1‐1 第7話 戦うための形、守るための意志

 ◇王国暦315年1月下旬 ※1545年(天文13年)1月下旬 領都マルシオン 井伊亀之丞◇


 冒険者ギルドでの依頼を済ませ、ギルドを後にする。時間はお昼時だ。こちらの世界では、一般的に食事は三食、という習慣はない。今日のところは現時点で空腹を感じるほどではないため、そのまま職人街に向かう。冒険者ギルドからそう遠くない場所に、職人街があり、武器、防具、冒険者ご用達といえるような道具屋、魔法具屋、などが集まっている。


 これから挑むプライベート迷宮は、難易度が望む報酬によって変化する。しかし、常にその全域がその難易度というわけではない。低層階から中階層にかけては、現れる魔物に違いはあっても、難易度そのものは似たり寄ったりである。


 違いがあるのは下層と、ボス部屋だ。凛と愛、それに俺も、中階層までなら苦戦することは考えられない。以前の俺だったら、中階層はそれなりに苦労しただろうと思う。そういう予想はできるのだが、いかんせん、俺には戦闘経験が大いに不足している。ギルドランクを上げるために、必要最低限な討伐や、C級への昇級試験に対応するための戦闘(対人、対魔物あわせて)しかしてこなかったからだ。これから戦国時代の戦乱のなか、戦い抜いていくためにも、タフな戦闘能力を養い、心身を鍛えていくことは重要だ。プライベート迷宮はそのために最適な場所だといえるだろう。


 特にこの店でと決めていたわけではなかったため、通りに入り、目につく店から入っていくことにした。まず最初に、店の構えが立派な、いかにも多くの武具、防具が置いてありそうな、知ってはいるが今まで入ったことがない店舗に入ってみることにした。駆け出しの冒険者向けというよりは、初心者を卒業した若手から中堅あたりまでに丁度よさそうな品ぞろえのようだ。俺たちの状況にも合っていそうだ。


 3人パーティーでのフォーメーションを考えると、魔法使いの俺は後衛で、凛が前衛のアタッカー役。凛はスピード溢れる立ち回り、敵からの攻撃回避に優れ、主武器は短剣。あと近接戦闘にも強い。一撃必殺の攻撃はないが、的確にダメージを与え、敵を削っていくことができる。今回は対魔物用として使いやすい短剣を数本見繕うのと、防具については、スピードを殺すことのないように軽装にということになる。回避できずに受ける場合は、腕で受け流すと想定して、ガントレットを探してみよう。いずれは、俺が凛のガントレットを作ってあげたいと思う。


 愛は俺の直接的な護衛のポジションと、攻守の状況に応じて、ヘイト管理で前方に進出して攻撃を受け取める盾役だ。見た目とうらはらに膂力がある(怪力と言ってしまうと泣くかもしれない)ため、大きさの異なる複数の盾と、武器は片手剣、それとメイスを装備させよう。


 後衛から遠距離での攻撃と、全体の指揮、付与魔法や回復魔法を使う俺の防御は基本的には回避となる。今は手元にないが、井伊谷に戻ったら刀を数本用意しようと思っている。いずれは自分で鍛冶をしてもいい。主装備は魔法を効率よく使うためのワンド、それから、物理での攻撃用として銃を使う。こちらはこの世界にないものなので、自分で作らないといけないが。そのための素材もプライベート迷宮で集めていけると考えている。


 店内を見て回っていると、顔見知りの冒険者と偶然にも遭遇した。14歳の男性ひとりと、同い年の女性ふたりの3人パーティ。パーティ名は栄光の絆。彼らは領内にある孤児院出身で、俺からみると冒険者としては後輩、年回り的には弟や妹みたいな感じで、もう少しで大人になる少年少女だ。


「ナオフミさんじゃないですか!珍しいところで会いましたね。討伐やダンジョンに行く準備ですか?」

 リーダーの彼はDランク冒険者の剣士で、マックス。身長165センチメートル。金髪を短く刈り揃え、ぱっちりとした二重まぶたに長いまつげ。礼儀正しく、見た目はイケメン。冒険者ギルド内でも期待をかけられている若手のひとりだ。


「やあ、マックス!お久しぶりだね。俺はこういう場所には滅多にこないし、このお店はそれこそ初めてだよ。すぐに討伐依頼を受けようってわけじゃないけど、ちょっと準備だけしておこうと思ってね。マックス達はここの常連なのかい?」

