1‐1 第9話 ナオフミの錬金術、井伊の矜持
◇王国暦315年1月下旬 ※1545年(天文13年)1月下旬 領都マルシオン 井伊亀之丞◇
冒険者ギルドでの依頼、冒険者装備の買い物、今日の主だった用事を終わらせ、自宅に戻ってきた。よしそれじゃ、今日はこれでゆっくりしましょう、とはならない。時間は有限で、今回は10日間で準備をすすめなければならないからだ。とりあえず、王国で動くための表立った段取りは今日の予定を済ませたことで一区切りでいいと思う。
この10日間で、錬金術師としてのモノづくりをたくさんやる予定だ。10日後に井伊谷へ持ち帰るために作るものとして、その目的は大きく分けてふたつある。ひとつは、井伊谷の開発のために必要な資金を作ること。これははっきり言って、大胆な方策ではあるが、井伊谷に他のどこにもないモノとサービスを産み出し、無二の価値を創造するために貨幣を鋳造する。私鋳銭「永楽通宝」の鋳造だ。その素材となる金属資源は、プライベート迷宮で手に入れる。
錬金術による製造で、高品質かつ、均等な貨幣を短時間で大量に作ることができる。それだけのことが可能な、莫大な魔力量と、ジョブランクSの錬金術師としての実力によって。貨幣経済を徹底し、財とサービスを産み出し、他の地域を圧倒する高度経済成長をすすめて国力を爆上げするのだ。
人材集めと組織づくりは時間がかかるので、並行してすすめるにしても、進捗はどうしても遅れをとるだろう。どのみち、何をするにも軍資金がなければ人を雇えない、給金を支払えない、ということなのだから貨幣鋳造が最優先となるのは必然なのである。
もうひとつは、防衛のための武器を作ることだ。井伊谷で井伊が独立を維持するためには、周辺(現時点の想定は今川家)からの侵攻を撃退、あるいは抑止する軍事力を持つ必要がある。現在の版図の井伊谷だけでは、用意できる兵力としては十分とはいえず、むしろかなり劣勢であり、敵と同じ装備や軍略では到底勝負にはならない。
種子島にポルトガル船が漂着し、火縄銃が伝来してから約1年半になる。国産の火縄銃第一号はもう完成して、これから日本国じゅうに広がっていく段階に入るところだろう。火縄銃は売買するための商品としては作るつもりでいるが、井伊軍の制式装備としては採用しない。俺が採用するのは、大日本帝国陸軍の、
ああ、そうだちょっと気が逸ってしまったが、まずはイザナミ様、月読様への祈りをささげるための女神像と神像を作らないと。神様への感謝の祈りを、日々、欠かすことなく続けていこう。
「凛、愛、俺はこれから錬金室に入って一仕事してくる。夕食の支度ができたら呼びに来てくれ。食材、なんかあったか?」
何かはあった気がするが、それが一体なにかはまるでわかっていないため、二人に丸投げするしかない。大丈夫だろうか。
「ナオ様、燻製のオーク肉がありますよ。あとは使えそうなものでジャガイモ、マッシュルーム、人参あたりです。お肉料理と、ポテトサラダ、マッシュルームのスープが作れそうです」
あれま、愛からの答えは期待していなかった素晴らしいものだった!今日はこの幸運を大切に、明日は市場でちゃんと食材を買うことにすべきだな。凛、愛、大好きだ、ありがとう。
台所は二人に任せ、地下の錬金室に入った。錬金室は、勝手に地下に作ったもので、退去するときには埋め戻さないといけない。広さは8畳間4つくっつけたくらいの広さで、土魔法で壁と天井を強固に固めてある。錬金用の窯は大小いくつもある。一部は転がっている、と表現するのが正しいかもしれない。地下室では焼成錬金はできないので、その設備はないが、主力商品として錬金しているのがポーションのためそれは必要とはしていなかった。魔力により加熱、冷却、あとは風魔法を応用した遠心分離、により、素材の加工、成分の抽出、合成、分離、をおこない物を作る。あるいは、頻度はあまりなかったけれども、素材に戻す。といったことができるジョブの者をこの異世界では錬金術師とよぶ。
