第8章 選ばれた未来

地鳴りは、もはや日常になっていた。


朝であろうと夜であろうと関係なく、地面は周期的に震え、建物の壁に細かな亀裂が走る。人々は立ち止まり、息を潜め、次に来る揺れの強さを無意識に測っていた。


ゼットンによる開拓準備。


それが何を意味するのかを、正確に理解している者はいない。

ただ確かなのは、この星そのものが「別の存在の都合」で再定義されようとしているという事実だった。


惑星は、測られている。


軍施設の地下深く。

かつて巨人――ハヤタが隔離されていた区画の、さらに奥。


そこに、巨大な円筒が横たわっていた。


直径数十メートル。

内部には複雑に絡み合う重力制御リングと、エネルギー増幅機構。

表面には、この星の文明ではあり得ない精度の刻印が施されている。


ベータカプセル。


本来、それは起動装置だった。

巨人を“解放”するための鍵であり、重力波を一時的に解き放つための制御装置。


ハヤタは、それを使わなかった。


この星で起動すれば、局地的な戦闘では済まない。

重力波は地殻を揺らし、海流を乱し、惑星規模の災害を引き起こす。


彼は理解していた。

勝てても、世界が壊れる。


だから残し、去った。


——だが、残された者たちは違った。


「解析、完了」


研究員の声が、張り詰めた空気を裂いた。


「重力波の指向性制御……理論上、可能です」


イデは、円筒を見つめていた。


ハヤタが残していった技術。

彼が恐れて使わなかった力。


それを、使う。


「……我々は、選ぶしかない」


ゼットンは、人類のための装置だ。

この星を、人が住みやすい環境へと変えるための存在。


だがそれは、この世界に生きる者たちを“不要物”として処理するという意味でもあった。


選ばれるか。

消されるか。


イデは、静かに命じた。


「起動準備。目標、ゼットン中枢構造」


地上では、ゼットンが作業段階を一つ進めていた。


多脚構造が地殻に深く固定され、振動波が連続して放出される。

山脈が歪み、海岸線が後退し、空気組成が書き換えられていく。


惑星は、悲鳴すら上げなかった。


ただ、耐えていた。


その時、空が低く唸った。


雲間から現れたのは、巨大な円筒。


ベータカプセル改・対ゼットン重力波兵器。


ゼットンは即座に反応した。

球状構造体の表面に、無数の防御演算パターンが展開される。


だが——


「演算遅延、発生!」


研究施設のモニターに警告が走る。


ゼットンの処理思考は、人類基準で組まれている。

最適化・効率化・損失最小。


この星の文明が選んだのは、非効率な賭けだった。


「今だ!」


イデの声と同時に、円筒が開く。


解放されたのは、圧縮された重力波。


空間が歪み、光が引き延ばされ、音が遅れて届く。


ゼットンの中枢構造に、直接“重さ”が叩き込まれた。


脚部が次々と崩壊する。

球状構造体に、致命的な亀裂。


——怒りはなかった。


ただ、処理不能。


最後にゼットンは、空を向いた。


自らが完成させるはずだった未来を、確認するように。


そして、静かに爆散した。


衝撃波が去ったあと、世界は異様なほど静かだった。


誰も歓声を上げなかった。

誰も勝利を叫ばなかった。


「……終わった、のか」


誰かの声が、空気に溶けた。


イデは、崩れ落ちた円筒の残骸を見つめていた。


勝った。

確かに、ゼットンは破壊された。


だが同時に、この星は知ってしまった。


——自分たちが、同じ力を持てるということを。


ハヤタが恐れた未来。

語られずに去った警告。


それは、確かにここに芽吹いている。


空は澄み、地震は止まり、子どもたちの泣き声が消えていく。


世界は救われた。


だが同時に、

人が未来を壊せる存在として、選ばれた。


その事実を、

もうこの星にいない巨人だけが、知っていた。

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