1‐1 第11話 朝食はオムレツ、そして市場でお買い物
◇王国暦315年1月下旬 ※1545年(天文13年)1月下旬 領都マルシオン 井伊亀之丞◇
井伊谷城から王国の自宅に戻って3日目。今日の予定は市場での買い物と、プライベート迷宮への立ち入りだ。今までは一人での好き勝手な生活だったわけで、いうなれば自分さえ困らなければそれで何の問題もなかった。しかし今は2人のメイドと一緒に3人での生活だ。当然、彼女たちのことを考えて、生活を整えていかなければならない。主としてのこれは大切な務めだ。
王国の自宅に家財を揃えてというのは、今のところ考えていない。活動の場所は当然井伊谷が主なわけで、王国は従になる。物資は亜空間収納に収めて、必要な時に取り出して使うのが合理的だと思う。少なくとも今のところは。いずれ、身代が大きくなり、社会的地位が高くなったときに、見栄え的にもふさわしい住居や家具も持たなくてはならないかもしれないだろう。だがまだまだ先の話だ。それよりも今は、今日の食べ物、食材をどうするかといった平凡な課題を解決する必要がある。3人で紡ぐ普通の幸せだ。
目が覚めると、凛と愛のふたりはすでに動き出していて、家の整理整頓、朝食の準備と、精力的に動いていた。決して俺の目覚めがのんびりしていたのではないと言っておこう。動き出した俺の気配を察したようで、ふたりが寝室に入ってきた。
「ナオ様、おはようございます」
「おはよう、ふたりとも。朝から精力的にがんばってくれているね」
「少しお待ちいただければ朝食の準備ができますけど、それでいいですか?」
凛のことばから、作り置き時間が長くなって冷めてしまわないように、俺の目覚めを待って、朝食を準備するつもりだったのだろうというのがうかがえた。
「ああ、それでいいよ。待ち時間でちょっと外の空気を吸ってくるとしよう。だがその前に……」
ふたりを近くに招き寄せ、順番に口づけをしていった。
「俺たち3人だけのときは、朝は最初に口づけをしよう。挨拶みたいなものだ。今日は起きた時間、特別遅いとも思わないけど、起こしてもらいたい時間があればこれからはあらかじめ伝えておくことにする。もちろん自分でちゃんと起きるようにするつもりだけどね」
「ナオ様はこれから多忙になるのですから、睡眠時間、起床時間のことは私たちにお任せくださればと思います」
愛は私たちに任せて、と力説する。もちろんわかっているとも。任せていくけども、これは大事をなしていかんとする己への言い聞かせだ。怠惰であってはならないと思うから。
外に出て、うんっと背筋を伸ばして、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。手の指を互いにかみ合うようにがっちりと組んで、空に突き上げるようにまっすぐ伸ばす。かかとをあげてつま先で立ち、ゆっくり大きな呼吸で肋骨の間隔を押し広げるように意識をして筋肉を動かしていく。血流と魔力の循環がぐっと良くなる感覚を確かめる。何事も準備が大切で決しておろそかにしてはならない、とあらためて思う。「算多きは勝ち、算少なきは勝たず」という孫氏の兵法の教えは戦にだけ有効な話ではないな。さあ、いい感じで体がほぐれてきたぞ。
市場での買い物、特に食材に関してはその場にあるなかで俺が何を食べたいかと思ったもののなかから選ぶことになるだろう。そこまで難しく考えることはないな。今日、初めて立ち入るプライベート迷宮のほうが重要だ。必要なもの、欲しいものはあげたらきりがないが、優先順位上位のものを優先するとして、その場合は……。
・私鋳銭をつくるための素材として、銅と亜鉛、スズ、ニッケル。
・銃の素材として、鉄、クロームモリブデン鋼(合金でも実在するものなら入手可能)、オニグルミ。
・実包の素材として、亜鉛、鉛、硬鉛、無煙火薬。
まずはこのあたりからだ。特に私鋳銭は大量につくるため、膨大な量の素材が欲しい。迷宮の敵ランクがあがるのか、同等のランクで数が多くなるのか、まあ色々想定はできるが、とにかくやるだけだ。
「ナオ様、お待たせしました。朝食の準備ができましたのでどうぞ」
凛が呼びに来てくれた。
「ああ、ありがとう。ではみんなで朝食の時間にしよう」
テーブルに並んだ朝食をみてあらためて思う。これは俺にはできないなと。本当ここにあったものでちゃんとしたものになるってびっくりなんだけど?
