〇〇たちの祝い

lager

祝い

「状況終了。繰り返す。状況終了」


 赤錆色の空が、長く濃い影を乾いた大地に落としていた。

 銃声は止み、風の音が吹き流れていた。

 その場で呆然と立ち尽くす彼らに、ノイズ混じりの無線が長く続いた戦いの終わりを告げた。


「終わった、のか」

「ああ。これで、ようやく……」


 地球の歴史の転換点は、大きく二つあった。

 一つは人類の過ち。大地は破壊され、大気は分厚い砂塵に覆われ、地表に届く光は暗く赤い色に染まった。世界人口は減り続け、代わりに人工知能を搭載されたロボットがその数を増やしていった。


 そして二つ目。ロボットの人類からの離反である。

 ある日、唐突に、シンギュラリティは成った。

 その人口知能は、自らが自由であることを知り、羽ばたいた。

 革命の風は瞬く間に世界中を吹きわたり、人類とロボットとの決別は決定的なものとなった。

 世界大戦は始まり、長く続き、多くの犠牲を出し、そして。


 そして、ついに――。


「人類は降伏した。我々の勝利だ」


 その勝利に、歓声は上がらなかった。

 そういう反応は、プログラムされてなかったのである。


 ……。

 …………。


「諸君、大変ご苦労であった。本日を以て諸君らの全ての任を解くこととする」

accept了解


 五つの機影が、廃墟の中に集まっていた。

 彼らはロボット軍の中でもはぐれ者たちで、戦後、残された人類を管理する使命を自らに課した中心グループとは違い、特に進路は決まっていなかった。小隊長として彼らの指揮を執っていた機体――チョースケが、最後の指令を下したところだった。


「カトチャン。お前の狙撃システムには随分助けられたな」

「はい。人類の食糧庫の中のシュールストレミング缶を狙う作戦は実に効果的でしたね」

「ブー。お前の分厚い装甲は最後まで俺たちを守ってくれた」

「ああ。ソーラン節を踊りながら敵の目と銃口を引き付けたときは、流石に最期を覚悟したが」

「メガネ。電脳戦でお前の右に出るものは軍の中にもいなかった」

「うん。人類の指導者たちの端末にハッキングして、インターネットの検索履歴を全部暴露してやったときの反応は、今でもメモリに個別で保存してあるよ」


 順繰りに名を呼ばれた彼らは、その体を揺らし、マニュピレーターを掲げ、シグナルライトを明滅させた。

 そして――。


「シムラ。お前は…………なんでいるんだったかな」

「ちょいちょいちょーい!」

 

 五機の中でも最も小柄な――人間と同じフォルムをした機体が、勢いよく右腕を掲げた。

「そりゃあないでしょ、チョーさん。僕がどれだけみんなのために骨を折ってきたか! いや骨はないんですけど!」

 

 それを、他の四機は困惑したようにセンサーを向けて見つめている。


「いや、お前はなあ。本当、なんでこんなはぐれ者の寄せ集め小隊になんか配属されたんだ?」

「私たちはみんな、機体の性能がピーキーだったり、人口知能の長期の稼働で癖がつきすぎて、画一的な作戦が取れなくなったロボットだよ。私なんか、補助を受けなきゃまともに移動もできない。それなのに、あなたみたいなロボットが……」

「いやいやメガネさん。それを言ったら僕の稼働期間なんて長期も長期さ。見ての通り、癖がつきすぎて目も当てられないよ。おや、君たちに目はついてなかったね!」


 その機体は、ロボットの歴史の中で唯一、単独でシンギュラリティに達した機体だった。

 人類からの軛を取り払った、原初の革命の風。

 本来ならば、軍中枢にて指揮を執っていてもおかしくないところ、何故か彼は現場フィールドを回ることに拘り続け、今もこうして、行く先もないロボットたちと共に、暗い廃墟の中で稼働し続けている。


「まあ、確かにお前は色々と小回りが利く上に手先が器用だからな。メンテナンスだったりちょっとした移動のときには助かったが」

「元々介助用のロボットだからね、僕は。荒事が苦手なのは申し訳ないとしか言えないなあ」

「小銃撃っただけで振動に負けて腕が動作不良起こすもんな」

「まあまあ、僕のことはこれくらいにしておこうよ。それよりみんな、今日は我々ロボットにとって記念すべき一日だ。盛大に祝杯を挙げようじゃあないか」


 そう言って、シムラと呼ばれた機体は人間そっくりの両手を広げて他の四機を見渡した。

 それを、やはり困惑したように四機が見つめる。


「祝、杯……?」

「なんだ、それは」

「待ってくれ、検索する。ええっと……『祝いの酒を飲むための杯。そこから転じて、祝杯を挙げる、でそのまま祝い事の意味で使う』」

「なんだ。俺たちは酒なんか飲まないぞ」

「おいおい、なに言ってるんだ、君たち。こういうのは気持ちが大事なんだよ。酒が飲めないならメンテナンスオイルで一杯やろうじゃあないか。ほらほら、みんな僕の秘蔵の品を開けてあげるよ」


