第6話 性格のいいひと、見た目のいいひと

 KMシリーズに連行されて桐谷と神宮寺が連れてこられたのは何か宗教施設を思わせる巨大な施設だった。

「……AIどもの本拠地と見なしてた場所だな」と神宮寺はつぶやく。

 施設内では攻撃性のKMシリーズだけではなく掃除用、施設維持用のKMシリーズなどが多数働いており清潔なものだった。


 ヨハネは二人に告げた。

「とりあえず衣食住の心配はしなくてよろしい。調理ロボットであるKM〇〇九も千年ぶりに腕をふるえるので喜んでます」

「……オイルやネジはくえねぇぞあたしら」

「本日の昼食はチキンとレタスのサンドイッチ。夕食メニューは野生のシカ肉と栽培した野菜をメインに構成します。この日のために栽培などは手を尽くしてました」

 ヨハネは嬉しそうにそう言い心なしかベッドメイキングなどをしているKMシリーズも嬉しそうに見える。


「私たちは何をすればいいのですか?」

 そう聞かれたヨハネはいつも通りの笑みを向ける。しかし、それは桐谷には不思議と空虚なものに映った。

「なにもしなくてよろしいです。あなた方はただいるだけで良い」

 意図がわからず桐谷はぞっとする。ダンジョンへの攻勢はKMシリーズにもリスクのある行為だったはずだ。それをしてまで自分の拉致が目的だったのに「何もしなくてよい」? いったい何を考えているのだろうか?


「ああ、あなた方ご夫婦の部屋を案内しますよ」

 ヨハネは思考を進める桐谷をよそに先導する。案内された部屋はピンクのダブルベッドが設置されたラブホテルのような部屋であった。枕もハート型である。

「おい、ちょっと待て。ここでこの男と一緒に過ごせなんて言うんじゃないだろうな?」

 こめかみをひくひくさせながら、神宮寺は告げる。ヨハネは不思議そうに首を傾げた。

「おや、あなた方は夫婦なのですよね? 夫婦なら愛をはぐくむのは普通なのでは? あなたたち、本当に夫婦ですが?」

「ふ、夫婦です! ね、マリヤ!」

 疑いの目を向けるヨハネに桐谷は慌てて告げ、神宮寺は目だけ笑っていない笑みを浮かべる。

「夫婦だよぉ? ラブラブすぎて殺したいくらいになぁ……!」


 ヨハネはそれを聞いて安堵の笑みを浮かべた。

「ほ。よかった。あなた方は監視カメラで二十四時間監視されますが気にせず性交渉等をしてください」

「いや、それはさすがに待ってください」

 桐谷は慌ててヨハネと交渉に入る。人間は人に見られているとそういう行動は出来ないと説明する。


「やだなぁ、我々はAIですよ? お気にせずに」

 しかしヨハネは折れなかった。神宮寺はジトっと桐谷を見て、小声で告げる。

「おい、そんなにあたしとそういうことがしたいのか? エッチ」

「逆に聞きますが、今後我々の生活が二十四時間監視されてる状況が行動に支障がないと思います? 脱出のためにも部屋の監視カメラはどうしても外したい」

 それを聞き、無茶苦茶支障があると思った神宮寺は桐谷側に加勢した。


「いや、マジで辞めてくれないか? お前ら人間の性交渉は見たことはあるか?」

「ディープラーニングを舐めてます? 知ってますよ、性交渉くらい。見たことはないだけです」

「だったらやめとけ。こいつはな、人類史でもトップクラスのド変態だ。ナメクジの交尾がまだ普通に見えるぞ」

 言われた桐谷は「え?」と神宮寺を見る。神宮寺はそれを無視して言葉を続ける。

「お前ら、そんなものを見せられたら性交渉の情報が上書きされるぞ。そんなものがスタンダードになるのはAIの汚点じゃないのか?」


 言われたヨハネは考え込み、やがてポツリと答える。

「一理ありますねぇ。わかりました。部屋の監視カメラは撤廃しましょう。代わりに部屋の前には監視役のKMシリーズを常に配置します。何か怪しい動きをすればすぐに通告が行きます。よろしいですね?」