「はい、ここは低ランク、中級ランク向けの品揃えがいいし、僕たちくらいの冒険者にはお値段もちょうどいいんです。それなりにちょくちょくと、出入りしてますよ」

「ナオフミさんの後ろのメイドさんのぶんも装備を揃えに来たようにみえますけど、そんな感じですか?」


 なかなか察しがいい。さすが期待のイケメンだよ。ちょっと目利きのお手伝いを頼もうか。


「マックス、もし急ぎでなかったら、俺たち3人の装備の買い物のお手伝い、頼めないか?一応どの装備にするかは考えてきてはいるんだ」

「エミリーとシルビアも、どうだろう?ふたりは俺のメイドで、金髪の子が凛、銀髪の子が愛って名前だ」


「凛さん、愛さんね!」「私が一緒に見てあげるわ!」

 魔法使いのエミリーだ。燃えるようなウェーブのかかった赤毛が、肩にかかっている。彼女は火魔法が得意ということだ。凛と愛を見る目がキラキラしてるように見える。憧れ的な意味で、綺麗なお姉さんが大好きなのだろうか?


「私も、お手伝い大丈夫です」

 こちらはシルビア。水色の髪はロングヘアーで、おとなしめで思慮深い雰囲気の子だ。彼女は支援魔法が得意で、ジョブは僧侶か神官といったところか?

 そのあたりは詳しく知らないが。凛と愛のほうは彼女らについてもらうか。


「僕も大丈夫ですよ!ぜひご一緒させてください。上位ランクの先輩冒険者の装備選びのお手伝いをさせていただけるなんて、僕たちにとっても光栄です」

「ほんと、助かるよ!俺たち3人は実戦経験がないも同然だから、実戦経験のある冒険者の意見はありがたい」


「凛、愛、エミリーとシルビアについてもらって、装備を見て回ってくれ。俺はマックスと一緒に動くよ」

「はい、ナオ様」

 ふたりが頷く。


 俺たちの要望、予定を栄光の絆の3人に伝え、二手に分かれて、あらためて店内を見て回り始める。


「ナオフミさん、最初にローブを見てみましょうか。耐火属性候補としては、ワニ系の革のものか、トカゲ系の革のもの、になってくると思います。辺境伯領は水場が少ないので、水属性系統の魔物のものは手に入りにくく、若干の高値にはなりますけども、それでも品はあります」

 それぞれ手に取って、品定めをしてみる。持ってみて、触ってみると、ワニのほうは実に丈夫そう、厚さと硬さがある。斬撃への抵抗力も、それなりにはありそうに思える。いいと思うけど、基本重めの装備になる感じだね。


「俺の場合は、防御は受けるのでなく、躱すとか流すといった方法を重視したいね。ローブはそもそも鎧と比べたら相対的に軽装だし、そういう点から、動きを阻害しない重さの絶対量(許容ライン)を定めたうえで、見ていこう」

「ワニ系は素材の硬さや重さを生かして、魔法を受けて凌ぐことが想定にありますから、ナオフミさんの考え方でいくと、トカゲ系のローブが合いそうです」

 トカゲ系の革は表面がツルツルとした感じで、攻撃を弾く、あるいは逸らす、散らすみたいなところを想定してあるように思える。

「うーん、触った感じのツルツル感といい、厚さもぺらぺらとは言わないけど薄いよな。重さも当然のように軽い。まともに衝撃を受けたらさすがに大けがしそう。そういう戦い方をする必要があるときは、そもそもローブではなく、見合った装備にすればいいだろう。今はやはり今の目的に沿ったものを選ぶべきかな」


 比べてみると素材をどう生かすかの考え方の違いがよくわかった。よし、ローブはトカゲ系のものにしようか。今回は水トカゲの革のローブを選んだ。


 次はワンドだ。ワンドは魔法を効率よく使うためのもので、今回、俺は土魔法と相性のいいワンドが欲しいと考えている。持ち手となる杖の部分の素材と、触媒となる杖芯の素材の組み合わせで構成されている。


 木製のものと、金属製のものがあるけれど、今回は木製でいく。神社仏閣で使われる素材のケヤキがいいな。異世界には神社仏閣はないけれど?

「ケヤキですか?ケヤキのワンドは魔法のなじみがよくて、汎用的で使いやすいと思いますよ!」

 ワンドを探していたところに、エミリーが覗き込んできた。魔法使いのエミリーにしたら、ワンドが気になるところかな?

 土魔法にいいものと思ったけれども、俺は属性魔法OKで扱える魔法の種類も多いし、最初は汎用的なタイプのものにするのが無難かも。杖芯はどの魔石にしようか?