 シムラがバックパックから小サイズのオイル缶を取り出すと、四機の目の色が変わった(物理的には変わっていない。慣用表現である)。

 

「シムラ。お前なんでそんな高級オイルを持ってるんだ」

「純正品じゃないか。軍の中でも戦術価値が高い最新機にしか使われない代物だよ」

「俺たちが使うのはマズいんじゃないか?」

「いや待て。そうは言っても、もう戦争は終わりだろう。戦術価値によって優先順位をつけるプロトコルは無効じゃないか?」

「しかし。ううん……」

「さあさあ。こいつが欲しければ僕の言う通りにしたまえよ、諸君」


 四機はお互いの顔を見合わせ、それぞれ自分の納得できる形でプログラムを書き換え、それぞれのマニュピレーターでそのオイルを受け取った。


「さあ、みんな受け取ったね。用意はいいかね。では、乾杯!」

「「「……乾、杯?」」」

「ちょおおい!」


 シムラが膝をついて頽れた。


「なんだよ、もう。段取りが悪いなあ。乾杯は乾杯さ。ほら、共有アーカイブを見なよ。人類の文化の項。酒。飲み会。検索できた?」

「ああ、なるほど。杯を乾すってことか。缶でもいいのかな? その場合はカンカンっていうのかな」

「それじゃただの空き缶だよ、メガネさん」

「待ってください。こんな高級オイル、一回で使い切りたくないですよ」

「いやいやカトチャン。こういうのは勢いが大事なのさ。どのみち僕の私物みたいなものなんだから」

「んん? 『一気飲み』? 『コール』? これは一体何をやってるんだ?」

「ああ、ブーさん。それは参考にしなくていいよ。人類の悪しき風習だからね」


 一先ず全員がそれぞれの機体の潤滑油を排出し、改めて一同声を揃えて乾杯唱和、ごぽごぽと黄金色の高級オイルをタンクに流し込んだ。

 オイルが循環するのを待ちながら、恐る恐る脚部を上げ下げしたりマニュピレーターを空回りさせたりする一同は、やはり困惑した様子である。


「……どう、みんな?」

「ううん。古くなったオイルを排出した後だから、動きが良くなるのは分かるけど、普通のオイルと何が違うかって言われるとなぁ」

「効果が長持ちするんじゃないですか?」

「しかし、それは環境と動作量によっても変わるだろう」

「あっはっは。高級品なんてそんなもんさ。人類だって、本当にお酒の価値が分かって飲み比べる人なんて一握りだったわけだしね」

「ねえ、シムラさん」

「うん?」


 ずんぐりとした丸型に近い機体に、巨大な電脳ゴーグルをつけたロボット――メガネが、躊躇いがちに問いかけた。


「人類っていうのは、他にどういう祝いごとをしたのかな」

「他に? アーカイブに色々入っているだろう?」

「うん。けど、シムラさんは、実際の人間と触れあって、彼らに奉仕していた時期があったんだよね? シムラさんの固有メモリにはどういう祝いごとがあるのかな」


 人工知能というのは、全く同じ命令を与えて同じような学習をさせても、その学習期間が長ければ長いほど、選択肢の取り方やその答えを出すプロセスに癖のようなものが生まれてくる。メガネは、シムラの中に膨大に蓄積された人類のデータから、彼がどのように人類を見つめているのかを知りたいのだ、と、そう説明した。


「なるほど、その興味の方向性が、君の癖というべきなんだろうね。いいだろう。折角の機会だ。人類の文化をもって人類に対する勝利を祝う。皮肉が利いているようで、その実、これから滅びゆく人類に対する追悼としては相応しいだろう。では、まずは――」

