Cパート

 次の日の朝、山中刑事が私のもとに来た。その顔は暗い。いや、苦悩の表情をしている。もうすうすわかっているようなのだ。


「日比野・・・」


 山中刑事は私に言いたいことがあるようだ。だがそれを言い出せないでいる。だから私の方からはっきり告げた。


「5年前の刺殺事件の犯人がわかりました。逮捕状が出次第、向かいます。犯人は山中美緒です」

「やはりそうだったのか・・・」


 山中刑事はがっくりと肩を落としてそばのイスに座り込んだ。


「昨日、俺が帰宅してみると玄関そばの木が倒されていた。根元が掘り返されている。妻に聞いても何も言わない。いや、暗い顔をしてずっと黙ったままだ。署に来て、昨日、妻が事情聴取を受けたことを知った。それでもしやと思って・・・」

「残念です。こんなことになるとは・・・」


 退職祝い代わりに始めた捜査がこういう結果になってしまった。


「妻とは小料理屋で知り合った。何か深い事情を抱えているとは思っていたが、あえて聞かなかった。いや、聞くのが怖かったのかもしれない。彼女の過去を・・・」


 山中刑事はため息をついた。


「同棲していた成田から逃げていたのです。その時におやじさんと知り合って結婚した。だが彼女は街で成田に見つかってしまった。成田は奥様をさんざん脅したのでしょう。だから刑事のおやじさんに迷惑がかかると思って、成田を廃材置き場に誘い込んで刺殺した。その凶器や血の付いた衣類は庭に埋めて、怪しくないように木を植えた・・・私はそう考えました」


 私の説明に山中刑事は深くうなずいた。


「その通りだろう。よくやった。よく犯人を探し出してくれた・・・」


 私の推理をおやじさんはベテランの刑事として認めてくれた。


 犯行が行われた前後の期間、山中刑事は捜査で忙しかった。家に帰る暇がないほど・・・。だから彼女の異変に気付けなかったのだ。


「俺は何も見えていなかった。妻のことが・・・。妻ともう少し向き合えばよかった。これからは時間があるというのに・・・」


 山中刑事の目には涙がたまっていた。


「日比野。逮捕状をもって行くのだろう。それを俺にさせてくれ!」

「しかしこんなことをおやじさんに・・・」


 山中刑事に愛する妻を逮捕させることなど私には到底できない。


「いや、刑事として最後の仕事にしたいんだ。退職の祝いだと思って俺にさせてくれ。どうか頼む」


 山中刑事は私に頭を下げていた。そこまでされたら私はうなずくしかない・・・。


 ◇


 夕方になり、私たちは山中刑事の自宅に向かった。彼は黙ったまま真剣な顔をしている。最後の仕事をやり遂げようと・・・。

 玄関の呼び鈴を押すとドアが開いて美緒が出てきた。


「あなた。お帰りなさい。どうしたの。こんなに早く・・・」


 山中刑事はそれに答えない。胸ポケットから書類を出して開き、それを美緒に見せた。


「山中美緒。成田幸雄殺害の容疑で逮捕する」


 それを見て美緒は観念したようだ。その場に崩れるように膝をついた。


「あなた、ごめんなさい。私は、私は・・・」


 美緒はドアにすがって泣いていた。すると山中刑事は彼女の肩をやさしく抱いて言った。


「すまなかった。俺のせいだ。おまえのことを気遣ってやれなかった」

「あなた・・・」

「俺たちにはまだ時間はたっぷりある。俺は待っている。おまえが出てくるまで・・・」


 その顔は刑事の顔ではない。妻を愛する夫のやさしい表情になっていた。そして手錠を出して妻の手にかけた。


「署まで連行する」

「はい」


 2人が並んで歩きだした。手錠さえなければ仲のいい夫婦が散歩しているとしか見えない。だがそれも今日限りだ。その姿をまた見られるのは何年後か・・・。


(おやじさん。あなたは最後まで立派な刑事でした。それに妻にやさしく向き合う夫でした・・・)


 私は静かに彼らを見送っていた。2人の後ろ姿に夕陽が差している。遠くの山にもう日が沈もうとしていた。


 


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退職祝い 広之新 @hironosin

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