無邪気な彼女達 ~その手を伸ばして・・・~

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無邪気な彼女達

キュリア市を旅立った狭也とニケ、そしてミーナの三人。

隣町のユーライ町の冒険者ギルドで、町の近くに現れたダイアウルフの駆逐依頼を受けて外に出た。


冬の夜の訪れは早く、既に辺りは暗くなっていた。

魔導具の街灯が辺りを照らし、立ち並ぶ商店も店じまいを始めている。


ギルドの受付嬢から宿屋の場所を教えてもらったから、今日はもう身体を休めることにした。

キュリア市程の人口の無いユーライ町は、それでも繁華街となると、まだ人ごみに溢れている。

目指す宿屋は町の東門から入り、繁華街を抜けた先にある中央広場に面している。

冒険者ギルドは、狭也達が入って来た東門からは、中央広場を越えて西門の傍にある。

つまり狭也達は来た道を戻ることになった。

東西に一直線に伸びる繁華街には、食事処や酒場もあり、その周囲は暗くなった今も賑わっている。


宿屋には食堂があるらしく、狭也達はそちらを利用しようと考えていた為、それらの店舗は素通りして行く。

キュリア市でも外食は殆どしたことのない三人にとって、こういった場所は入るのに勇気がいる。

特に気弱で人見知りのニケにとっては、魔物討伐よりも怖い場所だった。

彼女は、いくさ巫女みこの試練の際も、結局は屋台や宿の食堂で済ませていた。




宿は四人部屋が空いており、三人は二階にあるその部屋に入る。

窓は中央広場側を向いているが、防音魔法が働いており、外の喧騒は僅かに聞こえる程度に抑えられている。

入り口側と窓側にベッドが二台ずつ並んでいた。


「貴女達はそっちを使いなさい。私はこっちを一人で使うわ。」


ミーナが窓側のベッド二台を狭也とニケに譲る。


「え、いや、三人で寝れば良くない?」


狭也が、想いを寄せ合う二人へのミーナの心遣いに気付かず、ベッドをくっつけて三人で寝ようと言ってくる。


「私もその方がいいです!」


逆にニケは、ミーナの心遣いに気付いているようで、頬を赤く染めていた。


「同じ部屋なんだから、そこまでする必要ないでしょ。」

「同じ部屋だから、くっつけて皆で寝るのっ!」


狭也は憮然として言い張る。


これまでは、キュリア市でお世話になっていたユアの家でも、ミーナのお屋敷でも、個別に部屋が割り振られていたから、一緒に寝る事は無かった。

北の大地で魔族と戦っていた時は、同じ部屋でベッドをくっ付けていたが、あくまでそれぞれのベッドで寝ていたし、途中からは保護した少女のシシリィも同じ部屋で寝ていた。

旅に出発してからは、交代で一人が起きて予想外の事が無いか見張り、残る二人が馬車の中で身を寄せ合って寝ていた。


だから――「まだ三人で一緒に寝たことないもんっ!」


狭也の態度に(「もんっ!」て…子供じゃないんだから……。)と心の中で呟くミーナであった。



結局、狭也とニケが三人で寝たいと言うので、ミーナは折れるしかなく、けれど縦向きに寝るとベッドの狭間に落ちてしまうことから、横向きに寝ることになったのだが、それはそれで身体の下に隙間が出来て少々寝にくいだろう。


