶好の機会だったぞ、半蔵」


 二人の間に流れるのは、殺意を超越した奇妙な静寂だった。血を流し、肉を削り、互いの限界を曝け出した末に辿り着いた、言葉のいらない対話。

 だが、その純粋な時間は、あまりにも無機質な「外部」の音によって踏みにじられた。


 ――ギュイィィィィン。


 地下ドックの天井、通気口の奥から響く、不快な高周波音。

 零の持つタブレットが、これまでとは比較にならない激しさでアラートを鳴らした。


「……冗談でしょ。政府、本気でここを更地にする気ね」

 零の声に、これまでの狂気的な余裕が消え、剥き出しの戦慄が混じる。

「忍くん、離れて! 『自律型・対忍殺戮兵器(スレイプニル)』――情を排した、純粋な『殺害数式』の塊よ!」


 天井を突き破り、三機の金属塊が降り立った。

 それは人間の形をしていない。蜘蛛のような多脚構造に、超高出力のレーザー照射器と、超音波カッターを備えた機械の化け物。

 政府は、もはや「人間」である服部に忍の処理を任せることを諦めたのだ。彼らが求めたのは、対話も因縁も介在しない、ただの「抹殺という結果」だけだった。


「……あの日、お前と見た廃神社の静寂を……こんな鉄屑に汚されるのは、癪だな」

 半蔵が、折れかけた『十六夜』を再び正眼に構える。その全身に刻まれた呪紋は、限界を超えて明滅していた。


「……ああ。零の理論も、お前の意地も、こんな無味乾燥な奴らの前じゃ台無しだ」

 忍が、右腕に残った「非干渉の帯」を強く締め直す。

 

 一機のスレイプニルが、光速に近い速度でレーザーを放つ。

 忍はそれを「避ける」のではなく、空気の密度を帯で操作し、屈折させて背後のコンクリートに逸らした。同時に、半蔵が影から飛び出し、機械の脚部を真剣で断ち切る。


 かつて対立していた「正統」と「完成」が、初めて同じリズムで戦場を駆ける。

 だが、機械の波は止まらない。一機を破壊すれば、さらに二機が天井から降ってくる。政府という巨大な構造(システム)が吐き出す、無限の暴力。


「忍くん、無理よ! このドックそのものが標的になってる! 十秒後にサーモバリック(熱気圧爆弾)が投下されるわ!」

 零がリヴィアの手を引き、叫ぶ。

「ここは負けよ。……徹底的な、私たちの敗北だわ!」


 敗北。その言葉が、忍と半蔵の胸に深く突き刺さる。

 宿命の対決すら全うさせてもらえない、組織という名の巨大な壁。

 

「……半蔵、乗れ。……お前のプライドは、ここで死ぬためのもんじゃないだろ」

 忍が、地下ドックの隅に隠されていた、零の「独自理論」で作られた歪な形状の水上バイクに飛び乗る。


「……屈辱だな、大伴。貴様に救われるのも、この場を逃げ出すのも」

 半蔵は吐き捨てるように言いながらも、真剣を鞘に納め、忍の背後に飛び乗った。


「――全速で出すわよ! 重力加速度の計算は、私の頭の中で終わってる!」

 零が叫び、バイクが爆音と共に発進する。

 

 背後で、地下ドックが巨大な火柱と共に崩落していく。

 自分たちが命を懸けてぶつかり合った戦場が、ただの「清掃作業」として処理されていく光景。

 夜の海を切り裂きながら、忍と半蔵は、燃える工場の煙を見つめていた。


 二人の間にあった境界線は、この「共鳴する敗北」によって、より複雑に、より強固に絡み合っていく。

 第2部。

 国家という巨大な敵を前に、正統と完成は、不本意ながらも同じ闇の中を逃げ続けるしかなかった。

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2026年1月12日 00:00
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無刃の正統 ―四十代目当主は、理論を脱ぎ捨てる― 五平 @FiveFlat

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