第4話
30分遅れで着いた体育館からはバッシュの鳴りもボールのバウンド音も聞こえない。ただ、喋り声と笑い声が渦巻くようにあふれていた。
原因はわざわざ聞かなくても分かっている。クリスマスだとかイブだとか、バスケどころじゃないんだろう。そんな時に部活なんて意味があるんだろうか。
バカ騒ぎする部員の真ん中にいるのはキャプテンとマネージャー。公認カップルの二人は昨日のイブにとうとう【できあがった】らしい。
マネージャーの美歌は保育園からの幼なじみ。今までバスケ以外興味ないって顔してたくせに、高校でバスケ部に入った途端、ムードメーカーの聖人と付き合い始めていた。
「ついにお前もパパになるのかぁ」「ばか、早ぇ! そういうダイレクトなのやめろよ!」ジャレ合う部員と聖人。それを見ている美歌も恥ずかしそうな顔をするだけで否定もない。清い関係とやらをやたら自慢していた気がするんだが。
まったく。うんざりだ。
今、ここで集まる意味はあるのか?
今日、部活なんて意味があるんだろうか。
「学校お休みでよかったですよね」一年のマネージャーがすり寄るみたいに美歌の隣に立つ。「【卵チェック】ないですもんね!」耳打ちするポーズだがその声ははっきりオレにも聞こえてきた。美歌が頷き微かに笑っている。
産卵可能になった女子が受けることになっている【卵チェック】。保健所によるそのチェックで学生としての正しい男女交友が保たれているかどうかが赤裸々となる。受精可能なタイミングに行為に及べば中身が産まれる卵になるからだ。鶏と何ら変わりない。
美歌の身体の中にある大きな忌まわしい細胞にまとわりつく貧弱なオタマジャクシの群れが透けて見えた気がして吐き気がした。
卵はやっぱり大嫌いだ。
「誠史、顔色悪いよ」
誰かの声が不意に間近に聞こえた。肩に置かれた手を振り払った。
「帰る」
それだけ言って体育館を出た。
今日、ここにいる意味がない。
家に帰った。
冷蔵庫を開けて、白く冷たい塊が並んで入るプラ容器を掴み出す。ゴミ箱のフットペダルを踏んで蓋を開けた。生ゴミの詰まったその箱の上でプラ容器を開けた。
卵なんてなくなればいい。
生ゴミの中で互いにぶつかり割れてだらしなく中身をはみ出させる卵。
ゾッとする。
はみ出している濡れた黄色い羽根に覆われたソレ。
どこも見ていない黒い目が蛍光灯の光をただ反射していた。
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