第0話の2 プロローグ後半 イザナミ
◇◇プロローグ後半 母なる国造りの神◇◇
世界は無数の平行線を内包し、それぞれの世界は、互いが互いをIFの世界のように鏡映しにしている。それは悠久の時間と記憶をアカシックレコードに現在進行形で刻み込んでいる。世界には神がいた。いた、というのは過去にいて、現在はいない、というように聞こえるかもしれないがそうではない。世界には空があり、5つの大洋があり、6つの大陸がある。そこに住まう生き物は縄張りを持ち、なかでも、人間は国家を形作ってきた。ときに手を取り合い、あるいは、ほぼ常にどこかで何かをめぐって争ってきた。それは大きな視点で見るとするならば、営みの一部であって、目くじらを立てるようなものではないだろう。
世界の神は、いつしか現世から切り離され、生きとし生ける世の中から繋がりを失ってしまったのだ。人々の記憶に眠る神への思い、畏れは本能のなかにあり、それは宗教として発展した。果たしてそれは在り方として正しいものであるのか?そうとも言えるし、そうでないともいえる。きっと、正解はひとつでない。
日本という国を造った神様がいる。神様はひとりではなく、いわゆる
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ひとつの世界は、ひとつの理によって成り立っている。次元と空間が異なり、そして理が異なる世界を異世界という。それはお互い様だ。地球が太陽系のなかにあり、太陽系は銀河系(天の川銀河)のなかにある。もっといえば、銀河系も、数多ある銀河の集団のひとつにすぎない。とてつもなく大きく、広い。だが、それが大きな意味での同じ理の中に属しているといっていい。
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日本の1柱の女神は、自らが造り給ひし国を、ずっと見守り続けている。神々はえてして、そのあまりに悠久な存在のゆえか、下界への関心が極めて薄いようだ。そういう意味では、女神はとても変わり者なのかもしれない。下界は、神力、霊力といった根源の力が届かない世界だった。それは無数の平行世界が等しく同じように。それはいつからなのか。最初からなのか、いつかはわからない、いつかという遥か昔の日からなのか。
人々は祈る。豊かな実りがあることを、健康で幸せに生きていけることを、争いがなく平和になることを。それは神への祈り。しかし、その祈りは、女神のもとには届いていないのだ。女神は我が子たちに手を差し伸べたいと思っている。人々が自らを助け、努力を重ね、幸せに生きるための手助けを。
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『あの世界線に干渉するのは、別の世界の魔力』
女神はとある世界線への干渉が起きたことを知る。干渉された世界は、西暦で1185年(元暦2年)でのこと。今から834年前(世界線の現在は2019年(令和元年))。源平が争い、そして決着がついた年。その干渉は強引に異世界の巨大な魔力に理を貫通させ、壇ノ浦に降り注いだ。巨大な魔法陣が、海中に没し滅びゆく平氏の人たちを包み込んでいく。
『
魔法陣の消滅は、多数の平氏の人間をも消し去った。女神は理解した。これは、異世界の魔法陣による拉致であると。
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それから年月が過ぎ、干渉を受けた世界は令和の時代、2019年。女神は、あるひとりの少年を、産まれてこのかたずっと見守っていた。その少年は、稀有なことに、魔力(=神力、霊力)をその身に宿せる能力を備えていた。稀有、どころか、今までにないことだった。下界には魔力は存在しない。それなのに、それを宿せる能力を持つというのは、奇跡である。特異点というべき存在。その少年は、名を井伊直史という。年齢は12歳。
そしてまた、別の世界線において、直史と同じように、魔力を宿せる能力を持つ子が産まれていた。その世界線は、西暦では1539年(天文7年)。名前は井伊亀之丞で、3歳。
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『直史と亀之丞。
