第7話 エピローグ

その明け方、白む朝日に喫煙店702は静かだった。

煙だけが天井に溜まり、誰も急がない。


「今回は、残ったな」


マスターが言う。

独り言のようでいて、相手は分かっている。


窓際に座る老婆――遠野小雪は、ゆっくり頷いた。


「残る者を残しただけです」


声は低く、雪のように乾いている。


「善之は?」


「境界に立ちました。

 主にはならない。

 だから、また来るでしょう」


マスターは煙を吐き、少し笑った。


「水木荘に?」


「ええ。

 でも、泊まらせません」


それでいい、と彼は思う。

境界に近い者ほど、長居してはいけない。


遠くで、ロープウェイの動く音がした。

現実が、また一段こちらへ戻ってくる合図だ。


老婆は立ち上がり、出口へ向かう。


「次は、いつだ?」


「煙が重くなったときです」


そう言って、遠野小雪は便所の戸口を開けて視界から消えた。

いつものように


喫煙店702は、今日も閉じない。

語られるべき怪異が、まだ残っているからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大晦日の夜に、 稲富良次 @nakancp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