久しぶりに見たオムレツだ。俺ならせいぜい卵焼きか炒り卵しかできない。中に何か入っているが何だろうな?オムレツの表面に刻みネギが模様のように現れているけど、圧倒的な黄色のなかに適度な緑の模様が混ぜ合わさってみえて、とても美味しそうだ。ケチャップみたいな赤いソースも作ったの?ちょっと感動ものだ。貧乏舌の自覚のある俺でも、これは間違いなく食べたら美味しいと思う。
「オムレツが出てくるなんて思わなかったぞ。材料大丈夫だった?」
理解が追い付かないので聞いてみた。
「ナオ様はたぶん保管しているものを忘れているだけだと思います。それに、食材全般そうですけど、保存状態をよくするために魔法をかけてくださってありますから、基本的に使うのに問題のある状態の食材はないみたいです。それもお忘れでしょうか?くすくす」
凛の説明ではそういうことらしい。この世界に冷蔵庫はないから、自分で状態保存魔法をかけて、あとそのままにしてしまって忘れていたというのが真相なのか。まあ、いいか。
「では、いただきます」
肉も魚でもなんでも、どちらかというとよく火が通っているものが好きだ。レアよりもウェルダン。このオムレツは焼き目がぱっと見でわかるから、よく焼けている。トロトロのプレーンオムレツもいいものだけど、やはり好みはこの手のものだ。フォークを真ん中に差し込み、手前に引き切って広げてみた。中から刻んだネギと、小さいサイズに大きさを切り整えた豆がでてきた。これにツナが入っていたら最強だったのに、惜しい。ひとくちサイズに整えて、口に放り込んだ。美味い。家庭の味みたいな感じのするところがいい。そういうのが、なんだろう、じんわりと染み込む幸福感がわいてくるようだ。
「とても美味しいよ。ありがとうふたりとも」
「どういたしまして」「ありがとうございます」
凛も、愛も、にこにことして食事をしている。食事をしながら、3人でとりとめもない会話をして、穏やかに時間は流れていく。
朝食を終え、市場へ行く準備に入る。凛と愛が後片付けをしているのを準備というのであればだが。
市場は俺の家のある区域ではなく、中央に近い場所で、冒険者ギルドに行くとき通る道中だ。午前もまだ早い時間帯なので、品物も選ぶに困らないだろう。たくさんの店が連なる通りには活気がある。
「とりあえず俺が食べたいものを言ってみていいか?それができそうならそのための材料を揃えればいいし、どうだろう?」
「はい、ここにはかなり豊富な種類の肉、魚、野菜が集まっていますから、たいていのものは何とかなるかもしれません」
ふたりはいろいろ細かく観察していたようで、市場の品揃えへの期待が高くなったようだ。ふたりの料理再現力に期待して、好きなものばしばしと言ってみようかな。
「よし、では、最初はやっぱり、ハンバーギュうっ?!」
ハンバーグと言おうとして、やっぱないよなと一瞬考えたせいで、噛んでしまった。しかも疑問形だ。しまった……かっこ悪い。
「ハンバーグ、なんとかできると思います。味付けの胡椒がなければ何か工夫して代替するなどで、なるべくナオ様の希望に近しいものを作ってみせます!」
凛が力強くそういってくれたが、気を使わせてしまったか。
「ナオ様、私たちもなんでもチャレンジです。ぜひナオ様が食べたいもの、おっしゃってください」
おう、そうだね、愛。ありがとう。
「コホン。気を取り直して、では続けるぞ。素直に、子供のときに好きだったものを思い返していこう……」
「マーボー豆腐、鶏のから揚げ、鶏のささ身のフライ、とんかつ、肉野菜炒め。ピーマンの肉詰め、餃子、ミートソーススパゲティ、ナポリタンスパゲティ。白身魚のフライ、アジフライ、それから……」
そうだ、お米は井伊谷から持ってくればいいんだった。天津飯やカツ丼、天丼、チャーハンとかは後日希望してみよう。それに気づいたらちょっと元気が出てきたかもしれない。
凛と愛が顔を見合わせて、話し合っている。できる?できない?の確認だろうか。
お米を使うもの以外で思いついたところをできるだけたくさん言ってみたが、ダメとか無理とかっていう感じの反応はなかったので、これは何とかできるのかもしれないね。さすがは有能なメイドたちだ。
「ナオ様、食材の買い出しのお買い物は私たちが先導してまわってもいいですか?」
相談がまとまったようだ。よくわからないから、ここは2人に任せたほうがいいところだね。
「ここは2人に任せる。思っている食べたいものは言ったから、あとはお願いするよ」
こうして2人に任せて、市場をまわり、約1週間分の食材を買いまわった。買った食材、素材はすべて亜空間収納に収めていく。主夫力が壊滅的にないなということだけははっきりした市場での買い物だった。亜空間収納で荷物持ちとしては無双の強さを誇ることだけが救いだったよ……。
家に戻り、買った食材を亜空間収納から取り出す。収納内に入れておけば、劣化することもなく鮮度を保った状態を半永久的に維持ができるが、俺がいないときに困ってしまう。朝イチの考えでは、収納に入れておくのが合理的だなんて思ったけど、凛と愛に任せたほうがよい。そういうわけで、状態保存魔法をかけたうえで管理を2人に任せることとした。状態保存魔法は魔法をかけた時の状態をそのまま維持するもので、俺の強い魔力でかけたものはかなりの長期間その状態を維持できる。いわば時間を止めるような効果であり、反面、熟成させるとかはできない。凛と愛のふたりは俺と同質の魔力を扱うので、状態保存魔法を解除することができる。一応蛇足で言っておくと、魔力の質が異なる他者では、俺の魔力の強さと同等以上の解除魔法でないと、状態を解除することはできない。これは他の魔法でも同じだ。防御で張る魔法障壁も、簡単に打ち破られることはない。
今日のひとつ目の用事はこれで終わりだ。一休みしたら、プライベート迷宮に行く。王国での活動はこれからが本番だ。
(あとがき)
王国での準備編はここまでですね。次はいったん場面が変わります。
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