十夢十色 第十二夜

明日葉

『メール虫』

 こんな夢を見た。



 朝、目覚めてカーテンを開けると、雲一つない良い天気だった。窓を開けると心地よい風が入ってくる。私は洗濯をすることにした。


 ベランダに出て、濡れたタオルを広げパンパンとはたいて伸ばす。私は洗濯が好きだ。洗いから脱水まで全て洗濯機がしてくれるので、正確には洗濯物を干すのが好きだと言ったほうが正しい。限られた空間にできる限り多く、かつ乾きやすいように干し方を考えるのはパズルみたいで達成感がある。特にこんな天気の良い日は、ポカポカした陽気に洗濯物の冷たさが心地よく、干すという行為だけで楽しい。


 鼻歌を歌いながら次々にタオルを竿に掛けていると、背後からプーンと音がした。振り返るとベランダの柵にソフトボール大のテントウムシが止まるところだった。


 作業する手が空中で止まる。


 え?

 本物?

 おもちゃ?

 どういうこと?


 その大きなテントウムシは、細い脚と鋭い爪で器用に柵につかまり、もぞもぞと、まんまるな体で上手くバランスを取れるポジションを探っている。私はただ呆然とそれを見ていた。しばらくすると落ち着いたのか、ピクピクと触手を動かし、グッと脚に力を入れたかと思うと、柵にしがみついたまま、外側の固い羽を広げ内側の薄い羽を振動させ始めた。


 プーンッ


 と、軽い羽音がすると同時に、テントウムシの真上に青白く光る文字が浮かび上がる。


「残業確定、ご飯無しで」


 ああ、そうだった。


 昨日から、メールの電波が虫に見えるようになったんだった。


 私は肩の力を抜き、夫からの短いメールに、さらに短く「はい」と答える。テントウムシは軽く身震いしたあと、小さなシジミチョウに変わり、私の「はい」を乗せて飛んでいった。


 洗濯物も干し終わり、柵に肘をかけていつもの景色を眺める。さっきまで気が付かなかったが、意識してみると、様々な虫か飛び交っていた。羽虫の群れと群れがぶつかりあい、空中で大きな塊になっているのは、女子高生のチャットだろうか。「マジ」「www」「それな」「ウケる」などが無数に点滅している。そのさらに上空を美しいアゲハチョウが風に揺れながら優雅に通りすぎる。羽ばたくたびにハート模様がチカチカと光っている。あれは俗にいうラブラブメールというものか。


 なんだか楽しくなってきて、今度は少し身を乗り出して下をのぞく。大小様々な這う虫たちが動き回っている。小型犬ほどあるアリが同じ大きさの箱のようなモノを抱えて、行進している。あれは定型のビジネスメールかな?毛虫がもぞもぞと、気持ち悪い動きで這って行った。毛に大量の絵文字が刺さっているあれは、もしかして、オジサン構文だろうか?送られた人は可哀想に、さぞかし鳥肌が立つことだろう。


 それにしても、他人のメールが垣間見えてしまうのは、倫理的に大丈夫なのか?もちろん、全文が読めてしまう訳では無いし、送受信者が分かるわけでもないが⋯⋯


 少し罪悪感を覚え始めた頃、ブゥーンッと強い羽音が近づいてきた。顔を上げると、巨大なオオスズメバチがこちらに向かって猛スピードで飛んで来るのが見えた。咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込む。しかし、オオスズメバチはベランダの手前で急な方向転換をすると、隣の工場へと消えていった。虫はそれほど苦手ではないが、毒虫には近づかないに越したことはない。我が家宛てでなくてよかった。それにしてもあの工場は、一体どんなクレームを受けたのだろうか。


 部屋へ戻り、一息つくためにお茶を入れ、ソファーに腰掛けてテレビの電源を入れる。朝の報道番組がやっていた。画面いっぱいに国会議事堂が映し出されている⋯⋯らしい。しかし、私の目には、巨大なムカデがぐるぐると、とぐろをまいてからみついているのしか見えない。まるで特撮映画のようだ。たくさんある脚がワサワサと外壁を撫で回した。すると、ボロボロと何か小さいものがこぼれ落ちていく。目をこらすと、バレーボールほどに膨らんだアブラムシだった。一度目についてしまうと、もうダメだ。外壁が大量のアブラムシやダニで覆われていることに気がついてしまった。背筋に寒気が走り一気に鳥肌が立つ。集合体恐怖症の気持ちがわかった気がした。ムカデの頭上には、蚊や蠅と思われる虫が大量に集っている。そして周辺には黒光りした⋯⋯


 私は大急ぎで、テレビの電源を落とした。


 ああ、くわばらくわばら。


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十夢十色 第十二夜 明日葉 @kotonoha-biyori

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