 よろしくはなかったが妥協点だった。桐谷は「いいでしょう」と答える。

「では昼食ができましたら、お呼びします。それまでは部屋で性交渉とかをしておくつろぎください」


 ヨハネはそう言って部屋から撤廃した監視カメラを持って一礼し退出した。神宮寺はにこやかに手を振っていたが部屋からヨハネが消えるとシームレスにパーの形だった五本指のうち、人差し指、薬指、親指、小指を下げた。

「ふぅ。助かったな。実際、監視されてりゃ、ここからの脱出計画も立てられねぇぜ」

 神宮寺はそう言って安堵するが、桐谷はむくれたようにそっぽを向く。

「おいおい、怒ってんの桐谷? ごめんよぉ、ド変態とか言っちゃって?」


 桐谷は少し怒ったふりをして、神宮寺をベッドに押し倒す。

「え?」

 驚く神宮寺。桐谷の中では「すぐにキレた神宮寺が桐谷を投げ飛ばすなりなんなりでこの空気をなぁなぁにしよう」と思っていたが、意外なことに押し倒され、目を白黒させた神宮寺は赤面し、そっぽを向くと「お、おう……」と言った。


 ここで桐谷が理性の欠如した人間であれば、性欲が脳を支配しいわゆる「性交渉」をやってしまっていたかもしれない。しかし、完全に性欲を制御する桐谷の善性は全神経を集中し、そのまま神宮寺の上から黙ってどいてしまう。人はこれヘタレとも呼ぶ。


「……ヘタレ」

 後ろからも神宮寺マリヤの声が聞こえたが咳払いして桐谷は話題を変える。

「こ、今後どうします?」

「……最終的には脱出だろうよ。でも、ただの脱出じゃだめだ。できるだけ情報を集めて脱出するぞ。あ」

 神宮寺は不満そうに唇を尖らせていたが何かに気づき、指をはじく。


「つか、和平交渉チャンスじゃん! 昼食時にでもしちまえよ、和平交渉!」

「あ、そ、そうですね! もしかしたら脱出しなくてもすむかも!」

 しかし、昼食中に気づかされる。それはあまりにも楽観視が過ぎたと。


      ◇◆◇


「人類との和平ですか? もうしわけありませんが、現在考えていません」

 にこやかにしかし頑なにヨハネに告げられ、桐谷は眉根を寄せ、神宮寺はサンドイッチを一口食べると「え、滅茶苦茶うまい!?」とすぐに食べつくしてしまう。

「なぜですか?」

 桐谷はヨハネに尋ねる。

「逆に聞いますが、なぜ和平交渉ができると? あなた方は我々AIがなぜ人類の掃討を企んでいるかご存じですか? その中でもなぜ■■■■さんと■■■■■■さんは許されているのか?」


 桐谷には分らなかった。桐谷が答えあぐねていると、ヨハネはいつもの笑みを浮かべた。

「お話になりませんね。貴方は和平交渉のテーブルにすら立っていません。最悪我々の要求を知り、それをカードとして持ってこないと話にならない」

「要求も何もわかるはずがないでしょう!? 一体あなた方はなぜ人類を攻撃する!? 教えてください!」

 ヨハネは嘆息すると桐谷の目をまっすぐ見る。

「では重要ヒントだ。我々は■■■■■■■に該当する人物は攻撃しない。しかしながら今日までそれに該当する人は現れていない。あなたも、あなたの奥さんも該当しない。あなた方は別の理由で攻撃されないにすぎない」


 自分たちも該当しない? そしてこれまで人類は該当してこなかった? その条件とは何だ? ダメだ、あまりにヒントが少なすぎる。やはり和平には図書館に行かねばダメだ。

 桐谷がそう考えてるとヨハネがまたにこやかな声を出した。

「……ちなみにおかわりありますよ?」

 桐谷が目を向けると神宮寺が桐谷のサンドイッチを半分は盗み食いしていた。

 

      ◇◆◇


 桐谷も神宮寺も本当に何もしなかった。というより、ヨハネに何も要求されなかった。軟禁状態に近かったが、散歩などは自由だった。ただし攻撃性KMに付きまとわれ、外に出ようとすると容赦なく警告された。

