常若の誘惑

Bamse_TKE

常若の誘惑



『OK?じゃあ、行きます』





 いつも通りのテロップが揺れる。揺れて流れるような明朝体。今回のテーマには合わないが、動画にできなかったぼくの不思議な体験とは相性が良さそうだ。






『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです』






 木琴のワンパターンなフレーズが流れる。著作権的に許されるならば、ディズニーの名曲、


【You can fly.】


をかけたいところだが仕方ない。






『今回のタイトルはダメ、ゼッタイです』



ぼくは動画の、配信者、配信すれど、背信しない。違法薬物、絶対にNo、悪い大人に騙されないで。



 ぼくがYoutuberとして知名度が振るわないのは動画の再生回数を見れば明らかだ。そんなぼくを見捨てず支えてくれる貴重なフォロワーさんたち。動画配信収入+アルバイトだけでは食えないぼくの生活を仕送りで支えてくれるおばあちゃんと同じくらい感謝してます。だから大事なフォロワーさんから送られてくる悩み相談へのお返事もぼくの立派なお仕事。そして先日送られてきたダイレクトメッセージがこちら。



『大人になりたくない。女になりたくない』



 うーん、おそらくは未成年の女子、もしかすると年齢や性別という枠を超越した成人からのメッセージ、は考えすぎか。大人になりたくない、これは男性のぼくでもなんとなくわかる。ずっと子供でいられたら幸せだよね。でも、



『女になりたくない』



 これにはなんと答えていいのかわからない。生まれてこの方男性であったので。ただ男性に生まれてよかったと思うこともあまりない人生ではあるが。安易なアドバイスは良くない、寸学無才的なぼくはさっそくネットに答えを求めた。



【ピーターパン症候群】


 ググって初めに出てきたのがこちら、どれどれ。なるほどこれは大人になり切れない大人の話ですな。万が一フォロワーさんが先ほどぼくが空想した年齢や性別の超越者だったときのために一応覚えておこう。



急速発症性性別違和きゅうそくはっしょうせいせいべついわ


 続いてぼくの目についたのがこちら。うーん、字ずらだけではその意味すら不明だ。なんとか解読・・・・・・、は無理だったのでここは生成AIにわかりやすく解説して頂くことにした。



 どうやらこの急速発症性性別違和という概念は主に思春期以降に見られ、自分が生まれた体の性別に違和感を持ち、自然と進む二次性徴(男の子が男っぽく、女の子が女っぽく成長することらしい)に不安や恐怖を覚えることもあるようだ。うーん、気が付けば声が低くなり、ごまふりかけ程度の髭が生えてきたぼくの思春期、まったくそういう概念には行きつかなかったな。メッセージをくれたフォロワーさん、もしかしたらこれで悩んでるのかも。教養課程で心理学を履修したぼく、カウンセラーとしての経験は無いが大事な大事なフォロワーさん、全力でサポートさせて頂きます。



『悩んでるにきまってるじゃん』


 まずは悩めるフォロワーさんを受容するところから始めようと思ったぼく、悩んでいるのですかとチャットメッセージを送ったら当然至極のメッセージが帰ってきた。いかん、いかん。まずは相手の悩みを傾聴し、それに共感を見せる。基本通りやってるつもりなんだが、フォロワーさんのメッセージに怒りが見え隠れする。


『カウンセラーと同じことしないで。そんなこと望んでないの』


 おっしゃる通り、最早ぐうの音も出ないぼくに彼女は身の上話を始めてくれた。



 悩めるフォロワーさんは中学一年生女子とのこと。本名かどうかは別として、友子と名乗ってくれた。都営住宅暮らしでお母さんとお姉さんが一緒に住んでいるらしい。お母さんは友子さんの弟を死産で亡くして以来、ずっとふさぎ込んで何もできなくなってしまった。高校生のお姉さんと知子さんが家のことをまかなっていたらしい。しかしここで事態が急変した。



 お姉さんが妊娠したのである。



 高校生の身で妊娠が発覚したお姉さんは高校を自主退学、自室に引きこもり家のことは友子さん一人でおぎなうことになったようだ。



『お母さんもお姉ちゃんも、大人になったから不幸になった。女になったから不幸になったの・・・・・・』

『私は大人にも女にもなりたくない』



 メッセージの重さにしばし呆然とするぼく。ショックのあまりにメッセージを返せないままでいると、友子さんからメッセージが来た。



『私の悩みに優しい沈黙をありがとう。また話聞いてくれると嬉しいな』


 そう言い残して彼女はメッセージを終えた。気の毒だがぼくにはどうしようもない。話聞くだけならいつでもウェルカムです。ぼくは顔も知らない友子さんを案じてみた。



『すごいことがあったの』



 しばらくして友子さんからメッセージが届いた。おや、なんだか良いことでもあったのかしら?



