1‐1 第2話 俺のメイド 凛と愛
◇1545年(天文13年)1月下旬 井伊谷城 井伊亀之丞◇
周囲を見渡すと、寝所と思われる一室。そこに曽祖父井伊直平、養父直盛、そして養母千賀さん、それから、おとわ(直虎)がいる。初めて見るはずなんだけど、誰なのかわかる。亀之丞としての記憶があるからだろう。ということは、俺の自我は
西暦1545年の1月、であれば、亀之丞は数え9歳のはずだ。おとわは、どう見てもまだ幼い子供の見た目をしているからその年齢で間違いないはずだ。となると、身長6尺(約180センチメートル)もあるこの体は、いったどういうことだろうか?筋肉のつき方あたり、今までの俺と変わらない気がする。王国の錬金術師、ナオフミ・イイのそのままんな感じだ。
「か、か、亀之丞!?なのだな? 信じらなれないが……顔は成人したらそうなるのか、というか我らとよく似た男前であるな……」
直平じいよ、自分で男前いうかよ。まあ、よくわからないが、俺の叔母の
それに、イザナミ様が俺を地球に呼び戻したけれど、どうやらここは元の令和ではなく、
それより気になるのは、どうやらここには、『魔力』が存在するようだ。魔法の世界だった異世界に比べるとかなり少ないようではあるが。世界線が異なれば、そういう世界もあるということだろうか……。
いろいろわからないことだらけ、であるが、神様に会って世界を渡るのも2回目ともなれば、経験者としての心の余裕もできて考察もいい感じでできるといったところか。
では始めようか。
父(直盛)のもとに歩み寄り、目の前に腰を下ろした。
「父上、それから直平じい。俺はどうやら命拾いしたようです。意識を失ってからどのくらい経っているのかわからないけれど、もうだめだと、これは死ぬと思った。だが夢なのか、嘘なのか、イザナミ様が俺を生かしてくれた。魂が抜けて体がなく軽くふわふわとどこかを彷徨っていた、気がする……。女神様はイザナミ様といわれたのだ、にわかに信じられないが神話の国造りの神様のことだろう」
直盛が感極まった感情をあらわにして、俺の手を取る。そして大粒の涙を流しながら……「神仏に祈りを捧げた我らの思いが通じたに違いない!よくぞ、よくぞ……無事に戻ってきてくれた。寝所が突然にひかり、ここに来てみたらそなたはイザナミ様に抱かれて浮かんでおったのだ。そのときは小さい亀之丞であったが。未だに、つい先ほどのことだというのに、夢かと疑ってしまいそうだ」
「まことにじゃ!驚きすぎて年寄りの寿命がずいぶん縮んだぞ。儂よりもお前が先に死ぬかもしれないと思うて、辛かったわい……」
直平じいも顔をくしゃくしゃにして激しく泣いていた。
千賀さん、おとわも、ようやく我に返ったようだ。恐る恐るといった感じながらも、ふたりはゆっくり俺のそばまでやってきた。
「亀之丞、無事でよかった……。それよりも、あまりのことに驚きがとまりません。見た景色、とても信じられません。何といったらよいでしょう……」
そう言いながら、千賀さんはそっと俺の手を取ってくれた。その手は小さく震えていたが。
「おとわ」
俺から声をかけた。
「ひゃい!」
裏返ったおかしな返事だった。いきなり大きくなった俺を見て、今どう思っているのかとても気になるじゃないか。
おとわはひとつ年上で、俺との婚約が決まるまでは、井伊家の跡を継ぐ男子として育てられていた。その当時の井伊は、内々では当主の待望の第一子が女子であり、しかも千賀の出産が難産で、次の子を望むのは難しいとみられていたのだ。それゆえに、井伊を守るための対応には苦慮したのだった。
後継者となる男子がなければ、親今川の婿養子を押し付けられ、井伊は独立性を失う可能性が高くなると予想されるからだ。だからおとわは、表向きは男子ということにされたのである。そして直盛みずから武芸、教養を指導した。おとわも勝ち気で武芸を学ぶのは楽しかったようで、期待に応えようと懸命に励んだのだ。
思い起こすと幼き頃、遊ぶときには俺はおとわの後ろについて、追いかけていたのだった。俺が大人しい性格だったのもあるだろうが、おとわがいわばガキ大将だった。おとわにとっては、俺は子分だったかもしれない。当主の子と、当主の叔父の子の関係だったのも関係あるだろう。私が先頭に立って井伊を守るんだ、という気持ちが前に出ていたと思う。
「なんだよそのおかしな返事は」
面白くて思わず吹き出しそうになったが、それを噛み潰して俺は答えた。
「こっちへきてくれ、おとわ」
