第3話 つばめのこころ

 チャイムが鳴って、授業が終わった。イロハちゃんからLINEに連絡が入り、「きょうは部活で遅くなるから先に帰ってほしい」ということだった。それでも僕は「図書館で待っている」と返事をした。教科書類をカバンにしまっていると、肩を叩かれた。振り向くと、そこにいたのは知らないひとだった。

「三年の飛澤だ」

 そういって、彼は笑みを浮かべた。丸刈りで、日焼けしていて、ガッチリした体型であるのをかんがみると、彼が野球部員であることは明白だった。

「君は、愛沢楓くんで合っているよな?」

「そうですが」

「ちょっとここでは話しづらい。外。付き合ってもらっていいか」

 飛澤は言った。

 異論はなかった。彼が何者で、僕に何の用事なのか好奇心すら湧いた。彼の背中を追いかけて、教室を出ると、渡り廊下をわたり、今は無人の部室棟のなかへとやってきた。

「ここでいい」

 飛澤は歩みを止めた。

「君に聞きたいことがあったんだ。一年二組の波川イロハと付き合っているというのは本当なのか」

「そんなことを誰が言っていたんです?」

「星野だよ。知らないのか。君と同じクラスの野球部員だ。俺の後輩なんだ」

「知っています」

 知っている。だが、よく知らない。クラスメイトは、僕にとってはそういう存在だった。恥ずかしいことなのかもしれないけれど、イロハちゃん以外に友達と呼べるような人間はいないのだ。だから、星野というクラスメイトが、なぜ僕とイロハちゃんが付き合っているという認識を得たのか不思議でならなかった。


「いつも一緒にいるっていうじゃないか。それに両方とも美男美女と来ている。カップルと言われたら頷かざるをえないよね」

 飛澤はにこりとほほえんだ。

「で、どうなんだ。二人は付き合っているのか?」

「僕たちは幼馴染です。恋人同士というわけではありません」

 僕の言葉に、飛澤は笑顔を作った。

「そうか。実は、俺は波川に恋をしているんだ。告白しようと思っている。一目惚れだよ。黒髪ロングの子に俺は弱いんだ」

 とたんに飛澤の態度に馴れ馴れしさが生まれた。僕の肩を抱き、ニヤニヤ笑いを見せる。

「もし、俺たちが恋人同士になったら、君は応援してくれるか?」

 僕は言葉に詰まった。なんと言っていいかわからなかった。

「イロハちゃんは、そういうのには興味がないと思いますよ」

「そういうのとは何だ」

「その……愛とか恋とかいうのは」

「アタックあるのみだよ」

 飛澤は言った。

 教室に戻る途中、渡り廊下を歩いていると、鳥の鳴き声が聞こえた。ツバメの巣があった。正確にいうと、作りかけの巣が。ツバメは、わらの一本をくちばしに咥え、巣をこしらえているところだった。なんて地道な作業なんだろう。僕は、しばらく見届けたあとで、イロハちゃんに見せようと写真を撮った。

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