『団地の友達からもらった薬、吸い込んだら鼻の通りが凄く良くなって。私ってば花粉症ひどいから』



 なんだろう?


 風邪薬でももらったのかしら?



『そしてその後はもう夢見心地、空も飛べる気分だった。最高、でも誰にも話しちゃダメって言われたから、あなただけにこっそり教えるね』



 それって、もしかして・・・・・・



『その薬たまに吸うようになってから、煩わしい月の物も来なくなって。ほんと最高。フェアリーダスト最高』



 うん、友子さん。そのフェアリーダストとやら間違いなく子供も大人も吸ってはいけない薬です。とはいえ僕に備わっているカウンセリングの知識は、相手を否定しないこと、これが大前提にあるのでどう反論していいかわからない。



『うれしいな、あなたは聞き上手で。他の大人に話したら絶対ダメだって言われるに決まってる。また相談させてね』



 どうしよう。カウンセラーでも、探偵でもないぼくが薬物乱用事件に巻き込まれてしまうとは。警察に届けるべき?


 いやいやぼくは友子さんの苗字さえ知らず、名前だって本名かどうかも分からない。ダイレクトメッセージのアカウントだって捨てアカウントの可能性が高い。これじゃ警察に話したってきっと相手にされまい。それにぼくの大事なフォロワーさんを警察に突き出すわけにもいかない。どうにか解決の糸口を探すことにした。



 ぼくは鼻から吸入する薬物について調べてみた。なるほど色々あるものですな。覚せい剤、コカイン、LSD等々。それにしても中学生が簡単に手に入れられるものだろうか?


 悪い大人が与えているとしても、女子中学生に違法薬物を与えるメリットがぼくには思いつかなかった。そうこうしているうちにスマホが友子さんからの新着メッセージを知らせてくれた。



『私飛ぶの』



 文章がいよいよやばくなってきた。友子さん、お気を確かに。



『いやね、比喩ひゆ表現よ』



 心配するぼくを他所に夢心地の友子さんは気楽に答えてくれた。



『今夜大きな時計台に集合するの。広い公園がそばにある都心の大きな時計台。そこに私と私の仲間が集まるの。そこから大人にならなくて済む、女にならなくて済むところへ旅立つの』



 それ絶対行っちゃダメなやつでは?



『心配ないって、友達も一緒だから。何ならこっそりお見送りに来てくれてもいいのよ。でも邪魔したりするのはなしね』



 とりあえず平静を装いつつ、もう少し情報を聞き出すことにした。



『時計台の下に午後8時5分に集合って聞いたな。昨日同じ時間に家のほうから見たら月が時計台に被ってた、月と被る時計台、映えるよね。その時計台の下に星が二つ付いているワゴンに乗り込むようにって。無理に来なくてもいいからね。また何かあったら連絡します。お話聞いてくれてありがとう』



 そういってメッセージを終えた友子さん。どどど、どうしよう。これはまさにあれだ、略取誘拐ってやつだ。薬物を餌に、少女たちをさらう、薬物乱用以上の大事件。警察に通報?


 でもどうする?


 まず場所がわからない。都心の時計台って言ったってたくさんある・・・・・・。ぼくは何色か知らない自分の脳細胞をフル回転させてみた。



『昨日同じ時間に家のほうから見たら月が時計台に被ってた、月と被る時計台、映えるよね』



 これだ。友子さんが言ってた市営団地はこのあたり、そして、


【月、20時、場所、方角】


と検索すれば月の位置がわかるから、それと条件が一致する、月がその時間帯に被るのはあの時計台だ。珍しく推理的な頭の使い方をしたが、おそらく間違いないだろう。


 問題はこの後だ。ぼくは頭脳戦も苦手だが肉弾戦はもっと苦手だ。腕っぷしにはまるで自信がない。違法薬物を使って女子中学生を誘拐するようなやつらだ、ものすごい悪者に違いない。想像しただけで身震いがする。決して武者震むしゃぶるいの類ではなく、本当に体が恐怖を実感している。


 都心に午後八時集合ってことはそろそろぼくも家を出ないと間に合わない。でも恐怖で踏ん切りがつかない。どうしよう、どうしよう。とりあえず風に当たろうと窓を開けた時、


ブゥーン


という羽音とともになにやら大きな虫が入り込んできた。大きな金色の蛾?


