戦国錬金術師 井伊直親の天下取り

綾咲都

第0話の1 プロローグ前半 井伊直史、異世界召喚

 『戦国錬金術師せんごくれんきんじゅつし 井伊直親いいなおちかの天下取り』

 ◇◇プロローグ前半 井伊直史の異世界召喚◇◇


 西暦2019年(令和元年) 5月上旬 令和日本 静岡県浜松市中央区 浜名湖ガーデンパーク


 元号が平成から令和となって数日。あらたな時代のはじまりに日本国内は明るい雰囲気に包まれている。

 この物語の主人公の片割れ、井伊直史いいなおふみは遡る祖先に井伊直政いいなおまさという歴史上の人物を持つ12歳の少年だ。といっても、井伊家の本家は彦根にあり、直史は直系ではない。遡れば井伊直政までたどり着く血筋であることは確かであるが、傍流の末裔だ。直史と両親の3人家族が現在住んでいる場所は、かつての本貫地だった井伊谷いいのや(静岡県浜松市浜名区)になる。


 直政は徳川四天王のひとりで、初代彦根藩主。井伊家でほかに有名なところでは、江戸時代後期の大老、井伊直弼いいなおすけあたりがいる。


 5月のゴールデンウィークといえば、地元では浜松まつりだ。といっても、直史はほとんど参加したことがない。避けているということではないが、興味が薄い。そんなわけで今年も、参加しないごく普通のゴールデンウィークを過ごしているところだった。


 ゴールデンウィーク中のとある晴れた日、知り合いのご家族に誘われて、浜名湖ガーデンパークへと行った直史。

 そこで直史の身に異世界召喚が起きる。それは誰から見ても、不幸な事故、そして事件。しかし、本当はそうではないのかもしれない。そのことは、人は知る由もないことなのだが。


 ――――――――――


(井伊直史、小学6年生)

 その閃光は何の前触れもなく現れた。

 俺は、お弁当を食べようとしていたところだった。想いを寄せる女の子が俺のために作ってくれたお弁当を前にして、ちょっと感傷的になっていた。だからと言って、気もそぞろでなかったとしても、それを躱して逃げることができたとは到底思えないけれども。


 『うわっ、なんだ!眩しいっ!』

 声が出ない。視界がぐにゃりと歪み、徐々に目の前が暗転していく。俺、どうなるの!?いきなり病気になった?体も、頭も、どこも痛くはない。ただ、脳が受け止めている進行形の現象は、理解不能な異常事態だ。


 体が動かない!

 声が出ない!


 ……感覚が、ない。立っているのか、寝転がっているのか、まさか、俺は浮かんでいる?


 意識もぼんやりとしてきた。そんなに気持ち悪くはないけど、脱力すれば幾分が楽になった気がする。時間はどのくらい経った?全然わからない。


 急に恐怖心がわきあがってきた。相変わらず体は動かず、しかし叫び声をあげようと防衛本能によって衝動する心は認識ができる。それでもなお、自分がままならない。


 『……ナオフミ。……ナオフミ』

 声が聞こえる。鼓膜を震わせて脳に伝わる声ではない。心に直接響かせるものだ。しんと染み入ってくる、温かく、透き通る声。


 『私はイザナミ。かならず、あなたを呼び戻します。今、あなたに加護を与えました。あなたを召喚した異世界は、こことは違う世界。あなたが無事に過ごすことができますように……』

 『魔力のある世界でなら、私の加護は錬金術師としてあなたが生きる術をもたらしてくれるでしょう』


 イザナミ?あなたは誰ですか?俺を助けてくれるのですか!?


 ――――――――――


 西暦1539年(天文7年) 5月上旬 遠江国井伊谷とおとうみのくにいいのや 井伊亀之丞いいかめのじょう、井伊おとわ


 「かめのじょう、かめのじょう、ここにおいで」

 「おねえさま、まってください。おいていかないで~、はやいです~」


 4歳の井伊おとわ、3歳の井伊亀之丞。幼きふたりの日常。

 おとわは後の井伊直虎いいなおとらで、亀之丞は後の井伊直親。


 今はまだ、無事に大きく育つことだけを、願われている。


 闊達なおとわ、必死にくっついていく亀之丞。

 どちらが親分なのかは、いわずもがなである。


 「かめのじょう、きょうは、おひよちゃんがくるんだって。3人で、いっしょにあそびましょうね!」

 「うん、いいよ。たのしみだね!」


 ふっと、亀之丞の胸に、ドクンと響くものがあった。


 「なんだろう?」


 今のはなんだろう?井伊谷城いいのやじょう曲輪くるわから見上げる空は澄んた青空。初夏にはまだ少し早い5月にしては、暑い日だ。しかし、時折吹きつける風は、ひやりと肌を刺し、火照りそうになる身体を労ってくれる。


 「かめのじょう?どうしたの?」

 おとわが戻ってきて、亀之丞の顔を覗き込む。ぱちくりとした両眼で、不思議そうに見つめている。


 「なんでもないよ。すこしだけ、おむねがどっきんしただけなのです」


 遠い目で空を見上げる。大きな鳥が、翼を広げて羽ばたき、滑空しているのが見えた。


 「うわぁ!」

 「かっこいいな」


 ――――――――――


 運命に導かれたふたりが邂逅するのは、まだ先のことである。

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