第2話 子供

ガチャ、

扉を開け、外へ出る。

朝日が目に染みるほど眩しく、澄んだ空気が肺に心地よい、いつもと変わらぬ朝を告げていた。

狼型の魔獣を討ってから、三日が経った。

あの後、子供はすぐに村の治癒師へと預けた。

命に別状はないと聞き、そのまま任せることにした。私は私で、村人たちの手を借り、森に残された彼らの亡骸を運ぶのを手伝った。

奴隷商も、連れられていた奴隷たちも、全員村の墓に入った。

身分や出自で分けられることのない、共同の墓だ。

少なくともそこでは、差別されることなく落ち着いて眠れるだろう。

一時は騒ぎになったが、村はすぐに元の姿を取り戻した。

変わらぬ日々が、何事もなかったかのように続いている。

今日も、井戸で顔を洗う。

冷たい水で眠気を流し、頭をすっきりさせる。

羊と鶏の小屋の扉を開け、放牧地へ出す。

その間に飯を用意して、掃除を済ませる。

飯を入れた途端、羊たちは一斉に戻ってきて、我先にと食いついた。

鶏達はそれぞれのペースで食べている。

次は馬小屋だ。

この家には、黒い馬が一頭だけいる。

飯をやり、寝床を整え、硬くなった筋をほぐすように首元を撫でる。

それから放牧地へ連れていき、ゆっくりと体を動かさせる。

朝からやることは多いが、これが私の変わらぬ日々だ。

変わるのは、豪雨や嵐が来た時くらいだ、と思っていた。

「魔女さん居ますかぁ!!」

その大声が聞こえた瞬間、思考が止まった。

反射的に馬小屋へ飛び込み、扉を閉め、鍵をかける。

「魔女さーーん!」

__いない。

「どこですかぁ!!」

__私はいない。

居留守を決め込む。

そのうち諦めて帰るだろう、そう思ってじっと待つ。

「お出かけですか!!」

__お前がいる限りな。

「居ないのか、」

__帰れ。

しばらくして静かになった。

帰ったのだろうと安心し、扉を開けて玄関へ向かおうとした、その時。

「ここで待ちます!!」

__帰れよ。

玄関の前で、子供が座り込んでいた。

__なぜ、帰らない。居ないのだから諦めろ

もう一度、馬小屋へ戻る。

放牧地や森の奥へ行くことも考えたが、出くわしたくないのでやめた。

「はぁ、、」

結局、子供が帰ったのは夕方だった。

それまでピクリとも動かず、玄関の前で待ち続けていた。

おかげで、馬小屋で一日を過ごす羽目になった。

__匂う

エプロンには馬小屋独特の匂いが染みついていた。

放牧地にいる動物たちを小屋へ戻し、扉を閉める。

もう、明日は来ないことを願いながら眠りについた。

_次の日。

畑で種を蒔いていると、

「魔女さーーん!!居ますかぁ!!」

__また来た。

急いで馬小屋へ向かおうとしたが、子供はこちらへ一直線に向かってくる。

咄嗟に近くの木の陰に飛び込んだ。

このままでは、木から離れられない。

こうして、変わらぬ日々は少しずつ崩れ始めた。

次の日は羊小屋。

その次は井戸の物陰。

朝から夕方まで、隠れ続ける生活。

正直、家の中にいれば、ここまで退屈になるほど隠れることはない。

だが外に出なければ、やるべきことが終わらない。

鶏が死んだり、野菜が実らなかったら、あの子供のせいにしたいくらいだ。

__はぁ、

そんな生活が、一週間続いた。

そしてその次の日。

朝から子供の姿がなく、安心して作業を終え、家へ戻ろうとした時だった。

「魔女さん!!こんにちは」

「帰れ」

見事に鉢合わせた。

「俺、魔女さんに言いたいことがあって」

「聞きたいことはない」

そう告げて家に入り、鍵をかける。

「魔女さん」

「帰れ」

扉越しでも声をかけてくる。

「直接言いたいので明日も来ます」

「来るな」

「また明日!」

__もう来るな。

こうなってしまっては仕方がない。

隠れ続けるのをやめ、

「魔女さん!おはようございます」

「帰れ」

堂々と過ごすことにした。

「魔女さん!手伝います」

「結構」

畑仕事をしていても、動物の世話をしていても、「手伝う」と言い続ける。

「魔女さん俺、お礼を言いたいんです」

「何の」

「奴隷だった俺を助けてくれた事です」

__あぁ、あの時の子供か。

正直、顔など覚えていなかった。存在だって、忘れかけていた。

ここには村の子供が物珍しさで来ているのだと思っていた。

それにしても、傷はすっかり治り、あの虚ろな目は無くなった。

ずいぶんと元気なものだ。

「魔獣がいたから殺した。それだけだ。礼はいらない」

「怪我した俺を村まで運んでくれた、、持ちますよ!!」

「生きてたから運んだだけだ」

持とうとするので、避けるように避ける。

「それでも、あの時魔女さんがいなかったら俺死んでたそうです」

「治癒師がいたから助かった。礼はそっちに言え」

放牧地へ向かい、馬を撫でる。

__このまま馬に乗って逃げたい、、

お礼を言われる筋合いはない。

村に危害が及ぶのは困る、だから殺した。

偶然生きていたから運んだだけだ。

「魔女さん、俺を助けてくれてありがとう」

「さっさと帰れ」

「これ以上、私に関わるな」

「俺、役に立ちます」

「は、」

「俺に、何かできることは」

「お前にできることは、今すぐ村へ帰ることだ」

「俺は役に、、」

「お前みたいな人間は、薬の材料にもならない」

「、、魔女さんは人間を食べるんですか」

「さぁな」

__魔女が人間を食べるわけがない。

ただ、人間の体は薬に使えるだけだ。

__それにこんな貧弱な子どもを食べるほど食料に困ってはいない。

そう言えば怖がると思ったが、

「ふくよかな子と、鍛えてる子、どっちが良いですか」

__なんの質問だ。

子供は目を輝かせてこちらを見ている。

「知るか。さっさと村に帰れ」

「俺は、、」

「お前は自由になった」

子供の言葉を遮る。

「だから、自分の自由な生き方をしろ」

奴隷として誰かの役に立つことが前提だとしたら、そんな常識は"今"は必要ない。大人になれば、そんな常識に縛られる生き方が自然と身につく。ならば、子供のうちは自由に生きるべきだ。自由でいられるのは短い一時だ。

「お前は私の役には立たない。私のことを考えなくていい。だから自分のことを考えろ」

子供は目を見開き、動かなくなった。

「日が暮れる前に帰れ」

泣かれては相手が面倒だ。

そう思い、突き放すように告げた。

今回は素直に、村へと帰っていった。

これでわかっただろう。

やっと諦めて、自分の生き方を見つけたらいい。

次の日、子供は来なかった。

日常が戻ったと安心し、自分の時間を楽しんでいた。

__翌朝。

「魔女さん!魔法を教えてください」

「は?」

そこには、もう来ないはずの子供が立っていた。

変わらぬ日々は、確かにこの時終わりを告げていた。

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不老魔女の憶那 春紗 @harusa_404

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