1‐1 第6話 冒険者ギルドへ、依頼を
◇王国暦315年1月下旬 ※1545年(天文13年)1月下旬 領都マルシオン 井伊亀之丞◇
「ナオ様、この卵ペースト、とても美味しいですね!」
凛は卵ペーストがお気に召したようだ。何かしら、俺の影響はあるのだろうな。あの時食べ損なった姫子の卵焼き、いずれ仕切り直しで食べることもできるだろう。これは予感を超えた、もはや予定だ。そう思いながら、俺もスプーンの卵ペーストを口に入れた。
冒険者ギルドに依頼するのは、最初は無難なものだけから始めようと思う。今は季節としては冬なので、採取依頼の数は少ないだろうから、受注してくれる冒険者の数も期待できそうだ。
食事を終え、店を出て冒険者ギルドへと向かう。時間は午前10時になろうかというところ。この時間にもなれば、朝のあわただしい時間が終わってギルド内も落ち着いているころだ。ちょうどいい時間帯だ。ギルドに入館すると、まず広いホールに入ることとなる。だいたい、広さは公立の小中学校の体育館並みで、ざっくり500人くらいは収容できそうなくらいの空間がある。3階建てで、正四角形に近い校舎のような木造の大型建造物だ。ホールのある空間は2階部分まで開けていて、2階の通路越しに、1階部分を見下ろすことができる。2階から1階に向けて大声で話しかけることもできるが、緊急時以外にそれをするとギルドスタッフから侮蔑の目を向けられるのでやってはならない、というのが暗黙のルールになっている。
とはいえ、普段から人の出入りも多く、まして装備を身に着けた冒険者が多数出入りしているときには、相応に騒々しいのが通常時である。ホールの奥に、複数のカウンターが並ぶ。大きいカウンターが2つ。依頼受注のカウンターと、依頼達成報告のカウンター。このふたつがひとつのカウンターに並んでいる。忙しさに応じて、受付に入る職員の数も変わる。少し離れた場所に、査定と買取のカウンターがある。カウンターの脇には、建物の外に出られる扉があり、別棟の解体場に行く近道となっている。解体ができていない魔物の死体などは、手数料が必要になるがギルドにお願いしてやってもらうことができる。
よくお世話になっているのがこの査定と買取のカウンター、ということになる。ポーションは冒険者の需要が高いが、需要は冒険者に限ったことではない。魔法の存在するこの異世界は、回復魔法や治癒魔法といった、魔法による治療行為ができる世界であるが、その魔法は希少性が高い。俺もこれまでは回復魔法、治癒魔法は使えなかった(今は使えるようになっているが、それをこちらで知られるのはまずいのだ)。
魔力適性があり、高いレベルで魔法を使えるのは、貴族や教会関係者がほとんど。魔力、魔法は力そのもので、社会の成り立ちの根幹であるからだ。冒険者に名を連ねる貴族関係者(多くは爵位の継承権の順位が低いか、その資格がないため、自立の手段として冒険者を選んだ)は、やはりその素質と、家庭環境によっては幼少期に魔法や剣技、武術の訓練を受けられる。そのため、B級、A級の冒険者として出世しているものが多い。
冒険者として登録できるのは、8歳以上、という要件のほかにはない。また、冒険者自体は職業ではなく、社会の一員としての身分のようなもので、敷居が低い。そのため低ランクの冒険者は、ああ、冒険者ね?といったくらいの立ち位置でしかない。フリーアルバイターくらいの認識でいいだろう。
そういう大勢の冒険者、そして一般市民、社会全体のうちのほとんどの人々は、回復魔法、治癒魔法といった魔法は使えない。それを受けるためには、教会所属の使い手にやってもらうしかないが、費用も安くないし、そういう機会がいつもあるとは限らない。