そして女神の予言は現実となる。834年ぶりに、ふたたび、令和日本の世界に干渉が始まったのだ。
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834年ぶりの魔法陣が現れた。この久しぶりとなる干渉に対して、女神は準備をしてあった。魔法陣を、直史のいる場所へと誘導する。現れた4つの魔法陣のうち、ひとつを直史のもとへ。そして魔法陣に包まれ、魔力を宿した瞬間、女神は直史へ魔力パスを繋ぎ、みずからの加護と、特別なギフトを授ける。召喚された先で、いちばん適性があると思われる錬金術師として生き残ることができるように。残りの3つの魔法陣には、残念ながら対応することはできなかった。召喚されてしまった3人の若い子たちは、普通の子であって、魔力を纏えていない。行った先の異世界は、おそらく魔力のある世界。そこへ降り立つ前におそらく、魔力を宿せるよう異世界の神による処置をしてもらえるのだろう。
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『ツクヨミ』
女神は、
『直史のために、
ツクヨミは面白いものをみたとばかりに満足げな様子で。
『イザナミ様(母神)がことのほか思いを寄せるかの者です。わたくしも実際にみて、大変に惹かれました。まさしく奇跡の子でございますね』
『時がきたらば、私も直史へ加護を与えたいと思いまする』
――――――――――
イザナミは己の使徒精霊を呼ぶ。
『ハルキ、私が所持する迷宮のうち、ひとつの管理者の権限を直史に与えました』
『あなたには立ち入りの権限を与えます。直史が迷宮に立ち入った時、彼を導き、支えとなるように』
『約束の日はいつになるかわかりません。ですが、その時がきたとき、あなたには重要な役目を与えます』
重要な役割を与えられた精霊は、大きな責任に武者震いをしつつ、強い決意を胸のうちに燃やす。
『かしこまりました、イザナミ様。ボクはその役目、しっかり果たしてみせます』
物語は始まります。約束の日は、まもなく訪れる――。
――――――――――
◇王国暦315年1月下旬 ※1545年(天文13年)1月下旬 領都マルシオン ナオフミ・イイ◇
領都の空はすっかり暗くなっていた。
地下の錬金室から上がってきたナオフミは、月の光が窓からうっすらと入り込む光景に、にわかに郷愁を感じた。窓の場所まで歩みをすすめ、満月をみあげた。
「この異世界の月も、井伊谷の月と変わりがないな」
そう
ふたりは何も答えない。だからこれは独り言ちだ。
ぐにゃっ!
『何だ!急に目の前が……』
視界が歪み、徐々に暗転していく。崩れかけた態勢を支えるように片膝をつき、急上昇していった心拍を落ち着かせようと、大きく息を吸い込む。
俺を取り囲むように、床が赤く光りだす。それは小さな赤い結晶が、ひとつひとつ床に向かって流れていき、絵を描くように。見えない筆が、シュッと習字紙を滑っていくように。瞬きのような刹那の時間が、体感時間ではゆっくりと流れていく。
『井伊橘!?』
赤い文様は魔法陣を描くのだろうと思った。しかし、違った。見間違うものか、これは井伊橘!
『そうか、その時がきたのか!』
ずっと考えていた。6年前のあの日、俺の心に呼びかけてきたイザナミ様。神話の神様……本物であったのか。
「……くっ、凛!……愛……収納っ!」
今にも意識は飛びそうだ。俺の異変を見て寄り添ってきた2人を亜空間収納に収めた。これでいい……。
『これでようやく、帰れるのか……』
魔法陣のような井伊橘の赤い文様のうえに崩れ落ち、意識を手放した――。
■補足■
・
日本神話において、
神話では、
そのとき左目から天照大神(太陽神)、右目から月読命(月の神)、鼻から須佐之男命(海・嵐の神)が生まれる。
天照大神は高天原、月読命は夜の国、須佐之男命は海原を治めることになる。
つまり、太陽・月・海(嵐)という自然界の重要な領域を司る三柱の主神です。
・
日本神話に登場する若返りの水。飲むと老いた者も若返るとされる霊水。
『古事記』では、須佐之男命が大国主命に授けようとしたり、死者蘇生や不老不死と結びつけられる場面がある。
「変若(おち)」は「若返る」という古語に由来。
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