「ナオ様、私のガントレットどうですか?」

 凛が何やら、黒くて薄い装甲のガントレットを試着して近寄ってきた。俺はワンド探しを中断して、凛のほうに向きなおった。


「これは?薄くて硬いようだけど、素材は何だろうか。甲殻類の魔物の何かかな?」

「この素材は、ジャイアント・アントです。軽量ですがそれなりの硬さがありますので、低ランクの冒険者にはよく選ばれている素材なんです」

 シルビアが解説してくれた。触ってみると、手ごたえのあるペットボトルのような感じがする。思わずへえ、と声が漏れてしまう。魔物もそれぞれ置かれた環境に応じて身体が進化して適応するものだ。ジャイアント・アントといえば強い顎による噛みつきと、ギ酸を放出する腹部の後ろ(お尻)の針による攻撃で、強者でない冒険者にとっては、決して簡単に相手ができる魔物ではない。そういう魔物からの素材なら、装備として使えるものが作れるのだろう。


 手を覆うグローブのような部分としては、細かな気泡の層を重ねた作りで、衝撃を緩和して拳を守る機能があるようだ。前腕と手甲を覆うガードは、野球選手が打席に立つとき装着するような道具と似ている。デザインは武骨で、シンプルで飽きがこないといえばそうかもしれないが。メイド服の凛には黒のガントレットはよく似合う。


「重くて邪魔になる、という感じじゃなさそうだな。武骨なのも似合っていてかっこよく見える。ガントレットで攻撃を受け止めるのではなく、流す、弾く、といったところでの使い勝手はよさそうだ」

「いずれ、俺が凛にピッタリなガントレットを作ってやるさ。今回はそれにしよう」


「ナオ様、約束ですよ、楽しみにしてます!」

 凛の反応がかわいいので、頭を軽くよし、と撫でると、にへらと笑顔を向けてくれる。次は短剣を探すように指示して、愛のほうの様子はどうかなとそちらに意識を切り替えた。


「盾も大小さまざまありますけど、愛さんのメインは大盾を考えてらっしゃるのですよね?取り回しが楽な木製の盾と、重くなるけれどより防御力に優れた鉄製の盾、を比較してどうするか?になるでしょうか」

 シルビアが言う通りだね。愛の場合はこのお店にある鉄製の大盾なら、ほとんど取り扱うことは可能そうだ。


「木製の盾にも、ケヤキは適してるよね?重厚で硬い素材だし。俺、ケヤキ好きだな」

 今日はやけにケヤキと縁がありどうにも可笑しくなる。小学生低学年、中学年のころ、月に一度、協働センターで開かれる子ども会に通ったものだが、そこの備品で置いてあった本格的なケヤキの将棋盤が格好良くて、将棋を指すのを楽しみに通った思い出がある。子供レベルでは無双していて気持ちよかったが、あまりに勝負にならないので、そのうち誰も俺の相手をするのを嫌がるようになった。そんななかで、女の子がひとり、勝負、勝負と何度も挑んできた。


「今日も俺の勝ち!もうお前の王様詰んだぞ」

「何で勝てないのよ!」

「お前、定跡ってやつに頼りすぎだろ。自分でもっと考えてやってみろよ。ちょっと予想外の手を指すだけで、お前、隙だらけになるからな」

「偉そうに何よ!もう1回勝負しなさい。今度は絶対詰ましてやるわ」

「オッケー!今度も、お前の先手でいいぜ」


「ナオ様、楽しそうですね」

 思い出に耽ってしまっていたが、愛の言葉で我に返る。


「ああ、ちょっと、昔の楽しい記憶が思い出されてね。さて、ケヤキはまさに銘木というにふさわしい。神殿や教会の建材にも使われているし、盾にしても十分にその役割を果たすだけのものがある。表面に張る革もまたいくつか種類があるけれど、こっちはワニ系がよさそうだ」


「愛、肩の高さまでありそうな、そこの大盾を構えてみてくれ」

「はい、ナオ様」

 ホームベース型の縦長の盾を構えてもらった。盾の形状はともかくとして、見た目の重厚な感じは、ローマ軍の重装歩兵の盾といったところだ。


「盾の先端を軸にしての旋回、取り回しはできそうか?あとは前方に押し出してのシールドバッシュがいけそうか?どうだ?」


 ぷうっと頬を膨らませる愛。ちょっと拗ねちゃったか。そうだね、こんな重たい盾を軽々振り回すなんて、できっこないよね!

「ああ、愛、ちょっと無茶振りが過ぎてしまったようだ、許してくれ。」


「ナオ様、めっ!ですよ」

 おっと、愛からめっ!を頂戴してしまったか。無茶振りのはさておき、ケヤキの大楯は購入することにしよう。


 それから引き続き、栄光の絆の3人にお手伝いしてもらいながら、予定していた装備品を買いそろえていった。



(あとがき)

将棋のくだりは、一応、遠い先の伏線です。

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