ジョブランクがアップした今の俺に、どれほどの錬金ができるのか、自分に対する期待はかなり大きくなった。つまりは、ワクワクしている自分がいる。では、最初に、イザナミ様の木像を作ろう。亜空間収納の中に、ひとつひとつの量は少ないけれども、なにやらありとあらゆる素材が散らかっているように存在している。さすがに、レア素材は見当たらないけれども。たぶん、イザナミ様からのささやかな贈り物なんだろうな。感謝いたします。
今回の素材は楠。一木造りでイザナミ様を作る。彫刻士や仏師ではない、錬金術師の俺らしく、錬金魔法によってイザナミ様を形造っていく。素材は高さ2メートル、幅1メートルの楠の幹と思われる部分。像の高さは身長で150センチメートルとし、艶のある長髪は腰まで伸ばし、頭にはお花の髪飾りを。ミモザ、桜、梅。井伊谷でよく見ることができる花をモチーフに。横髪は首まで垂らして、毛先よりも少し前に、鈴の飾りを。お顔は、おとわが大人になった姿をイメージして、それをベースにしてしまおう。まとう上衣は、巫女服と、その上に恐れ多くはありますが、井伊橘を紋入れした松と鶴の文様柄の千早を羽織らせる。堅苦しさをなくし、より親しみのわく神様のお姿を作り出したいと思う。
脳内イメージはできた、我ながら完璧に。魔力を高め、楠に手を添えて、イザナミ様を削り出していく。魔力で楠を加工していくのだが、表現としては削り出す、といっても実際は驚くほど滑らかに曲線の美しさ、たおやかな丸み、しとやかな女性の美の表現に心を込めて魔力操作を続ける。そうして、精微な木像が少しづつ出来上がっていく。小さいころ歴史に名を残す高名な彫刻士や仏師の作品をみて、その完成度と、像が発する威厳に驚いたことがある。決してそれにも劣らぬ出来栄えになりそうだ、と自画自賛しそうになるが油断しないようにしないとね。興奮をおさえて深呼吸。集中力もいい感じに高まって、雑念も消えてきた。頭を作り、お顔は柔らかな微笑みを浮かべ、親近感を感じられるように作る。次に首回りができあがり、上半身にさしかかる。白衣は鎖骨がうかがえるくらいに少しだけ開き、お胸の膨らみはCカップ寄りのBカップくらいに。イザナミ様といえば国産みの
「ナオ様、お食事にしますか?」
愛が呼びに来たようだ。まさにいいタイミングだけど、作業の区切りを待っていてくれたのだろう。
「ああ、ありがとう。休憩を入れるにいいところだったよ。では食事にしよう」
錬金室からリビングに戻り、3人で食卓を囲む。3人でのはじめての夕食、ということになる。そういえば燻製肉は、保存期間を長くするために、濃い目の塩分を含んでいた気がする。お皿に並んだオーク肉は、一口サイズにカットされていて、サイコロステーキみたいな感じ。ソースもかかっているけど、それあったか?そうか、作ったのか。俺が覚えていないだけで、何とかできるだけの材料はあったのか。フォークで肉を刺して、口に運ぶ。美味しい!塩分どうかと思ったけど、無駄な心配だったらしい。ソースは玉ねぎの甘さが感じられて肉に溶け合うようで最高だ。
「ふたりとも、お肉とても美味しいよ。俺は料理がからっきしだけど、お前たちにはその影響が及ばなかったとみえる。あはは、そこは俺に似なくて良かった」
「ナオ様は料理もきっとできるはずです。なぜなら私たちはナオ様の能力を分けていただいたメイドですもの。ナオ様はお忙しいのですから、家事は私たちにお任せいただければいいのですよ!」
凛がふんすと胸を張る。愛もそうだそうだ、みたいな顔をしているな。
「嬉しいな。美味しい」
6年ものあいだ、やっぱり俺は寂しかったんだな、と気づかされてしまった。お父さん、お母さん、元気にしているだろうか?今までも何度もそう考えてきた。今また、そこに思いを馳せる。もうすぐ、久しぶりの令和日本に行くこととなる。それは行方不明者の帰還ではなくて、別世界線の戦国時代の井伊亀之丞として生きていく人間として、使命を果たすためのものではあるが。
「ナオ様、今お作りになっているイザナミ様、ちょっと見ただけですけど、とてもかわいらしいです。イザナミ様のお顔、おとわ様にちょっと似てますよね?」
一発でばれてしまっている!