ポーションの需要の高さはそういった事情によるところが大きい。俺がこれまで錬金調合してきた、中級ポーション、初級ポーションは、この世界の標準に合わせた、汎用ポーションになる。ポーションは、中級までは市場に出回っていて、入手は難しくない。上級以上は、冒険者ギルドにもあるのかわからない。重要備品として少数が厳重に保管されているかもしれないが、それはわからない。作成方法は不明だし、ダンジョンでの入手もかなり難しいとされている。それが上級以上。上級以上と中級以下には隔絶した差があるが、中級と、初級のあいだにも大きな差がある。
中級は、軽いけがや、軽い出血程度なら即座に治癒することができる。それなり以上の重傷には、悪化を止めて、ある程度軽減させる、といった効果となる。初級は、軽いけがや、軽い出血程度なら、ほぼ効き目がある。しかし、治癒度は半分くらい。未治癒の部分は、自然回復を待つ必要がある。かたやそれなり以上の重傷に対しては、一時的に悪化を止めることはできるが、そこから先は神のみぞ知る、となる。
病気に対してはポーションは効かない。正確には、中級以下のポーションは効かない。一般には目にすることもない上級以上のポーションなら、病気にも有効なものがあるかもしれない。詳しくは知らないが(遠い目)。
あとは、医師、薬師といった職業の者が、薬を取り扱う。医師が処方し、薬師が診断結果に応じた適切な薬を出す。こちらはポーションとは違い、一般的に病気に対して、その症状ごとに適した薬というものがある。その効能は、なんとも評価が難しいところだ。科学レベルが低いこと決定的だ。経験則の蓄積で、薬も進化しているのであるが、令和日本の医療レベルを知る俺にとっては、厳しい評価をせざるを得ないのだ。それでも病気の際に頼るのは、医師であり薬師という存在だ。
俺の錬金調合と、イザナミ様の加護のおかげで得た知識を駆使し、薬の分野を開拓できるのではと考えている。新しい薬の開発がうまくいったら、冒険者ギルドの力を借りて、医師ギルド、薬師ギルドとのあいだの交渉事を頼むようにしようと思う。
査定と買取のカウンターの隣が、依頼受付カウンターになっている。今日は、このカウンターに用件がある、ということになるわけだ。ここは職員が常在しているのではないため、不在の時には、呼び鈴を鳴らす。そうすると、奥の事務所に控えている職員が出てきて、対応してくれる。この時間帯は、不在だった。まあそうだろうな、と思いつつ、呼び鈴をリンリンと鳴らした。
奥の事務所の扉が開き、職員がひとりカウンターに出てきた。
「あら、やはりナオフミさんでしたか。こんにちは。今日はいつもの査定と買取のカウンターじゃなくて、こちらに御用ですか?」
出てきたギルド職員の彼女は、マルシオン支部唯一のエルフ族で、マリーシャさん。言ったら閉鎖的、保守的なエルフ族が住む森から都市部に出てきて生活している少数派のエルフである。人気嬢のマリーシャさんに当たるなんて、今日はついてるな!
「やはり?って、マリーシャさんは、呼び鈴鳴らしたのが俺だってわかったのですか?」
「だって、ナオフミさんの魔力、とても大きいですし、エルフの私には溢れ出る魔力でナオフミさんだって感じられたわよ。それに、こうして近くにきてみるとちょっと今までと違う感じもするわ。なんだか、神聖というか、清冽というか、ちょっと特別な気配がするわね」
溢れ出る魔力って、そんなにか?大きな魔力を扱うために、魔力操作、制御には気を使って取り組んできた。まだまだ技術が未熟だったのだろうか。無用な警戒や詮索をされてはたまらない。これは解決しないといけない問題だろうな……。
「魔力が溢れ出るって、やばそうな響きなんですけど……」
「気づくのはここでは私か、ギルド長くらいだと思うわよ?でも貴族とか教会関係者で、わかる方にはわかると思うから、対策したほうがいいかもね?ナオフミさん目立つの嫌いな人でしょう?くすくす」
マリーシャさんが面白そうにくすくすと笑った。一体どこに面白い要素があるというのか?