「それはそれ、くっついて寝れば気にならないっ!」


胸を張って宣言する狭也に、流石のニケも苦笑していた。



-----



ベッドを移動して寝床を整えると、三人は階下の食堂へと向った。

食堂は賑わっており、殆どの席は埋まっていた。

奥の方に空いている席があり、三人が席に着くと、お給仕さんが直ぐにやって来た。


「いらっしゃいませ、こちらメニューになります。」


お給仕さんは珍しく狐獣人うぇあふぉっくす族の女性で、毛が散るのを防ぐ為か、耳はほっかむりのような布で覆われ、尻尾にも布が捲かれていた。

北の大地で出逢った猫獣人うぇあきゃっと族のリィン達よりも血が濃いようで、その顔は狐そのものだが、鼻筋はスッと通っており、美人さんだと覗える。




北の大地が解放されてから、何人かは南下して移住する者が居た。

 ――個人的に

 ――友好の証として人員を交換するという形で

 ―― 一族の血が混じっていてその身内を頼る――

と、理由は様々だが、全員があの地に留まったわけではない。




「何かお勧めってありますか? 私達、こういう所、慣れてなくて。」


ミーナは気にせずお給仕さんにお勧めを訊いた。

狭也もニケも気にする様子は無く、受け取ったメニューを楽しそうに覗き込んでいる。


「そうですね、こちらなんてどうですか?」


メニューの一つを勧めるその手は、人族と遜色ない。

獣人族は、どれだけ獣の身体に近いかで、混血具合が解る。

取り敢えず、彼女の様に手が人族と同じなら、迫害等が無い限りは人間の街での生活に、それほど困ることはないだろう。


お勧めされたのは、大猪のステーキに山菜が添えられたセットメニューだった。


「お肉の大きさや硬さは、お好みでお選び頂けますよ。」


三人ともお肉はやわめで、大きさは狭也とミーナが普通、ニケが小さ目を選んだ。

これにパン一つとスープが付いてセットとなる。




-----



先程、狭也達に食事を給仕した狐獣人の女性は、食堂の隅で待機し、遠目でも楽しそうにしている狭也達を見詰めた。


彼女がこの宿で働き始めてまだ三週間と経っていない。

その為、殆どの客が彼女を珍しがり、色々と訊きたがり、場合によってはちょっかいを掛けてくる客もいた。

覚悟をして出て来てはいたが、流石にちょっとうんざりし始めていた。


だが、片親の実家であり、その曾孫が経営している宿は、北の大地を出てきた彼女が身を寄せるにはこれ以上ない場所である。



父親が人間で、昔、母親と出逢って出来た子供が彼女である。

しかし母親は先の雪の呪いで、生き延びる事が出来ずに亡くなってしまった。

独り身となった彼女は、遺品の日記から父親の情報を見つけて人間の街へと出てきた。

そしてここへ辿り着いたのだが、ただの人間である父親は既に老衰でこの世を去っていた。

だが曾孫であるこの宿の主人は、彼の娘の説得により、彼女を迎え入れ今に至っている。


「アスティさん、どうしたの? 気になる人でもいた?」


エプロンを掛けた女性が、気さくに話し掛けてくる。


「ダナエさん。」


彼女が宿の主人の娘であるダナエ。

本当に血縁にあるのかも解らないどころか、ほぼ他人と言って良いアスティを受け入れてくれた気持ちの良い女性である。

宿の主人は最初は、アスティを受け入れる事を渋っていたが、ダナエがアスティを一目で気に入り、一ヶ月間、宿の仕事を手伝って問題を起こさなければ、家族として正式に迎え入れようと家族会議で決まった。