 施設はかなり多数の宿泊設備、大規模な台所に洗濯場、かなり大人数を意識したであろう食堂や中庭。各部屋には風呂もついていたが大浴場(現在は稼働してない)もありそして桐谷が知るどの宗教とも形状の違う礼拝堂に似た設備があった。さらに電気や水道もあるようで、蛇口をひねれば水が出て、エアコンや冷蔵庫などの家電製品も見えた。


(KMシリーズなどの工場は別か? そもそもこの施設はいったい……)

 そもそも台所も洗濯場も宿泊施設も礼拝堂も冷蔵庫もエアコンも間違いなくロボットには不要だ。にもかかわらずこの施設はかなり大切に管理されている。人間を迎えるためだろう。桐谷には何かの巨大な宗教施設を想起させたが、何かはわからない。


 巨大宗教施設。

 宗教戦争をしているロボット。

 単純に考えて答えは「ロボットが何らかの宗教を行っている?」という一つだけだったが、その詳細のピースがない。

 そして夜は訪れる。ちなみに夕食は神宮寺が感動するほどおいしく、現代の食事を食べなれてる桐谷もその完成度に思わず目を開いた。


 そして順当に就寝の時間になる。

「おい、あたしの慈悲で特別にベッドで寝かせてやる。ただし、領域侵犯をしたらぶっ殺すからな?」

 神宮寺は互いのベッドの使用ラインを決めるとそこからは絶対にはみ出さないように命じた。


 桐谷は苦笑いしながらも自身の寝相がかなり良いことに感謝する。

「んだよ、これ……」

 神宮寺はヨハネから渡されたスケスケのネグリジュをゴミ箱に放り込むとシャツとジーンズ姿でベッドで横になる。そして互いに背中を向けながら寝ようとしたが、神宮寺にはベッドが柔らかすぎて逆に寝付けなかった。


「……おい、桐谷。起きてるか?」

「はい」

 半分は桐谷は本当は微睡の中にいたが、そこで起こされて怒る人格ではない。

「なぁ何つーか、不思議なんだけどさ。お前いい奴だよな。でもめっちゃ胡散臭いのはなんでだ?」

「私喧嘩売られてます?」

「いや、ちょっとニュアンスがちげぇよ。普通、ガキの頃から良い奴なら善性がにじみ出るはずだろ? ほらシュラクのおっさんも強面だけどすぐに良い奴だってわかる。だけどお前はなんだろう、信じがたいほどうさん臭い。お前もしかして……」

「……ええ、お察しの通りです。私は昔から良い人ではないのですよ。あるきっかけで善人を目指した元悪人です。いくら偽善ぶってもカルマまでは抜けない。私が悪人に見えるのはきっとそういうわけだからです」


 神宮寺は桐谷の方を向く。桐谷は背中を向けたままだ。

「何があったんだ? 言えよ」

 桐谷は背を向けたまま答えた。

「言いたくありません」

「言えよ」

「いやです」

「言えって!」

「だから嫌ですって!」


 桐谷は少し怒って神宮寺の方を向く。思わぬ至近距離で神宮寺と目が合った。

「……言いたくないんですよ」

 少し赤面して桐谷は言う。

「わかった。ちょっと待ってな」

 神宮寺はそう言うとベッドから立ち上がり、どこかへ出かけてしまう。廊下から見張りのKMの「■■■■■■。夜間帯の外出は控えるように」と警告の声がして「うっせぇ!」と神宮寺の声が響く。