手を伸ばして、おとわの手を取り、そっと引き寄せた。そして左手をおとわの背中にまわし、胡坐をかいた膝の内側にぐっと抱き寄せる。大人が子供を抱き寄せるようなもので、おとわの頭は俺の胸あたりにある。驚いたようだったが、逃げる雰囲気はない。その様子がちんまりしていてとてもかわいい。
「おとわ、俺、変かな?」
「……うん。変……だよ?本当に亀之丞?」
おとわの声も、仕草にも、困惑が見て取れる。
「うん、俺だ。9歳だけど、見た目と中身は大人になったみたいだ」
「9歳の大人はずるい!」
「気持ちはわかるけど、ずるい言わないでくれよ。死にかけたところをこうして生きてるんだから、まずはそれを喜んでくれないかな?」
「……ごめん。亀之丞、死なないで生きて帰ってきてくれて、本当によかった」
おとわが肩をふるわせしくしく泣きだした。俺に見せまいと涙を必死にこらえようとしている。
「ん……。おとわ、俺はもう大丈夫だ。神様から授かった体と、力で、俺は井伊を率いて天下を平定してみせる!」
「それで、これはまじめな話になるけど、頑張り屋さんのお前は優秀な人材になると思ってる。女子とか関係なくな」
「こうしている今も、俺はこれからの井伊の歩む道について考えを巡らせてるぞ」
「だからおとわ、俺を信じて、ふたりでともに天下への道をすすんでいってくれ」
おとわの前髪をそっとかきあげて、小さなおでこにそっと口づけをした。
おとわの顔が真っ赤になった。まるで井伊の赤鬼だけど、その表現じゃ可愛くないか。おとわは俺の婚約者、俺のものだ。がっちりと心を鷲掴みにしないといけない。いきなりでびっくりさせたかもしれないけれど、これでいい。本当にかわいいぞ、おとわ。
おとわを離して、姿勢を整えてあらためて切り出した。
「さて、では、これからのことを話したいと思う。父上、じい、この場は俺に仕切らせてもらいたい。ふたりが今、井伊の現状をどうみているかはおいておき、先ずは俺からの話を聞いてほしい」
「千賀さん、おとわも、一緒にだ」
「わかった。亀之丞、続けてくれ」
直盛がわかったと頷く。そしてみなも居住まいをただし、話を聞く姿勢をとる。
「最初に、俺のお世話役兼、護衛のふたりをここに呼びます。彼女らの仕事は、『めいど』という呼び方の俺専属のお世話係の役目。イザナミ様から遣わされた大切な者たちです。見た目が我らとだいぶ異なるけれど、まあ南蛮人に似てると思ってくれたらいいでしょう」
ふう、と大きくひとつ息を吐いてから、両手に魔力を込めた。床に魔法陣をふたつ描き、魔力を通す。これはあたかも神界から召喚したように見えるようにする演出だ。彼女らは俺の亜空間収納のなかにいる。錬金術師としての、力量の限りを尽くして造り上げた現時点の最高傑作の魔導人形。イザナミ様の加護を得たことで、俺の魔力と同質化して、その影響でもうほとんど人間とかわりない、感情も持った存在に進化している。絶対の忠誠をもち、容姿と性格どちらも俺の好みをとことん具現化した愛しい存在だ。
「召喚!」
光り輝く魔法陣に、ショートカットの金色の髪がまぶしい少女、凛。もう一人はロングの銀髪が背中までたなびく麗しい美女、愛が姿を現した。
「ナオ様!ご無沙汰してました。凛です!」
凛は明るく元気が何よりもの取り柄だ。場の雰囲気を明るくしてくれる。
「ナオ様、愛です。お呼びでしょうか?」
柔和な笑顔で、優しく声をかけてくれる愛。愛がそばにいるとなんでも任せても大丈夫という安心感が包んでくれる。身長170センチメートルのやや大柄といっていい女性。令和日本であれば、そこそこいるかもしれないが、戦国時代ではまずおるまい。身長だけでもとにかく目立つだろうと思う。
「凛、愛、よく来てくれた。これからよろしく頼む。しばし、俺の後ろで控えていてくれ」
何度も驚かせてしまって悪いなと、少しだけ思ったが、みなのこれでもかと驚いた顔を見ると、いたずら心も湧き上がってきてなんだか楽しくなるな。
凛と愛について皆に説明するのはとりあえず保留だ。当分は本当のことは言えないしね。そして、いよいよ本題を切り出していく。
(あとがき)
このあたりの亀之丞は、中身がだいぶ直史に寄ってます。戦国時代ではきっと異物感が目立つと思います。
本日大晦日の初公開日では、第1章(全12話)までを刻みながら一気に公開いたします。
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