第3話
「誠史……誠史……!」
何度もオレの名を叫ぶ声が聞こえて目が覚めた。
目は開いても気だるさがまとわりついて布団から起き上がれる気がしない。
夜更かしをしたわけでもないのに徹夜でもしたかのように疲れている。
枕もとのスマホを手だけ伸ばして探り当てる。
12月25日。朝8:00を少し過ぎたところ。
こんな時間に起きるつもりなんてなかったのに。目覚ましだってセットしていなかったのに。ありえない。
一階からおふくろの声が聞こえる。オレを呼んでいる。
ダルい……
高校は冬休みに入ったのに今日も9:00学校とか、ないだろ。
聞こえないフリでやり過ごそうと思ったが呼び声は終わりなく大きくなる。それを止めるために起き上がるしかないのはわかっている。
呼ばれて降りたっていうのにダイニングキッチンには誰もいない。廊下から足早に歩き回る気配がする。
テーブルの上には朝食があるわけでもなく、「忙しい」が口癖のおふくろは材料だけを置いてもうすぐ出かけるんだろう。
おやじなんてものが存在しないからおふくろがその分忙しく働く必要があるのはわかっている。昨夜も日付が変わってから帰ってきた。
廊下に続くドアが開いておふくろが顔をのぞかせる。
「材料置いてあるから適当に作って食べてね」
いつも通り。と思ったところに、今日は珍しく言い訳がましい言葉を続ける。
「お腹の調子が悪くてギリギリまでトイレに入っていたから時間がなくなったのよ、もう時間ないわ」
へぇ、そう。
でも、そんなのはおふくろの事情だ。おふくろが働いているおかげでオレは不自由なくやれているのはわかってるつもりだけど。言われても困る。
冷蔵庫を開けてみた。日ごろからあんまり物が入っていないけど今日は一層がらんとしている。そのど真ん中に透明の薄っぺらいプラでできた容器に並んだ白い球体。
卵。
あるのはそれだけ。
うんざりだ。
「ご飯はお釜にあるから、あとは冷蔵庫にあるもの使って……」
本当に、うんざりする。
「それでね、申し訳ないんだけどゴミ捨て行って欲しくて」
髪を整えながら探るみたいな口ぶりで言う。そういえば今日は金曜日。可燃ごみの日だ。話が長引くのも面倒で、とりあえず首を縦に振っておく。まあ、忘れるかもだけど。
「ありがとう! そうだ、今日はクリスマスね。帰りにプレゼント買ってくるわね!」
とってつけたようなプレゼント話にもうんざりする。小中学生でもあるまいし、そんなもので機嫌取りしなくてもゴミくらい捨てられる。そんなことを言われるからやる気なくなるって、なんでわかんないんだろうな。
「プレゼント、なにがいい?」
「卵の中身がない世界」
「何言ってるの……忙しいのよ? 冗談聞いてる場合じゃないから!」
「いくわね」と言い残しておふくろは慌ただしく出かけていった。
ゴミ捨ては……もう面倒だな。忘れたことにしてそのままにしておくか。部活はどうするかな。夏で3年が抜けたし、ちょっと休んだからって大騒ぎする面倒なやつはいない。いや、いるか……マネージャーが幼馴染ってのも面倒だよな……行っとくか。
パックから卵を一つ取り出す。フライパンをコンロに乗せた。
吐き気がする。
フライパンに油をたらしてコンロに火を入れた。
吐き気が止まらない。
手の中の卵は冷たい。
死の温度だ。
コンロの火を消した。
三角コーナーに卵を放り込んだ。
キシャともクシャともつかない音を立てて卵は変形する。
歪に割れた殻からだらしなく中身がはみ出した。ねっとりとした何かが殻の縁を汚している。
こみ上げる悪寒。
シンクに唾を吐き捨てた。
こんなもの、食べられるはずがない。
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