そして既に三週間、客のイビリで衝突しかける事はあったが、今のところ、大きな問題は無く過ぎている。


アスティの方がずっと年上であるが、雪の呪いで凍結していたアスティの成長は二十三歳で止まっている。

だから、ダナエとは殆ど年も成長具合も変わらなかった。

その所為もあるのか、二人は意気投合するのが早かった。


「気になるっていうか…あの子たち。」


アスティの視線の先には、楽しげにテーブルを囲んでいる三人の少女が居る。

姉妹というには特徴が違い過ぎる三人。

ダナエはこの食堂で冒険者の話をよく聞く。

近場という事もあって、キュリア市の冒険者も利用する事が多く、そこの噂も耳にし易いし、彼女は宿屋カウンターで受付をしている。

その為、ダナエは三人の特徴に直ぐに気が付いていた。


「あの子たちは、龍狩りの三人よ。」


黒髪で十歳にも満たない幼い見た目の少女に、気の優しそうな白い聖女、そしてリーダー的な存在感を見せる耳長の少女の組み合わせ。

キュリア市で復活した古の邪龍を、中心になって退治したパーティ。


「――あの子たちが……。」


アスティは龍狩り以外でも彼女達の事を聴き知っていた。

北の大地を雪の呪いから解放した救い主。

会ったことは無いが、彼女達と行動を一緒にしていた猫獣人のヴィオラ達から、情報は伝わっていた。


「どんなに凄い子たちなんだろうと思ってたけど…。」


どう見ても、其処ら辺にいる女の子達。

聖女の服装以外は、特別な何かを感じさせるものは持っていない。

冒険者である筈の二人の近くには、普通なら置かれているだろう武器すら一本もない。


「どんな戦い方をするかしらね。」


気になるが確かめようはない。

知り合いですらないのだから、宿のお給仕さんをしているだけで馴れ馴れしく話し掛ける訳にもいかない。


「まぁ、お礼を言うぐらいは良いのじゃない?」


ダナエは、アスティの背中をバンと叩いて、宿屋カウンターの方へと向かって行った。

見ると宿を取りに来た商人らしいお客さんが、気難し気な表情で呼び鈴を鳴らしていた。




ダナエ達には、当然、自分の出自や獣人族に起こっていた事は話していた。

そんなだから、まさかの彼女の恩人の宿泊に、お節介ながら、お休み中だったアスティを引っ張り出し、急遽、食堂の給仕をさせていた。


「アスティ、こいつを奥の七番テーブルに持って行ってくれ。」


宿の主人がアスティの許へ持って来たのは、お祝いの席に出される白と茶色のコントラストが目を惹くクッキーだった。


「お前を助けてくれた人達なんだろ? 身内としては何もしないわけにいかないだろ。」


宿の主人は耳まで顔を赤くして、それだけ言葉を残すと、さっさと厨房の奥へと引っ込んで行った。

アスティは、身内と認めてくれた主人の言葉が嬉しくて、頬をほんのり染めて小さく頭を下げた。



奥の七番テーブル。

そこには今、狭也達が座って夕飯を食べている。


狭也は既に食べ終わっており、テーブルに頬杖を突いて、にこやかに笑っている。

ニケは狭也に、お肉を分けようとしている。

それを見て、ミーナが「貴女は食が細いのだから、それぐらい自分で食べなさい。」と注意している声が、意識を向けるアスティの耳に届いた。。


獣人族の特徴の一つ――意識を向けた場所の声や物音を聞き取ることが出来る。

普通に暮らす分にはあまり褒められた力ではない為、アスティは殆ど使用することは無かったが、気になる三人の楽しそうな雰囲気につられて、又、この渡されたクッキーをどのタイミングで持って行こうかと考え、つい聴力を強化してしまった。


「え、でも…少し多くて……。」


フォークを口に咥えて言い訳をするニケ。


「ニケさん、頑張って。旅を続けるんだから、しっかり食べて体力を回復しないとね。」


頬杖を突く狭也の説得に、ニケは顔を俯けて「がんばる…」と残りの小さなお肉をナイフで切り分けて渋々、口に運んでいた。

そんなニケを狭也が、椅子から立ち上がり良い子よいことする様に、その頭を撫でている。


「狭也も、甘やかさないの。」


それを見たミーナが苦笑しながら、最後のスープを口に運んでいた。


「今がチャンスね。」


アスティは、三人の仲の良い雰囲気に気後れしながらも、クッキーを載せたお盆を持って近付いて行った。






------



翌朝、狭也とニケ、ミーナは朝食を摂ると、荷物を纏めてチェックアウトをしに宿屋のカウンターへと降りて来た。

アスティがこれからの事を聞くと、まずはダイアウルフを駆逐しに行くと返事が返って来た。

今回の件は、秘密にする事でもない為、狭也達は素直に答えた。


その後は、時間帯にも依るが、そのまま街道沿いに旅に出ると言う。


「もし時間が遅くなるようでしたら、またこちらをご利用ください。」


ニッコリ微笑むアスティに、狭也達も笑顔を返した。


「「「ありがとうございます。その時はまたお願いします。」」」


三人の声が重なる。

まるで一卵性の三つ子であるかのように、一言一句、違わずに発せられて、同じタイミングで頭を下げていた。



手をブンブン振りながら狭也が入り口を出て行く。

ミーナはそんな狭也が柱にぶつからない様に、手でそっと歩く方向を誘導していた。

そんな二人の後に続いてニケが、最後にペコリとお辞儀をして外に出て行った。



「良い子たちだったわね。」


朝食の時間帯が終わりに近付き、手が空いたダナエが、三人をカウンターから見送ったアスティの傍に来た。


「知ってる? 狭也さんて、私達と殆ど同じ年なのよ。」


アスティの言葉に、ダナエはちょっと吃驚した。


「狭也さんは十九歳で、ニケさんは十五歳。ミーナさんは百を超えるのだとか。」


獣人族と同じ亜人種であるミーナが長命種である事は想像に難くないが、狭也が十九歳であることに驚きを隠せないダナエ。

あの幼い女の子が、自分達と近い年齢であることが信じられなかった。


「私も昨日、あの三人から聞いてビックリしたわ。」


実際は五百歳を超えているミーナだが、そこはまだまだ、視線を逸らしながら誤魔化して答えていた。


これまでの一連の出来事の中、狭也は一歳年を迎えて、十九歳になっていた。

いつの間に誕生日を迎えていたのかと、ニケとミーナが、狭也を問い詰めている姿を思い出し、アスティはクスリと笑ってしまう。


「だから、急いでケーキを準備していたのね?」


ニケとミーナが慌てて、アスティにケーキは作れるかと訊いてきた為、メニューのデザートの中にある品を紹介した。

ケーキを受け取ると、部屋でお祝いをするのだと、階段を上がって行く三人を見送った。






死闘を繰り返す三人の幸せそうなエピソードに、アスティは女神に彼女達の笑いが絶えない様にと、そっと願わずにはいられなかった。










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