Bパート
小料理屋は昔のままだった。磨き上げられたカウンターに常連の人たち、それに女将さんだ。この独特のにおいもそうだ。
私の顔を見て女将さんが声をかけてくれた。
「ああ、日比野さん。お久しぶりね」
「ご無沙汰しています。この近くに来たものですから・・・」
私はカウンターに座った。
「今日は一人?」
「ええ。さっきまで山中さんと一緒だったのですが・・・。奥様が家で待っておられますから」
「そうね。美緒ちゃんは山中さんの奥さんだもんね。もう5年ね。幸せそう?」
「ええ。仲良くされているようです」
私は女将さんと昔話をした。その時にあの事件の話が出た。
「この近くだったわね。怖いわね。まだ捕まっていなかったの?」
「ええ。それで調べ直しているのですが・・・」
「実はね・・・あの時、似たような男がここに来たの」
新たな情報が意外な場所で見つかった。私は身を乗り出した。
「えっ! 本当ですか? その男は客だったのですか?」
「いえ、違うわ。美緒ちゃんのことを聞いてきたの」
「奥様のことを?」
「ええ、でも気持ち悪かったから知らないと言ってやったわ」
確かにかつて、美緒はここで働いていた。だが事件の前に山中刑事と結婚してここを辞めている。だがそういう話があれば美緒も調べられたはずだが・・・。
「そのことを誰にも言わなかったのですか? ここにも聞き込みに来たはずですが・・・」
「それがね。山中さんが来られたの。新婚だったしね。昔の男のことなんか、言えないでしょ。山中さんには内緒にしてね」
女将はそう言った。私は嫌な予感がした。あの奥様が事件に関係しているのではと・・・。
◇
私は信じたくなかった。だが捜査のためだ。幸いなことに、山中刑事は今日は本庁の方に出張になっていた。残務整理などがあるのだろう。私は一人で、奥様、つまり山中美緒、旧姓田中美緒のことについて調べた。
彼女は小料理屋に来る前はホステスをしていた。その頃、ある男と同棲している事実をつかんだ。その男がなんと成田幸雄だった。美緒と被害者との間に接点があったのだ。近所の聞き込みでは成田はしばしば暴力を振るい、それで美緒が逃げ出したという。
(やはり奥様が・・・この捜査をどうするべきか・・・)
知ってしまった以上、もう引き返せない。真実を追求するしかない。私は倉田班長にこのことを報告して、第3班を上げて捜査をすることにした。
まず美緒を署まで任意同行した。5年前のことについて事情聴取をするためだ。
「日比野さん。一体、私に何を聞きたいの? こんなところまで呼び出して・・・」
「奥様。この男をご存じですね」
私は成田の写真を見せた。美緒は一瞬、ビクッとした。
「し、知りません」
「おかしいですね。あなたはこの男と同棲していた。暴力を振るわれて逃げ出したのでしょう。全て調べました」
「あ、ああ。そうでした。忘れたいことだったので・・・」
美緒はそう弁解した。やはり怪しい。
「5年前に廃材置き場で殺されました。10月8日ですが、その日は何をされていましたか?」
「覚えていません。5年前にことなんか・・・。それに私は殺していません」
あくまでも否認する。だが両手が震え、額には汗が浮かんでいる。彼女が嘘をついているのは明らかだ。私の疑惑は深まっていた。
美緒が家にいないうちに家宅捜索が行われた。家の中にからは証拠となるようなものは発見できなかった。だが私は藤田刑事にお願いしていた。あの木の根元を掘ってくれと。するとそこから血のついた衣類とナイフが発見された。証拠はそろった。あとは鑑定待ちだ。
その日は美緒を返した。最後の夜は山中刑事とともに過ごしてほしかったからだ。明日になれば逮捕状が発行される。それで美緒を逮捕するつもりだ。
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