第9章 星を去る者、名を残す者
ゼットンが沈黙してから、惑星の空は久しく見せなかった青を取り戻していた。
地殻を引き裂いていた振動は止み、都市を覆っていた不安のざわめきも、ようやく鎮まりつつある。
だが、人々の心に残った傷と記憶は、簡単に消えるものではなかった。
瓦礫の間に立つ惑星民たちは、空を見上げていた。
そこに――再び“巨人”の姿が現れることは、もうない。
代わりに現れたのは、静かに降下してくる一隻の宇宙船だった。
それは、かつて《スペースM-78》が描いた航跡と、同じ軌道をなぞるように降りてきた。
船体には明確な識別コードが刻まれている。
救難・回収任務専用船。
そして、その指揮官の名は――ゾフィー。
⸻
「……やはり、ここにいたか」
ゾフィーは、船外デッキに寝そべる銀色の巨人を見下ろしていた。
ハヤタは振り返らず、ただ遠くの青空を見つめていた。
ゼットンとの戦いで受けた損傷は深く、宇宙服の各所には修復痕が残っている。
「勝てなかった」
ハヤタは、短くそう言った。
「知っている」
ゾフィーは即答した。
責めるでもなく、慰めるでもない。
「君が負けたのは、力の差じゃない。立場の違いだ」
ハヤタは、拳を握った。
「……俺は、この星を変えてしまった。
いや、正確には“変えてしまう可能性”を持ち込んだ」
生態進化技術。
ゼットン。
そして、それを利用して兵器を作り上げた惑星民。
「彼らは、あの技術を使ってゼットンを倒した。
でも……あれは正しかったのか?」
ゾフィーは、しばらく沈黙したあと、静かに答えた。
「正しかったかどうかは、未来が決める」
「……」
「だが、一つだけ確かなことがある」
ゾフィーは、ハヤタをまっすぐに見た。
「彼らは“自分たちの意思”で選んだ。
それは、もう君や私が止められる段階ではない」
ハヤタは、目を閉じた。
守りたいと願った。
だが、守ることで未来を縛ってしまうこともある。
「帰還命令だ、ハヤタ」
その言葉に、ハヤタはゆっくりと頷いた。
⸻
宇宙船の内部は、かつての【スペースM-78】とよく似ていた。
だが、一つだけ決定的に違う光景があった。
船内中央の拘束席。
そこに座らされ、両手に手錠をかけられている男。
黒色の宇宙服。
紫色のラインは消え、ただ無機質な素材だけが残っている。
メフィラスだった。
「久しぶりだな、ハヤタ」
彼は薄く笑った。
「まさか、こんな形で再会するとは思わなかった」
ハヤタは、何も言わなかった。
「規約違反だそうだ。
生態進化技術の不正使用、惑星原子炉への干渉、AIの強制起動……」
メフィラスは肩をすくめる。
「だが、私は“可能性”を示しただけだ」
「……お前は」
ハヤタが、低く言った。
「悪魔の証明をしたつもりか」
メフィラスの笑みが、ほんの一瞬だけ歪んだ。
「さあな。
だが君は選んだ。守る道を。
私は選んだ。進める道を」
「結果は……この通りだ」
彼は手錠を鳴らした。
「それでも、私は後悔していない。
人類は、いずれ同じ選択をする」
ハヤタは、答えなかった。
それが、二人の最後の会話だった。
⸻
宇宙船が惑星を離れるとき、地表では小さな人影が集まっていた。
彼らは、空に向かって何かを掲げている。
文字。
壁画。
祈りにも似た記号。
それは、彼らなりの記録だった。
巨大な銀の存在。
災害と共に現れ、災害と戦い、そして去っていった者。
彼らは、その名をこう呼び始めていた。
――ウルトラマン。
ハヤタは、窓越しにその光景を見ていた。
「……名を、残してしまったな」
ゾフィーは答えなかった。
名は、意図せず残るものだ。
伝説とは、そうして生まれる。
宇宙船は加速し、星は次第に小さくなっていく。
その惑星が、この先どんな未来を辿るのか。
希望か、破滅か。
それを決めるのは、もう巨人ではない。
「行こう」
ゾフィーの声が、静かに響いた。
ハヤタは、目を閉じた。
彼は去る者であり、
ウルトラマンは、残る者だった。
そしてその名は、
小さき者たちの歴史の中で、
永遠に語り継がれていくことになる。
――災害の時代に現れた、
光の巨人の物語として。
⸻
完
光の漂流者 小柳こてつ @KK_097
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