 そんな生き物が顔のまわりを金色の鱗粉を撒き散らしながらぐるぐると回り始めた。時々ぼくの頭を殴るかのようにその虫がぶつかってくる。ぼくはパニックになりながら、慌てて玄関を飛び出した。その虫は執拗にぼくを追い回し、気が付けばぼくは最寄り駅まで走らされていた。


 仕方ない、行けばいいんだろ、行けば。虫の知らせとはこのことか?


 なんだが違う気もするが、これは何者かからのメッセージに違いない。ぼくは友子さんを救いに行く決断をした。



 都心に向かう電車の中で考える。とりあえず現場に立ち会い、友子さんが星が二つついているワゴンとやらに乗り込むところを邪魔する。夜とは言え都心で人通りもあるだろうから、大声を出せばだれか気付いてくれるに違いない。誘拐犯も目立つことは避けたいはずだ。きっとうまくいく。


 自分を安心させようにも冷汗が止まらない。がんばれぼく、大事なフォロワーさんを誘拐犯から守るんだ。



 かくしてぼくは午後八時前に待ち合わせの時計台に辿り着いた。なるべく身を隠しながら時計台に近づく、木陰やトラックに身を隠しながら。下を向きながらちらちらとワゴンを探す、あった。ドアに星が二つ付いているワゴンだ。すごいぞ、推理がドンピシャリ、Youtuber 廃業して探偵にでもなろうかしら。


 浮かれていたら乗っていた運転手と目が合いそうになり、慌てて視線を逸らしてビルの陰に隠れるぼく。間違いない、あのワゴンだ。あとはビル陰に隠れて友子さんたちが現れるのを待つだけ。



 バチバチッ



 誘拐犯から見事に身を隠していたはずのぼく、首筋にものすごい痺れと電撃音を耳にした。感じたことの無い刺激にぼくの意識が遠のき始めた。


「あからさまに怪しいんだよ」


その一言を耳にしたぼくはそのまま気を失った。



「お目覚めかな、ようこそ我がJolly Roger号へ」


 なかなか焦点が合わないぼんやりとしたぼくの視界に長髪の男が入っていた。男はスーツ姿なのに映画の海賊みたいな骸骨が真ん中に飾られた帽子を被っている。なんだこいつ?


 この声には聞き覚えがある、そうぼくを電気ショックか何かで気絶させた犯人だ。なんてことだ、ぼくは誘拐犯に捕まってしまったようだ。ミイラ取りがミイラになる、そんな状況にぼくは震えた。横たわった体を起こそうにも、ぼくは後ろ手に縛られているようで体の自由が利かない。うねうねした長髪を海賊帽子に包んだ男はにやにやしながらぼくを助け起こし、床に座らせた。周囲を見回すとそこは小さな個室、部屋の奥にある大きめのベッドに少女たちが四、五人寝かされている。おそらく誘拐された少女たちで友子さんもその中にいるに違いない。間違いない、こいつら少女を攫って金銭に換える、現代の人身売買業者だ。


「どうして俺たちのことを嗅ぎまわってる?」


 海賊もどきの男がぼくに問いかけてきた。なんだか体が揺れるような感覚、まだぼくの体は完全に目覚めていないようだ。


「なぁ、教えてくれよ。どうして俺たちのことをこそこそと見ていたんだ?」


 大物ぶっているのかぼくを後ろ手に縛って安心しているのか、海賊もどきはぼくから離れて部屋の中をうろうろし始めた。意識が回復したぼくは部屋の左手に階段とドアがあるのを見逃さなかった。後ろ手に縛られてても立てる、ドアは体当たりで開ける。ぼくは立ち上がって階段を駆け上がった。