「愛、ちょっと見ただけでよくわかったな。おとわが大人になったらこんな感じかな?というのをイメージした」
「直平様や、直盛様も、きっとすぐに気づくと思います」
そうか?でも気づいてほしいと心の底では思っているから、逆に気づいてもらえないと、泣きたくなるかもしれないな……。
「ごちそうさま。ふたりとも、とても美味しかった。これから俺は安心して身の回りのことはふたりに任せるよ」
「はい、私たちにお任せください」
「今から少しだけ休憩するけど、ふたりが食事の後片付けを終えたら、一緒に錬金室へいこう。作業の続きをみていてくれ」
「はい、ナオ様。では後片付けが終わるまで、少しお待ちくださいね」
凛と愛がテキパキと動き回る様子を眺めながら、次のことを考える。イザナミ様の木像は、あと1時間もあればできるだろう。できたら、次に、月読様の木像も作る。月読様は男神なので、モデルは僭越ながら俺でいく。まあ、あれだよ、おとわだけモデルにして像をつくるとまるで意地悪しているみたいに思われそうだしね。お揃いなら、おとわも恥ずかしながら、という顔はしても納得はしてくれるだろう、と前向きに期待しようか。それから、作った木像は祈りのために使うもので、鎮座する場所がいる。そう、実はこのタイミングで
南北朝の争乱時に、すでに井伊は今川と戦っていた。南朝側が敗れ、井伊も戦いに負けたこととなる。それはもう是非もないことだ。後醍醐天皇の新政の評判が悪く、それが争いの原因で国が乱れた歴史あったとしても、決着後の室町幕府の支配がほころび乱世となったうえは、役立たずの幕府には存在価値などない。俺の考えている井伊谷宮は、イザナミ様、月読様、宗良親王の3柱の鎮座する神社を作り、それをひとつにして井伊谷宮と称するものだ。この室町幕府がまだ存在している時代で宗良親王を主祭神とすることは、北朝側の足利家、今川家にはどう映るのだろうね。
宗良親王を祀ることで、井伊は「南朝の忠臣」という立場を鮮明に打ち出すことになる。現代の知識をもつ俺には、それが後の時代にどれだけ誇り高く語られることか、よくわかっているつもりだ。しかし、この天文13年において、幕府はまだ存在しており、建前上は北朝方の足利将軍家が政権の中心にある。その下で今川家が守護大名として実権を握っている遠江で、南朝ゆかりの神を祀ることは、ある意味「俺は幕府に与しない」と宣言するのと同義に受け取られるかもしれない。
つまり、これは一種の宣戦布告だ。
だが、井伊はもう逃げ隠れして生き延びる時代ではない。いまこそ正面から立ち向かい、自らの矜持を示す必要がある。幕府の支配力はすでに綻び、戦国の世は個々の力が秩序を決める。ならば、俺たちは魂の旗印として宗良親王を、イザナミ様を、月読様を祀る井伊谷宮を創建する。これは、俺たち井伊の「信仰」と「意志」の象徴だ。
祀るのは宗良親王。南朝の忠臣であり、歌人としても知られる高貴な魂。井伊谷に長らく逗留したこの皇子の名は、ここを“南朝の砦”とした証左に他ならない。室町幕府の目から見れば、これは明らかな反骨であり、危険思想に映るだろう。だが、井伊は幕府に楯突くつもりなどない。ただ、我らが矜持として「忘れてはならぬ信義」を抱き続けているのだ。
今川に膝を屈したのは、弱きがゆえ。ならば、強くなればいい。幕府がどう見ようが、俺たちは井伊の信じる正義を抱いて進む。それだけのことだ。
(あとがき)
ここまで読了していただき、ありがとうございました。第1章は残り3話です。
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