第5話 値札のつかないプレゼント
黄金の夢が瓦礫となって崩れ去った後、会場には遅すぎる衛兵たちの足音が響いた。
「せ、聖女様!ご無事ですか!」
駆けつけた王宮騎士たちが、黒焦げの会場と気絶したミダスを見て絶句している。リーゼロッテが大剣を収め毅然と告げた。
「遅い。賊の制圧は完了した。この男と裏切り者どもを地下牢へ!」
ミダスはボロ雑巾のように引きずられていく。彼が積み上げた金貨も、結局はただの重たい金属ゴミとして押収されるだけだ。
「……申し訳ありません、聖女様。お召し物が……」
セツナが俺の焼けたドレスの裾を悲しげに見つめる。煤とオイルで汚れた純白のレースは見るも無惨だが、裂けたスリットから覗く太腿とガーターベルトは妙に背徳的な色気を放っていた。
「構いませんよ。ドレスはまた仕立てればいい。ですが貴女たちの命の代わりはありません。……無事で何よりです」
俺が微笑むとヒロインたちの瞳が潤み頬が染まる。
チョロいものだ。だがこの直球の忠誠心こそが、金では買えない俺たちの資産だ。
俺たちは瓦礫の山を背に静かに会場を後にした。熱狂も殺意も消えた王都の夜風が、火照った肌に心地よかった。
*
夜。王宮の一室。
公式晩餐会を欠席した俺は、私室でコルセットを解いた。
煌びやかなドレスから軍服風の部屋着に着替える。テーブルの上には、彼女たちから受け取った「プレゼント」――古酒、火薬玉、高級葉巻が広げられている。砂糖菓子のケーキよりよほど食欲をそそる。
「失礼します。……傷の手当てと、夜伽の当番に参りました」
扉が開き、リーゼロッテ、セツナ、ヴェロニカが雪崩れ込んでくる。彼女たちも既にドレスを緩め、無防備な姿になっていた。
「今日は特別よ。戦いの後の乾杯、私たちにも付き合わせてくれる?」
「……主賓がいないと始まらない」
「聖女様、グラスの用意を」
俺は苦笑し木箱から古酒のボトルを取り出す。栓を抜くと芳醇な香りが広がった。
グラスに注ぎ四人で掲げる。
「聖女セレスティアに」「最強の軍団に」「俺たちの腐れ縁に」
チン、と澄んだ音が重なり、喉を焼くアルコールが胃に落ちる。張り詰めていた神経が溶けていくようだ。
「ふぅ……。酔いが回るのが早いですわ」
リーゼロッテが火照った顔で肩紐をずり落とし、汗ばんだ白い肌を俺の二の腕に押し付けてくる。甘い匂いと豊満な弾力が神経を直撃する。
「聖女様……。手当てと称して、私を癒してくださったこと、忘れておりませんわよ?」
反対側ではヴェロニカがはだけた胸元を強調しながら俺の顔を覗き込み、テーブルの下ではセツナが俺の太腿に額をすり寄せ、懇願するように手指を甘噛みしていた。
(……おいおい。ここは天国か、それとも理性の実験室か?)
美酒と美女。男としては極上の「祝い」だが、聖女の身体では手も足も出ない。これぞ至高の生殺しだ。だが退路は断たれている。彼女たちの瞳の熱はそう簡単に冷めそうにない。
「それにしてもミダスの奴、哀れでしたわね」
ヴェロニカが葉巻の先を切り、俺の唇に咥えさせながら艶かしく舌なめずりをした。
「金こそが心臓だなんて。……中身が空っぽなのを必死に金メッキで隠していただけじゃない」
「ええ。装甲は厚かったですが、芯がありませんでした」
俺は葉巻に火を灯し紫煙を燻らせた。
金は溶ければ形を変え、持ち主が変われば裏切る。そんな流動的なものに依存した時点で奴の敗北は決まっていたのだ。
俺は熱に浮かされたように俺を求める共犯者たちを見る。
うるんだ瞳で見つめてくる騎士。服の中に手を入れてくるメイド。帯を解こうとする魔女。
彼女たちは金では動かない。ただ俺という芯を求めてどこまでも深く絡みついてくる。
「……鉄は錆びつきますが、折れませんからね」
俺は独り言のように呟いた。
俺の心臓は薄汚れた鉄屑でできている。
だが、だからこそ――どんな高熱にも溶かされず、どんな重い愛にも潰されない「芯」であり続けられる。
「聖女様……覚悟は、よろしいですか?」
「夜は、まだ長いの」
「……ん。朝まで、離さない」
三人が同時に距離を詰めてくる。俺は観念してグラスを空けた。
窓の外では祭りの余韻が残る街の灯りが揺れている。
パレードも称賛も黄金の像もいらない。俺への祝いはこの窒息しそうな体温と、硝煙、そして甘い花の匂いだけで十分だ。
俺はヒロインたちの波に押し倒されながら、ふぅと長く煙を吐き出した。
天井に漂う紫煙は、明日には消えてしまうだろう。だが、この肌を焼くような確かな熱だけは、決して嘘をつかない。
聖女のスカートの中には、祈りよりも重い鉄と、誰にも買えない秘密の幸福が隠されている。
聖女のスカートの中には、祈りよりも重い鉄がある IV ~聖女への「祝い」は、鉄杭の火花だけでいい~ すまげんちゃんねる @gen-nai
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