1‐1 第4話 異世界にて力を蓄えし者 錬金術師ナオフミ

 ◇王国暦315年1月下旬 ※1545年(天文13年)1月下旬 領都りょうとマルシオン 井伊亀之丞◇


 扉を通って世界を渡り、凛と愛を伴って自宅に戻ってきた。時間の経過だけをみたら、たいして経っていないのではないかと思う。イザナミ様との邂逅の間は、現実時間は止まっていたのか、あるいはぎゅっと凝縮された刹那のような短く濃い時間だったのか、それはわからない。井伊亀之丞との融合があり、なにやら新しく加護を得て、井伊谷に滞在したわずかな時間を前後して、俺の在り様は変わっている。


 ここは、地球とは別世界である異世界グリーンリーフ王国。俺のいる場所は王都とは遠く離れた国境にあるロンドレイ辺境伯へんきょうはくが治める領地の領都、マルシオンという土地だ。小学6年生だった12歳のとき異世界召喚に巻き込まれ、それから約6年になる。本来なら、今は高校2年で、春から高校3年生になっているところだ。召喚されて降り立った場所はこの辺境伯領だったが、同じ時に、王都では勇者召喚があったらしく、3人の異世界人がこの世界に来たらしい。場所が離れているため、なにも接点はない。異世界から来た者は、世界を渡る際に、この世界の神より世界に適応するための加護やらを得るため、現地の人々よりもある意味強大であったり特別であったりといった力を持って現れる。


 魔力があるこの世界は、世界の秩序の根幹に魔力が重要に関わっていて、自然、生物、魔物が共生して成立している。魔力は魔法の源泉で、人々の生活には欠かせない。農産物の生産の安定や品質の維持向上のほか、土木工事のための魔法、街の環境維持、衛生管理、安全保障、諸々にわたるすべてだ。地球の現代社会での科学の発展が人類の繁栄を支えているのと同じようなものと言っていいと思う。


 自然科学の法則に基づいた地球と違って、この世界では、自然界の法則に魔力が同居し、干渉している。魔力を扱うことは、自然の法則への干渉に関与することである。人々がみな、魔力を扱うことができるわけではなく、魔力を扱うことができる者にも、その範囲や強さに個人差がある。また、種族によって魔力の扱いの得意不得意があるようで、そういったところもこの世界のなかでの国々の在り様に特色を作り出している。


 強くはないが広範な種類の魔法を扱える人間族。短命(寿命約60年)のため多産多死で人口は多い。環境への適応力は高い。身体能力魔法が得意で、汎用魔法は苦手な獣人。彼らも短命(寿命約40年)で多産多死。人口は人間族の半分くらい。風魔法と精霊魔法を使うエルフ族。森林の守り手。長命(寿命1,000年以上)のため繁殖力には乏しく、人口は少ない。金属の加工精製を得意とするドワーフ族。頑強な見た目に反して手先はとても器用で、鍛冶、建築、建設に強い。あと酒豪が多いらしい。彼らも500年くらい生きる長命種だ。


 俺が住んでいる場所は、領都の中心からは離れた、一般庶民が住むエリアにある。この世界の主だった街と言われる場所は、魔物や敵国からの防衛のために、円形または方形をした城壁で囲っている。領都マルシオンは人口およそ5万人で、地方都市としてはそれなりの規模がある。令和日本の井伊谷(浜松市)周辺で規模感が近いのは浜名湖西側の湖西市こさいしあたりか(人口約5万5千人)。


 令和日本の遠江全体でみると、人口は約130万人といったところのようだ。令和日本と比べて、戦国期の人口は約10分の1。井伊谷周辺の人口は約5千人、動員兵力は250人程度。駿河と遠江を支配する今川との戦力差は40倍に及ぶ――この圧倒的不利を覆して今川を倒すことが、俺の役目だ。


「ナオ様、これからどうされますか?」

 愛が尋ねてきた。


「今日はもう遅いから休んで、明日から動き出そう。だが寝る前に少し考えを整理しておきたい。お茶を用意してくれるか?」


 王国のお茶は、一般的に紅茶のことを指す。地球の紅茶と酷似していて、異世界に来た最初から特に違和感なく受け入れることができた。リビングのソファに腰を下ろし、ふうっと息を吐く。賃貸の中古住宅だが約6年間を過ごしている場所。一番落ち着ける場所である。


「ナオ様、どうぞ」

 愛が入れてくれた紅茶をソファの前のテーブルに置いてくれた。


 一口、喉を潤すように飲み、それから半分ほど飲んで、カップをテーブルに戻す。いつの間にか隣には凛が座っていて、手にしたクッキーを俺に差し出す。


「ナオ様、どうぞ~」

 

 地球のそれとは違って甘味はすごく薄いそれを口に入れる。砂糖は貴重品で、嗜好品。もう慣れてしまったが、甘いもの好きな俺には、最初はちょっとした絶望だった。ざっくりと食文化のうちのひとつをとっても、地球の文明、先進国といわれる国はすごいものだと思ったものだ。


「ステータスオープン」


 魔力の濃い異世界でなら、ステータスを確認することができる。現在どのようになっているのか確かめてみよう。


 ――――――


 名前      ナオフミ イイ 17歳 男

 ジョブ     錬金術師

 ジョブランク  S  ※最上級から SS、S+、S、A+、A、B+、B、C+、C、D、E、F

 所属      冒険者ギルド グリーンリーフ王国 マルシオン支部

 冒険者ランク  C級 ※最上級から S、A、B、C、D、E、F

 称号      女神(イザナミ)の使徒

         農業豊穣の導き手、変若水おちみずの癒し手、夜の帝王、至高の錬金術師、新進の錬金術師

 祝福、加護   イザナミの加護、月読の加護、(仮 異世界の神の祝福)

