不老魔女の憶那

春紗

第1話 魔女

この世界には多くの者が存在していた。

同じ大地に立ち、同じ空の下で生きていながら、それぞれがまったく異なる役割を持っている。

その中でも、特に名を上げる者たちがいる。

――魔女。

新たな魔法を生み出し、年を取らず、永遠とも言える時を生きる存在。

人の身でありながら人の理から外れ、知と力を積み重ねてきた者たち。

――人間。

短命で脆い存在でありながら、感情という力を武器に、文明と歴史を築き上げてきた。

この世界の大半を占めるのが、人間である。

――呪人。

呪いを宿し、呪いに生きる者。

他の生物とは異なる力を持ち、時に誰かを貶め、時に恐れられ、

別名――異端者とも呼ばれる存在。

――神者。

この世の始まりに関わったとされる神の存在。

生物を生み、魔力を生み、世界の根幹を築いたと語られている存在。


魔女は魔法を生み出した。

人間は感情を生み出した。

神者は始まりを生み出した。

では__

呪人は、何を生み出したのだろう。

その理は誰も知らない。

それが秩序だった。

___


国の果て。

地図にも小さくしか記されない辺境の地に、小さな村があった。

石造りの家々が並ぶその村は、何十年経とうとほとんど姿を変えない。

豊かでも貧しくもなく、争いも少ない。

変化のない日常を、淡々と繰り返すだけの場所だった。

その村からさらに離れた場所。

深い森の奥に、古びた石造りの一軒家がある。

苔に覆われ、蔦に絡め取られたその家は、森そのものに抱かれるようにして佇んでいた。

そこは、魔女の家だった。

一人の魔女が、その森が芽吹いた頃から、長い時を過ごしてきた。

木々が育ち、朽ち、また芽吹くのを幾度も見送ってきた。

村とも長い付き合いだ。

人が生まれ、老い、死に、また新しい命が生まれる。

それを、変わらぬ姿のまま、ただ見つめ続けてきた。

夕刻。

魔女は村での用事を終え、家へ戻る途中だった。

その時__

遠くから、異様な音が響いた。

木々がへし折られる重い音。

空気を震わせるような、魔獣の遠吠え。

ただ事ではないと察し、魔女は足を止める。

次の瞬間には、音のする方角へと駆け出していた。

森を抜けた先、開けた場所に、それはあった。

死体となり横たわる馬。

壊れかけの馬車。

転がる荷。

そして__血の匂い。

血の匂いは強くこの場の空気を埋め尽くしていた。

そこにある馬車は、奴隷商の馬車だった。

魔獣に追われ、逃げる途中でこの辺境の村近くまで来たのだろう。

だが、魔女が辿り着いた頃には、すでに手遅れだった。

複数の狼型の魔獣。

それらを従えるように、一回り、いや二回りは大きな狼がいた。

木々ほどの大きさを誇るその魔獣は、明らかに群れの長だった。

奴隷商は、頭から喰われていた。

護衛もすでに絶命している。

馬車に繋がれていた奴隷たちは、鎖に縛られたまま逃げることもできず、手足を引き千切られ、無惨な姿で地に伏していた。

このままでは、この魔獣たちは人の味を覚える。

そうなれば、次は村が狙われる。

魔女は静かに息を吐き、魔力を展開した。

__結界 絶。

透明な魔力の結界が、空間に描かれる。

それは一瞬で魔獣の首元に現れ、音もなく斬り落とした。

巨体は地に崩れ落ち、他の狼の魔獣も次々と絶命する。中には食べてる際に斬られた者もいるので、死体にかぶりついたまま死んでいる。

森は再び、静寂を取り戻した。

「、、生きてる?」

魔女は倒れている者たち一人一人に声をかけながら脈を確認していく。

だが、返事はない。

全員が出血多量により、すでに命を落としていた。

このまま放置すれば、血の匂いに誘われて別の魔獣が集まってくる。

村に戻り、人手を借りようと踵を返した、その時。

ガチャ、

確かに、どこかで鎖の音がした。

気のせいではない。

もう一度、死体を確認していく。

ガ、チャ、、

音は、馬車の方から聞こえた。

魔女は奴隷たちの亡骸を一つずつ横にずらしていく。

そして、その奥で__

まだ微かに体温の残る、小さな体を見つけた。

子供だった。

頭を強く打ったのか、血が顔を覆い、判別すら難しい。

呼吸は浅く、今にも消えそうだ。

魔女は服の端を破き、傷口に当てる。血は布を飲み込む勢いで流れ続けている。

このままでは、この子も助からない。

そっとマントを子供に巻き付け、抱き上げる。

その体は驚くほど軽く、まるで命の重さそのものが薄れているかのようだった。

魔女はもう一度結界魔法を展開する。

死体一つ一つに、腐敗と臭いを防ぐ為に結界を施していく。

深緑の光が辺り一面を包み込む。

結界がある限り、問題はない。

「、、ぁ、」

腕の中で、微かな声がした。

子供が、意識を取り戻していた。

虚ろな瞳は、魔女を見ていなかった。どこを見ているのか、瞬きをせずに見続けていた。

「お前は生きてる」

魔女は、そう呟いた。

それは独り言のようで、本人に伝えているようだった。

魔女は子供を優しく抱きかかえ、村へと歩き出す。

その後ろにはいくつもの結界が輝き、死者を弔っているようだった。

長い時を生きてきた魔女にとって、

この出会いが何を意味するのか__まだ、知る由もなかった。

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