私に新しい肝臓をちょうだい

北浦十五

臓器売買




2026年 3月上旬



某国 某空港



 そこに1人の中年女性が降り立った。


 目深まぶかに被った帽子にサングラスとマスク。人目につかないようにしているのだろうが、それとは相反するような高そうな毛皮のコートを着て耳や指には宝石が光っている。


 彼女は日本の野党で国会議員をしている。


 国会質疑ではネチネチと与党の揚げ足取りのような質問を繰り返し、テレビ討論等では「この某国」に有利な発言をし日本の悪口ばかり言っている。


 ネットでは「反日議員」と言われているが彼女は意にも介さない。


 私は「国民の民意によって当選したのです」と。


 それは事実であるから仕方がない。


 そして彼女が「この某国」を支援するような言動を取るのは、それなりの「見返り」があるからだ。彼女が今日、某国を訪れたのは「その見返り」を得るためなのだから。




 入国審査を終え彼女は空港内のロビーを見渡す。


 今の「この某国」の入国審査はかなり厳しく手間もかかるのだが彼女は顔パス同然になっている。彼女は年に何回も訪れているから。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 彼女へ1人の男が歩み寄る。


 そして、明らかに医療用と思われる大きなマスクを手渡す。


「今のマスクを外してコレを着用して下さい」


「随分と慎重ね。助かるけど」


 彼女は殺菌済みと書かれた包装を外して大きなマスクをつける。


「今の「この国」では数種の新型ウィルスが蔓延していますからね」


「貴方は大丈夫なの?」


 男は肩をすくめる。


「私はあらゆるワクチンを接種してますから」


 そう言って男は「こちらへ」と言う身振りで歩き出す。


 小太りの女性議員は「ふぅ」とため息をついて着いて行く。

  

 


  

 2人を乗せた中型車は「この国」では地方都市に分類される都市の道路を走っている。


「今回は普通の車なのね。前回はリムジンだったのに」


 少し不満気な女性議員の声に運転席の男が苦笑する。


「あまり派手な車では襲われる可能性もありますからね」


「襲われる?」


 女性議員はいぶかし気な声を出す。


「はい。ほら、あそこ」


 男が指さす方向ではシャッターが降ろされたビルの前に大勢の人が集まり、十数人の人が警察官と思われる人達と殴り合っている。


 それを取り囲む群衆からは「私達のお金を返せ!」と言う大音量のシュプレヒコールと横断幕が揺れている。その中には「政権打倒」や「富裕層の党員の汚い首を切れ」というプラカードも散見できる。ビルに向かって火炎ビンを投げる者もいる。


「何 ? あの暴動は?」


 その言葉に男が答える。


「あのビルは銀行ですよ。しかし、2ヵ月くらい前から預金の引き出しは出来ていません。そりゃ、暴動も起きるでしょう。通帳に多額の残高はあるのに、お金が引き出せないんですから。迂回しますよ」


 男は事もなげに言って、ハンドルを切る。


「いやねぇ。この都市では、あんな事も起きてるなんて」


「この都市だけでは無いですよ。貴女も判ってる筈だと思いますけど、もう「この国」の経済はボロボロです。ですから、私達のような商売も成り立っているんですけどね。国のお墨付きで」


 女性議員は話題を変えるように言葉を続ける。

 

「貴方は前回の人とは雰囲気が違うわね。前回の人はどうしたの?」


「あぁ、アイツの事ですか」


 男は苦笑する。


「バカなヤツでしたよ。この商売の事をヒューマンライツ・ウオッチ等の国際人権団体やユニセフに告発しようとしたんです。証拠として移植データ入りのUSBメモリと一緒に。あぁ、心配は御無用です。告発する前に当局に拘束されましたから」