 ギフト     プライベート迷宮の管理者

 魔法      属性魔法、転移魔法、空間魔法、身体強化魔法

 魔力量     特大

 その他     不老長寿


 ――――――


 ……これは自分でも笑っちゃうくらいのチート能力だな。とはいってもこれは、この力はイザナミ様が託してくれたもの。遊びでも、逃げでもない。本気でこの世界とあの戦国の世を変える――その覚悟が問われている。

 ジョブランクはC+だったはずなのに、今はSになっている。C+のランクがあれば、そのジョブでも普通はかなりの高レベルの使い手と評価されるところなのに、Sって何?という感じで笑ってしまう。一体世界にどれほどの数がいるのだろうか?絶対数は相当に少ないはずだ。これは周囲に知られるのはかなりまずい。それに称号、さすがに鑑定されたときに女神の使徒というのは具合が悪すぎる。通常時は無難な称号にしておくようにしよう。

 

 まずやるべきことを列挙してみようか。


 ・井伊谷の領地開発をして、経済力を強くすること。

 →都田地区と三方ヶ原地区を新たに開墾して農地を広げる。作付けする産物は、土地柄に合ったものが望ましいと思うので、令和の浜松市の実態を参考にしよう。

 ・今川からの攻撃に備えた防衛力を強化すること。

 →井伊家の既存の軍備を増強するのは、小野の目につきやすく、謀反の疑惑をかけられてしまう。俺の私兵という形で、見つからないように離れた場所で少数の部隊を編成して、新しい強力な武器を作って装備する。

 ・天下統一後を見据えた、領地を統治するための組織づくりをする。

 →俺の目指すところは、戦国時代を終わらせたのち、江戸時代を飛ばして明治時代まで一気にすすめることだ。江戸時代は鎖国政策の結果、平和であったとは思う。だが世界との繋がりが薄く、欧米世界との競争には後れを取った。そうならないように、世界を相手に戦っていかなければと思っている。


 大枠ではこの3点が基本方針になる。

 細かな施策はそれぞれ、情勢、状況に応じて柔軟に対応していくとしよう。そしてやるべきことをやるために、軍資金が必要になる。それを用意するのは王国での活動がメインになるが、ギルドや貴族に目を付けられないよう、できるだけ目立たないように、軍資金を稼いでいかなければならない。色々と知恵を絞る必要はあるだろうな。


 今までは、無難な依頼を程々にこなしつつ、ポーション材料をちまちま採っては調合して、ギルドに卸してきた。生活費はそれで十分。でも――天下を取るには、桁の違う軍資金が必要だ。


 錬金術で魔道具(主に武器)を作ることにするため、魔石の確保もより重要になる。ダンジョンへ入ることも始めよう。幸い、冒険者ランクC級であるので、中難易度以下のダンジョンなら出入りに問題はない。外向けにはダンジョンにも入っていると印象付けて、本命は神様から転移の際にもらったギフトの『プライベート迷宮の管理者』をいよいよ使っていくことにする。


『プライベート迷宮の管理者』――それは俺だけのダンジョン。望む報酬を願えば、それに見合った試練が姿を現す。俺の“強さ”と“覚悟”が、そのままダンジョンの難易度になるわけだ。……面白いじゃないか。錬金術師としてのジョブランクがSになっているので、相当なレベルの報酬を願えると思う。得意のポーション関係でみれば、Sランクで作成可能なエリクサーの素材を手に入れることができそうだ。ちなみに、エリクサーそのものはSSランクなら大丈夫のようだ。しかしエリクサーを作れると知られたら、穏やかな生活はほぼ無理になるのは間違いないな。


 今までは中級ポーション(中級でも一般に出回っているポーションとしては高価な高級品という位置づけ)を生産してきていたが、これからは上級ポーション(ランクB相当)と、特級ポーション(ランクA相当)も生産可能になった。どう市場に流していくかは十分に吟味する必要があるが、できる選択肢が増えたのはよいことだ。


 ダンジョンに入るとなれば、自分で素材の採取に行く時間は減らしたほうが良い。となると、冒険者ギルトに依頼者として素材採取の依頼を出すことにするのがよいだろう。それから、ダンジョンには凛と愛も一緒にいくので、俺も含めて3人ぶんの対魔物用の装備を準備しないといけない。明日は、冒険者ギルドへ依頼を出しに行くのと、装備の新調をしにいくこととしよう。


「凛、膝枕をしてくれ」

「はいナオ様、ここにどうぞ♡」


 頭を凛の膝に乗せ、下からかわいい顔を見やる。今まではただ、俺が命令し、機械的にそれに応えるだけの存在だった……向かいのソファには愛が腰を下ろして、慈しむようにこちらを見ている。イザナミ様の加護のおかげで、造形は傑作であっても無機質な美しきゴーレムに近かったふたりが、今は心からの繋がりを感じる。それに、いろいろと温かい。ふたりは俺の作品なのだが、もはやモノなどではない、大切な従者でメイド、俺の女になった。これから誰よりも長い時間を共に過ごすパートナー。


「明日から忙しくなる。メインはダンジョン攻略。凛、愛、おまえたちの力を存分に借りるぞ。よろしく頼むな」



(あとがき)

今話から、舞台は異世界です。

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