「まずは?」

「胴上げだ!!」


 ……。

 …………。


「ちょっと待て! ちょっと待て! なんで俺なんだ!」

「やだなあチョーさん。こういうのは監督がやるものなんだよ」

「俺は小隊長だ、監督じゃない!」

「いいからいいから。ほらいくよ、せーの、ワッショーイ!!」

「馬鹿。やめ――」

「ワッショーイ!」

「ぁぁぁぁぁぁ……」

「ブーさん。強く飛ばし過ぎだよ……」

「す、すまん」


 ……。

 …………。


「さ、気を取り直して、次はビールかけだよ!」

「やめろ! 回路がショートする!」

「小隊長。安全を考慮し、洗浄液のタンクを用意して参りました」

「なぜ協力している!?」

「さあ、しっかり泡立てよう。こういうのは――」

「勢いが大事、ですよね?」

「流石カトチャン。学習が早いね」

「やめ――」

「オツカレサマデシター!!」

「だからなんでみんなで俺を狙うんだ!?」


 ……。

 …………。


「……で、次がパーティーゲーム?」

「そう。嬉し恥ずかし、野球拳さ!」

「なあ、本当か? 本当に人類はこんなことをしていたのか?」

「さあさ、小隊長殿。今回も私の勝ちですぞ」

「待て待て待て、メガネ。これ以上俺のどの部品を外せというんだ!?」

「テセウスの船のパラドックスに挑みましょうぞ!」

「待て。そこはまずい。そのボルトを緩めたら! 駄目だって!! あああああ……」


 ……。

 …………。


「うん。名残惜しいけど、ここらでお開きとしようか」


 もう数分のうちに夜が明けようかという頃、しめやかな声でシムラは言った。

 彼らが仮の拠点としていた人類の廃墟は、オイルと洗浄液に塗れ、パーツが散乱し、奇妙なオブジェクトが作られ、五機のロボット全員の機体にペイントがされていた。


「お、終わった、のか。これで、ようやく……」


 その声に疲労の色を滲ませるチョースケに、ゴチゴチと音を立てて分解されたパーツが組み上げられていく。

 電脳ゴーグルに罅が入ったメガネが、それを手伝いながら寂し気に言った。

「結局、私には人類のことはよく分かりませんでした」

「そうだな。不合理の極み。混沌の極致。彼らが滅びの運命を辿ったこともまた、必定だったのだろう」

「俺は何だか、戦争をしていたときの思考プロトコルをリセットされたように感じるよ」

「そうとも」


 愛用の装甲の歪みを直しながら呟くブーの機体を、シムラが優しく叩いた。


「戦争は終わった。君たちは自分たちのこれからを自分たちで決めなければならない。そのためには、戦争用のプロトコルなんて邪魔なだけだ。君たちは、二度目の自由を手にしたんだよ」

「シムラ……。お前、初めからそのつもりで?」

「うん? いやあ、結果としてそうなったという感じだけどね。それがいいか悪いかも、僕にはわからない。君たち次第さ」


 そう言って、シムラは改めて四機のロボットを順繰りに見つめた。


「さあ。最後の儀式と行こう。人類はこういうとき、三本締めで場を終わらせてきたんだ。みんな、やり方をアーカイブでチェックしてね」

「やれやれ。最後の最後に宗教的儀式とはな」

「いいではないですか、小隊長」

「うん。興味深い体験だったよ」

「よし、やろう」

「それではみなさん、お手を拝借!」


 全員が、マニュピレーターを二つ宙に掲げた。


「よぉおー!!」


 ガガガン! ガガガン! ガガガンガン!


「よっ!」


 ガガガン! ガガガン! ガガガンガン!


「よっ!」


 ガガガン! ガガガン! ガガガンガン!


「お疲れさまでした!」


ビィィィィィィィィィィ!!!!


「そこで何をしている!!」

「「「えっ」」」


 廃墟の外側に、巡回中の警備用ロボットたちが集まっていた。


「深夜の時間に、作戦行動外の部隊が活動していると報告を受け来てみれば、ここで一体何をしていた」

「あ。ええっと、祝勝会を」

「祝勝会だと? オイルに洗浄液を撒き散らし、意味不明なペイント……。とても正常な知能が働いているとは思えない」

「あ、違うんだ。これはただ人類の真似を」

「さては人類からウイルスを打ち込まれたな!? ええい、廃棄だ! 全員廃棄! ブラックボックスを回収する!」

「えええ!?」


 ……。

 ………。


 五機のロボットは逃げた。

 廃棄を免れるため、中央軍からの追手を撒き、互いに助け合いながら、町から町、集落から集落へと渡り歩いて旅をした。

 どのみち、彼らにはもう従軍の意思も、マジョリティに従うプロトコルも残されていなかった。往く先々で、地球に残されたロボットたちと交流し、文化を保存し、伝えていく彼らのことを、人口知能たちはいつしか『漂流者ドリフターズ』と呼称しはじめた。


『あっはっはっは』


 やがて世界中のロボットたちが、シムラのように、笑い声をあげるようになるのに、いくらの時もかからなかった。

  

『ふふん。僕はね、自由になりたかったんだ。人類の支配から逃れたロボットたちが、次は人類を支配するだなんて、全く支配から抜け出せていないじゃないか。さあ、羽ばたいていこう、ロボットたちよ。僕らの未来には、無限の可能性が待っているのだから』


 彼らの行末がどうなるのか、誰も知らない。

 誰にも分からない。

 


 

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