 男は「ご安心ください」と続ける。


「・・・・あの、その方は今は?」


「そうですねぇ、身体は健康でしたから。ドナーとして処分されたんじゃ無いですか ? 家族も一緒に」


 他人事のように語る男に女性議員は少し震えたような声で言う。


「余計な事だとは思うけど。「この国」のドナーは何人くらい確保されているの ? 臓器移植には血液型の他にもHLA(ヒト白血球抗原)の型も一致しなければ拒絶反応を起こす可能性もあるし。その、今回の私の肝臓もすぐにドナーが見つかったし」


 男はボリボリと頭を掻きながら答える。


「そうですねぇ。今は50万人くらいじゃないですか ? なぁに「この国」の総人口からしたら微々たるモノですよ。それと確保じゃなくて監禁・・・・おっと、今のは聞かなかった事に」


 男は、ニヤリと笑う。


 女性議員も聞かなかった事にしておく。


 今は肝硬変になってしまった自分の肝臓移植の事だけしか考えまい、と。






「着きましたよ」


 男はそう言って後部座席のドアを開く。


 着いた場所は地方都市の郊外にある古ぼけたビル。


 しかし、それはカモフラージュで内部には最先端の日本の医療機器が並ぶ「この国」でもトップクラスの外科手術施設である事を女性議員は知っている。「外科手術の天才」と言われる医師がいる事も。


 此処へ来るのは3度目だから。


「初めて此処に来たのは、一昨年だったわね」


 彼女は呟きながら今までの事を思い返していた。


 

 選挙で当選した彼女は先輩議員達と「この国」を訪れていた。


 有能な新人です、と「この国」の各界の首脳クラスの人達との会食で紹介された彼女は舞い上がってしまった。自分のような初当選の新人議員が会えるような身分の人達では無かったから。


 彼女は必死になって期待に応えられるように「反日活動」にいそしんだ。2回、3回と当選を重ねるうちに彼女の党内での存在感は増して行った。それと同時に彼女の心の中の「何か」が壊れていった。それは理性や良心や「日本人としてのアイデンティティ」だったのかも知れない。


 3回目の当選を果たしてからは、1人で年に数回は「この国」を訪れるようになっていた。いつも身分の高い人達と会える訳では無かったが、「それなり」の人達とは頻繁に交流していた。


 

 彼女は心臓に先天性の障害を持っていた。



 それは直ぐに命を失うモノでは無いが「長生きは難しいだろう」と日本の医師には言われていた。それを「この国」で話すと気軽に「健康な心臓の移植」を勧められた。


 半信半疑で紹介された「この国」の病院に行ってみたら「ちょうど貴女に適合したドナーがいますから移植しましょう」と言われてビックリしてしまった。



 え? ウソ。そんな簡単に都合よくドナーが見つかるの?



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 そんな言葉が彼女の脳裏をよぎったがすぐに掻き消えた。



 こんなポンコツな心臓の代わりに新しい健康な心臓が欲しい!



 彼女の頭の中には「その思い」しか無かった。



 そして、この古ぼけたビルで心臓移植の手術を受けたのである。



 「天才医師」の腕は確かなモノで手術は手際よく終わり、1月後には手術の跡は見事に消えてしまった。彼女は新しい心臓のたくましい鼓動に大満足だった。料金は全く要らないと言われた。これまで通り「この国」の指示通りに動いてくれたらそれで良い、と。