「そこ、笑うところですか!?」
「だって、魔力がどうこう関係なく、今のナオフミさんたち、目立ってますもの。後ろの綺麗なお二人のメイドさんは、ナオフミさんのお連れの方でしょう?」
カウンターのマリーシャさんと、俺の後ろの凛と愛。どびきりの美女が3人そこにいるのである。はっと思ったが、そりゃ目立つか。マリーシャさんが綺麗で目立っているんですよ、と言いたいが、このタイミングじゃ言えない。早く凛と愛がいると目立つことに慣れないとね。
「はい、ふたりは俺のメイドで、凛と愛です。俺と一緒にこれからは何度もギルドに訪れることが多々あると思います。よろしくお願いします」
俺の言葉にあわせて、凛と愛、そろって軽くお辞儀をした。
「では、今日はナオフミさんからの依頼があるというご用件なのですね?」
「はい、依頼主として来ました。ご対応お願いできますか?」
「わかりました、もちろん大丈夫です。では、別室でお話を伺いますね。移動しますので、私のあとについてきてください」
マリーシャさんのあとについて、階段をのぼって2階に移動し、何室かある応接室の一室に案内された。
応接室に入り、どうぞソファにお座りくださいと促され、腰を下ろす。凛と愛は、ソファの後ろにまわり、ふたり並んでその場に立って控えた。マリーシャさんはお茶を用意し、俺の前に置いてくれ、凛と愛のぶんも一緒に用意してくれた。
「マリーシャさん、二人の分まで、ありがとうございます。いただきます」
お茶に口をつけ一口飲み、凛と愛にも、お茶頂こうと促す。ふたりは素直に従って、一緒にお茶をいただいた。
対面のソファにマリーシャさんが腰かけ、紙とペンを用意し、問いかけてきた。
「それでは、どういった依頼を出したいとお考えでしょうか?」
「今回依頼したいのは、素材の採集です。ポーション、それから薬の研究開発をすすめたいと思っていて、自分の時間を研究にあてたいので、そのためにいくつかの素材の採集を冒険者にお願いしたいと思っています」
「お探しの素材は何でしょうか?」
「今回依頼したいのは、冬の時期の草木で、3種類です。『ロウバイの花』、『フクジュソウの全草(根まで含めて)』、『ツバキの種』です」
「今回は、初めてですし、様子見で、ロウバイの花を10輪、フクジュソウを10本、ツバキの種(ツバキの花で10輪)にします」
「この3種類は、それぞれ独立した依頼の形でもよいかしら?そのほうが達成しやすいし、まとめてよりも早く依頼完了になりそうに思うわ」
「そうですね、それで大丈夫です。期限は、1週間もあればやってくれそうに思うけど、どうでしょうか?」
「そうね、難しい内容じゃないし、大丈夫じゃないかしら?」
「では、それでお願いします。ランクと依頼金の算定も、お願いします」
ギルドで植生を調べて、1日、2日もあれば達成できるくらいの難易度だと思う。駆け出しの冒険者のいい仕事になってくれると嬉しい。
「依頼ランクはGランク。報酬3,000ギル(大銅貨3枚)ね。手数料10%と保証金10%を合計して、3,600ギル。3件の依頼で、合計10,800ギルになるわね」
「保証金は依頼完了時に、返却します。ナオフミさんなら大丈夫だと思うけど、一応、規則なの」
マリーシャさんが手際よく、依頼書にお話しした内容を書き込み、俺は10,800ギル(大銀貨1枚と小銅貨8枚)をトレーに置き、依頼書にサインをした。
「これで依頼の受付完了です。期限は1週間にしましたので、1週間後には様子を見に来てくださいね」
(あとがき)
亀之丞は王国での活動は効率優先、最小限に抑えたいと考えています。
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