 ドアは体当たりしなくても開いた。海賊もどきも追ってこない。ぼくの勝ちだ。そう思ったぼくが見たのは、そう一面に広がる大海原だった。


「言っただろう、ようこそ我がJolly Roger号へって。ここは海の上だよ。どこにも逃げ場はない」


 勝ち誇ったように笑いながら海賊もどきが後ろからぼくの肩を叩いた。


「名探偵さん、条件はこういうことだ」


 海賊もどきが続けた。


「俺達のことをどうやって知ったか教えてくれれば、すぐにでも自由にしてやる。俺は約束を守る男だ」


 誘拐犯がエラそうに。


「一度海に沈んだらもう戻れないぞ。助かりたかったら・・・・・・」


と海賊もどきが言いかけた時、


「Manatoa, great spirit of mighty seawater, speak.」


と不気味な声が船首方向から聞こえた。マナトアだけ聞き取れたが、あとは英語っぽいことしかわからない。どうやら海賊もどきは英語を解するようだ。


「Mr.Summy.」


 ぼくを先ほどの部屋に戻し、スミさんと言うらしい外国人を呼び寄せてぼくを見張らせた。そして海賊もどきはロープを引っ張るのに使うであろう大きな金属製のフックを片手に船首へと向かっていった。スミさんとやらはぼくを一瞥して大あくび、誘拐犯とは言え熱心とは言い難い勤務態度である。そしてこともあろうか、ぼくを放置したまま居眠りを始めた。


 どうしよう。


 第一ここは海の上、後ろ手に縛られたままでは泳いで逃げられるとはとても思えない。思案にくれているとぼくの右肩からキラキラ光る生き物が飛び上がった。ぼくを部屋から追い出したあの虫だ。お前まだいたんかい。


 そのキラキラした生き物は寝ているスミさんの横を通り抜け、海賊もどきが言ったほうへ飛び去った。なんだか蛾と言うよりは小さな人間に羽が生えてるようにも見える・・・・・・。


 眠りこけているスミさんを尻目にそっと階段を上がると、何やら金属同士がぶつかり合う音がする。暗くてよく見えないが、船首のところで誰かが戦っているようだ。もしかして誰か助けに来てくれたのかも。


 大きな金属のフックを振り回す海賊もどき、それをまるで飛んでいるかのようにふわりふわりとかわす謎の少年。少年が持つナイフと海賊もどきのフックがぶつかったとき火花が散った。その火花に照らされた少年は、緑色の三角帽子に緑色の服、茶色いブーツに身を包んでいた。この人どっかで見たような?


 緑色の服を着た少年が海賊もどきのフックを弾き飛ばし、ナイフを海賊もどきののど元に突き付けた。海賊もどきが両手を挙げ、降参の意思を示したとき船が激しく揺れた。ぼくは先ほどの階段を転げ落ち、そのまま気を失った。熟睡するスミさんと誘拐された少女たちと一緒に。



 翌朝ぼくは海上保安庁の船に助けられた。なぜぼくたちではなく、ぼくだけなのか。それは後程。海賊もどきとスミさんは船首から海面すれすれに縛りあげられサメだか、ワニだかにかじられそうな状態だったと聞いた。海上保安庁の皆さんに聞くと、この船に乗っていたのはぼくと海賊もどき、それからスミさんだけ。あとは誰もいなかったらしい。ベッドの上にいた数人の女の子たちはどこを探しても見当たらなかった。


 そしてぼくが見た緑色の服を着た少年も、金色に輝く小さな生き物も少女たちと一緒に姿を消していた。



 こんなすごい経験をしたのだ、ぜひとも動画にしてYoutubeに上げたかったが、くれぐれも今回の件は口外無用と警察関係者や海上保安庁の皆さんから念を押された。



 無事我が家に辿り着き、スマホを確認したが友子さんからの連絡はない。友子さんや他の少女たちはどこに消えてしまったのだろう?


 もしかしたらあの緑色の服を着た少年とあの金粉を振り撒く妖精に、大人にならない国へ連れられて行ったのかも知れない。そこでもし友子さんが大人にならない不自然さに気付いたならば、そこから帰ってくるだろう。その時はメッセージをくれるに違いない。


 そんな夢想をしつつも、帰ってきた友子さんや同じ悩みを抱えた少女たち、そして僕自身もこのようなトラブルに二度と巻き込まれることが無いよう、薬物に反対する動画を作成し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

常若の誘惑 Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画