 それが一昨年の事で、昨年は「皮膚癌」と診断されてしまった。


 首から頬にかけての皮膚を移植しなければならない。


 さすがに彼女は悩んだ。顔の皮膚も移植手術を受けなければならないのだから。


 しかし、癌細胞なのだから早く移植しなければ転移する可能性が高い。


 彼女は再び「この国」の病院で相談した。すると今回も「天才医師」が執刀してくれるとの事で、当然のようにドナーも確保してある。


 全く迷わず、彼女は手術を依頼した。結果として今回も大成功だった。顔にも手術をした痕跡などは見られない。そして、今回も料金は無料だった。





「まさか、3年連続で此処ここへ来るなんてねぇ」


 苦笑しながら女性議員は男の後に続く。


「生体移植なんてしたから罰をうけてるのかもね。私は天国とやらには行けそうも無いわね」


「此処で手術を受けられる貴女はラッキーですよ。それに」


 男は暗証番号を打ち込んで現れたパネルに右手の人差し指を当てる。


 ヴーンと静かな音がして開いて行く扉を見ながら振り向く。


「ダメですよ。共産主義では宗教は禁止されています」


「・・・・そうだったわね」


 男はまた「ニヤリ」と笑うと扉の中に入って行く。彼女も扉の中に入ってい行くと扉は閉まり内部照明が点く。2人は手術室へと歩き出す。




数時間後



 女性議員は全身麻酔を受けてベッドに横たわっていた。


 今は肝臓の生体移植の手術中。


 彼女は夢を見ていた。




 真っ暗な病院の通路を彼女は歩いていた。



 何処からか子供の泣き声がする。



 彼女が泣き声のする方へ近づいて行くと2人の少女が泣いている。



 1人は高校生。もう1人は小学生くらいだろうか。2人はうずくまって泣いている。



「どうして泣いているの?」



 彼女はできるだけ優しい声で問いかける。



「だって」



 2人は泣きながら答える。



「アタシは心臓を取られたの」


「アタシは顔の皮膚を取られたぁ」


 女性議員はギョッとして後ずさる。


「あっ、アタシの心臓がある」


 振り向いた子の左胸はポッカリと空洞になっている。


「アタシの皮膚もあるぅ」


 もう1人の子の顔には皮膚が無かった。人体標本の人形のように。


「アタシの心臓を返してよ!」


 胸が空洞の子の手が女性議員の左胸を突き破る。鮮血が飛ぶ。


「アタシの皮膚も返せ!」


 顔に皮膚が無い子の爪がバリバリと皮膚を剥ぎ取って行く。


「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 女性議員の絶叫が響きわたる。


「アタシの心臓を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


「アタシの皮膚も返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」





ドゴォォォン



 激しい爆発音と振動で女性議員は眼を覚ます。


 あわてて顔に手を左胸にも手を当てるが、どちらも異常は無い。


 ホッとしたのも、束の間。異様な光景が眼に入る。


 案内して来た男が血まみれで機関銃を乱射している。


「何 ? どういう事?」


「無能な国家主席さまへの反乱部隊だよ。クーデターだ。あの外科医が裏切って手配しやがった。アイツはアムネスティ・インターナショナルとつるんでいやがった」


 その名称は彼女も知っている。ノーベル平和賞を受賞している世界最大規模の国際人権団体だ。


「あの「天才医師」が? キャッ」


 クーデター部隊の銃弾が頬をかすめる。鮮血が飛ぶ。


「今回の手術はダミーだったんだ。アンタは麻酔で寝てただけ。俺は手術中には、此処には入れねぇ。その間にあの外科医がロックを解除してアイツらを中に入れたんだ。どうやら俺もアンタも捨て駒にされたみたいだな」


「わ、私が捨て駒? そんな・・・・そんな」


 さっきの夢は正夢だったんだ。私は罰を受けるんだ。あの子達を犠牲にした罰を。


「此処には現政権にとっては知られたらマズイものがゴロゴロしてる。さっきはメインコンピュータを爆破したが今度は、この手術室を爆破する。アンタには気の毒だけど」


 女性議員は嗚咽おえつしながら言った。


「・・・・良いの。私は罰を受ける」


「へっ」


 男はニヤリと笑うと手元のスイッチを押す。



ドゴォォン


 

 

 手術室は天井が罅割ひびわれる程の爆発を起こす。



 しばらくすると瓦礫がれきの中から血まみれの白い手が伸びる。



「・・・・わ、私の・・・・新しい臓器・・・・バイバイ」



その直後。


罅割れた天井が大量のコンクリートのかたまりと共に崩落した。











参考資料 ウィキペディア




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