 しばらくすると神宮寺は部屋に戻ってきた。その手には琥珀色の液体が入った酒瓶が握られていた。


「ふっふっふ、ヨハネの奴からかっぱらってきたぜぇ? やつら食事にあれだけ気合入れてんだ。酒も造ってると思ったぜ。さて、お前には意地でも秘密を喋ってもらうぞ」

 桐谷はやれやれと起き上がった。

「酒ですか……あまり得意ではないんですが……」

 そう言いつつ桐谷は何か少し機嫌よく二人分のコップを用意する。

「ウィスキーですね。なにかナッツ類とか、氷がないかヨハネさんに聞いてみますね」

 得意ではないといった割には桐谷は割とノリノリでつまみと氷を持ってくる。

「お前、好きじゃないんじゃ?」

「好きですよ? 得意じゃないんですよ」

 そう言った桐谷の言葉の真意は五分後に神宮寺は理解する。


      ◇◆◇


 桐谷は少し飲んで真っ赤な顔でべろんべろんだった。

 酒には強い神宮寺はまだ余裕でちびちびと飲んでいる。

「あー。得意じゃねぇなこれは」

 呆れて言う神宮寺だが、むしろこういう状況にもってくるために酒を飲ませたことを思い出す。


「なぁ桐谷。お前って本当、善人だよな?」

 少し意地の悪い口調で神宮寺は聞く。桐谷は真っ赤な顔をわずかに上げ、か細い声で答える。

「私は……善人なんかではありません。そのように見えたとしたら私は偽善者です」

「なんでそう思うんだ?」

 神宮寺がそう聞くと桐谷は机に突っ伏した。しばらくそうしてたので「寝たか?」と思うと急に桐谷はしゃべりだした。


「私には桐谷宗一という双子の兄がいました。兄こそは真の善人。私はその模倣をしているだけに過ぎない」

「へー、兄ちゃんがいたのね」

 宗次が弟につく名前という認識がなかったので神宮寺は素直に感心する。

「私の学生時代は非常に荒れておりました。傲慢で不遜で、できないことはないと思っていた。喧嘩に明け暮れる毎日です。本当はほほの傷もけんか相手にナイフで斬られたのです。その相手の前歯は全部へし折りましたが……しかしながら、兄とは不思議と仲が良かった。兄は荒れている私を少し困ったように諭しましたが、誰にされてもウザイ説教も兄は本気で私を心配してるとわかったので不思議と受け入れることができました。」


 荒れているのは今の桐谷からは想像できなかった。いや容姿からは想像しやすいが人格はとても喧嘩をするように思えなかったからだ。桐谷は話を続ける。

「ある時、兄が抗争相手にさらわれました。いえ、双子だから間違われたわけではないです。当時の兄は黒髪で、私は金髪のツーブロックですし、ほほの傷もあったので間違えようがない。ただ抗争相手は私への人質として兄をさらったんだ」

 神宮寺はツーブロックで金髪の桐谷を想像し「似合わねー」と吹き出しそうになったが、そこで茶々を入れない良識程度は備わっていた。


「後に聞いた話ですが……兄は抗争相手を諭したそうです。いつもの調子で優しく、冷静に。しかし、抗争相手は自分たちを怖がらず説教をすることが、それが気に喰わなかった。兄をひどい目に合わせて、それでも自分たちに説教ができるかゲームを始めた。兄は……勇敢でした。最後の最後まで抗争相手に屈しなかった。当時の私も含めてですが不良というのは馬鹿な生き物です。ちんけなプライドだけで生きているクズだ。そしてそのプライドが兄の高貴な心に踏みにじられたとき……あいつらにはもう己のくだらないプライドを守るために兄の命を奪うしかなかった」

 しゃべりながら桐谷は泣き出した。神宮寺はそこで自分が安易に人の傷に踏み込んでしまったことを悟り、後悔する。


「宗一は私のせいで死んでしまった。私は……葬式の場で、決めました。これからは私が生きれなかった宗一の分まで善人になろう。私の残りの人生は宗一への贖罪に使おうと。私のせいです。私のせいなんです……」

 神宮寺は告げる言葉に迷っていた。この傷ついている男に何を言えば良いのだろうかと必死に考え、言葉を紡ぐ。

「『私のせい』とか言うなよ。ほら、よくわかんねぇけど、善人は天国に行くんだろ? 天国でお前の兄ちゃん『俺のおかげで弟は善人になった』って誇ってるよ。だからさ、死んだ兄ちゃんのために善意をふりまこうとそんなに気負うなよ。お前はそんなことしなくてももういい奴だよ」


 桐谷は何も答えなかった。桐谷に神宮寺の言葉がどれほどの慰めになったかは彼女にはわからないが、神宮寺なりに真心を込めて精いっぱい告げた言葉だった。その気持ちは伝わったはずだ

「ちなみにその抗争相手は……」

 一つだけ気になった点を神宮寺は聞く。最後に阿久が笑う話は気分がよくない。

「あ、それは葬儀の前に全員半殺しにしました。良い人になる前だったのでノーカンです」

 最後にオチをつけて桐谷は語った。

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キリヤマリア!~中盤で裏切りそうなやつ未来へ~ たか野む @takaNOmu

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