第2話バトル路線への伏線

転校生は、真っ直ぐに僕を睨んだ。

その視線は鋭く、体が凍りつくような感覚に陥る。

繊細で、ガラスのような切れ味を持った目だった。


――こいつ、さっき扉を壊したんだよな。


転校生につきもののはずだった自己紹介タイムは、本人の手によって完全に台無しになった。

安田はすぐに、ガタイのいい体育教師に腕をつかまれ、そのまま職員室へと連行されていく。


「おい! やめろ! 俺に気安く触るな!」

「俺に触れれば禁忌に触れるのと同じだ。闇に飲み込まれるぞ!」


「まずは器物破損だ! 親御さんにも連絡させてもらう!」


……転校生は、どうやら厨二病のおまけ付きだったらしい。

とんでもなく痛いヤツだ。


安田が座るはずだった席は、当然ながら空席のまま。

多少のトラブルはあったものの、授業は何事もなかったかのように数学へと切り替わった。


僕の席は、最後列の窓側。

前の席には、高身長のバスケ部員がどっしりと座っている。


授業中のスマホ使用は固く禁止されている。

それでも僕は、机の下でこっそりと彼女とのメールに没頭していた。


『今日の転校生、なんかすごかったね』


彼女からのメッセージを見て、僕は返事をどうするか、数秒考える。

そして、また指を動かした。


『すごい人じゃないでしょ。あれはさすがに笑うよ』


あの転校生の登場はヤンキー漫画の主人公みたいだった。

でも僕が通っている公立足宮(あしみや)高校では、まず見かけないタイプだ。


偏差値は五十六くらい。

特別に進学校というわけでも、不良高校というわけでもない。

秩序はそれなりに保たれていて、少なくとも扉を破壊するような人種は今まで見たことがない。


偶然なのか。

それとも、この学校では真面目に矯正されていくのか。


謎は深まるばかりで、僕の意識は転校生の存在へと引きずり込まれていった。


『僕さ、転校生と仲良くなってみたいんだよね』

『この学校ではイレギュラーだし、人間観察の一環でさ』


送信したあとで、少し後悔した。

どう考えても、困惑されそうな内容だ。


僕は自分でも分かっている。

好奇心が強く、トラブルの匂いに近づいてしまう性格だ。


『私はやめた方がいいと思うけど』


即答だった。


『僕もそう思う』


『思うのかい!』


ナイスツッコミ。

文字なのに、声が聞こえる気がした。


『でもね』

『私は君がやりたいことなら、何でも肯定したいよ』

『思うようにやればいいんじゃない?』


明日香は、昔からそうだ。

優しくて、砂糖みたいに甘い。

幼稚園の頃から高校生になるまで、一度も僕を否定したことがない。


そうなれば、決心は早かった。


放課後、

僕はあの転校生のもとへ向かうことを決めた。



授業が終わり、生徒たちは鞄を手に教室を出ていく。

帰宅ラッシュの波に、次々と飲み込まれていく中で――


僕は、みんなとは逆方向へ向かった。


職員室へ。


転校生の居場所を聞き出すため、

僕は担任の前に立った。


「あの、先生」


「どうした?」

「いつものお前なら、真っ先に家に帰るだろう」


――そりゃ帰るだろ。

授業終わりのホームルームで、毎回つまらない話を延々と続けるのは、先生あなただ。


……と、さすがに口には出さず、心の中でだけ突っ込んだ。

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「練習」ラブコメ世界に転校してきたバトル主人公 @Shxbsk

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