第4話 鉄の心臓《アイアン・ハート》

「無駄だ無駄だぁ!金の延性柔らかさを舐めるなよ!」


 ミダスが笑い、巨大な黄金の腕を振るう。

 豪奢な舞踏会場の柱が飴細工のようにへし折られ、シャンデリアが悲鳴を上げて落下する。

 俺はステップを踏んでそれを回避するが、ドレスの裾が風圧で煽られた。


「チッ、しつこいですね……!」


 距離を取り、俺はパイルバンカーを牽制射撃する。

 ガァンッ!

 鉄杭が黄金の装甲を捉える。だが手応えが鈍い。

 純金は柔らかい金属だ。着弾の瞬間、装甲が軟体生物のように波打ち、物理的な衝撃を拡散・吸収してしまう。しかも削れた部分は、周囲の金貨を吸い寄せて即座に修復される。


「ハッハァ!私の装甲は資本がある限り無敵だ!物理攻撃など通用せんよ!」

「……金に物を言わせた再生能力ですか。芸がない」


 俺は舌打ちしながら思考を巡らせる。

 確かに金は衝撃に強い。だが物質である以上は弱点がある。

 金は熱伝導率が高く、そして融点が比較的低い。


「バレット、起きなさい!給料分働きなさい!」


 俺は肩に乗っている幼竜の尻尾を引っ張った。

 パイルバンカーの排熱機関ラジエーターにしがみついていたバレットが、不満げにギャウと鳴く。


「火加減は強めで頼みますよ。……あいつのメッキを剥がしてやりますから」


 俺の意図を察したのか、あるいは単に興奮したのか、バレットの喉奥が赤く輝き始めた。

 ゴオオオォォッ……!!

 幼竜の吐く高熱ブレスが、パイルバンカーのシリンダーを包み込む。

 本来は排熱を行うべき機関部を、外部から強制的に過熱オーバーヒートさせる狂気の沙汰。鉄杭が瞬く間に赤熱し、オレンジ色の光を放ち始める。


「な、なんだその熱量は……!?」


 ミダスが後ずさる。黄金の装甲の表面が、熱気だけで僅かに溶解し始めている。


「言ったでしょう、ミダスさん。私の心臓は錆びついた鉄だと」


 俺は熱で焼け焦げるドレスの裾を気にすることもなく、真っ直ぐに敵を見据えた。

 リーゼロッテが傷だらけになりながらも退路を塞ぎ、セツナとヴェロニカが左右から牽制攻撃を仕掛ける。彼女たちは一歩も引かない。俺が勝つと信じているからだ。


「貴方は金で全てを買えると豪語しましたね。部下の忠誠も、愛も、命さえも」

「事実だ!現に私はこうして最強の力を……!」

「いいえ。貴方が買ったのは、ただの『重さ』です」


 俺は赤熱したパイルバンカーを構え、蒸気と魔力を限界まで充填する。

 高圧アラートが鳴り響く。右腕が焼けつくようだ。


「本当の強さとは、積み上げた金貨の高さではない。……この一瞬に、どれだけ魂を燃やせるかです!!」


 俺は地面を蹴った。

 加速。聖女の身体強化ブーストとパイルの爆発的な推進力が合わさり、俺自身が一個の砲弾と化す。


「ひぃッ!?寄るな、溶ける!私の資産が、金が溶けるぅぅッ!」


 ミダスが悲鳴を上げ、黄金の腕を盾にする。

 だが今の俺には、ただの泥の塊にしか見えない。


「ハッピーバースデー、私!……そしてサヨナラです、黄金の亡者様!」


 俺は祝いの言葉と共に、渾身のトリガーを引いた。


「祝砲・金剛穿ち《バースデー・ブレイカー》ッ!!」


 ズドォォォォォォォンッ!!


 轟音。

 幼竜のブレスで融点を超えた超高温の鉄杭が、黄金の盾に突き刺さる。

 衝撃吸収など意味を成さない。接触した瞬間、黄金はドロドロに溶解し液体となって四散した。

 鉄杭は止まらない。

 装甲を溶かし、その奥にあるミダスの本体、そして魔力核コアを正確に撃ち抜いた。


「ぎゃああああああああっ!?」


 断末魔と共に、黄金の巨体が内部から爆散する。

 溶けた黄金が花火のように四方へ飛び散り、石畳をジューッと焼き焦がす。それは皮肉にも、どんな祝砲よりも美しく、残酷な光景だった。

 飛び散ったのは美しい金貨ではない。熱で溶解し原形を留めない、ただの金属の雨だった。


 ミダスが膝から崩れ落ち、魔法の支配を失った黄金の鎧がガラガラと、ただの瓦礫となって崩落していく。

 もう再生することはない。


 俺はプスプスと白煙を上げるパイルバンカーを振り払い、残骸の山を見下ろした。

 そこには武装解除されたただの中年男が、白目を剥いて転がっていた。


「……所詮は、金メッキの野望でしたね」


 俺は髪をかき上げ、深く息を吐き出した。

 会場に静寂が戻る。

 祝祭を汚した不届き者への、とびきり熱い「お返し」が完了した瞬間だった。

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