全アルバイトに告ぐ
イミハ
第1話 偽善
「や、やめてよ」
狭い村社会に閉じ込められた店内に、僕の声が落ちる。
けれどその声は、ガラス扉の向こうにある現実社会へは届かない。
「いいからやれよ」
無機質なレンズが、こちらを向いている。
ポケットサイズの現代の合法兵器——スマホ。
それを突きつけながら、男は楽しそうに笑った。
「有名になりたいんだろ?
俺がプロデュースしてやるからよ」
歪んだ笑顔。
感情を持たないレンズ。
その光景を、僕は一生忘れないだろう。
手に持った醤油差しを、ゆっくりと口元に近づける。
男の口角が、さらに吊り上がった。
「はい! ペーロペロ! ペーロペロ!」
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ
……どこまでやれば終わるんだ。
僕の中で、何かが弾けた気がした。
これで終わる。
これで、解放される。
そんな叶わない願いを抱いた、その瞬間——
「やめろよ!!」
店内に、別の声が響いた。
「ちっ。萎えた」
男は舌打ちをし、スマホをポケットにしまう。
その背中は、まるで興味を失ったおもちゃを見るようだった。
僕は、その人の目を見た。
逃げない目。
逸らさない目。
ただ、こちらを見ている目。
涙が、止まらなかった。
「大丈夫か?」
差し出された手を、僕は強く握った。
気づけば、さっきまでそこにいた男の姿は消えていた。
ああ……
これで、平穏な毎日が戻るのかな。
そう、信じたかった。
*
ああぁぁぁっ!!
うぜえぇぇぇぇ!!
偽善ぶってんじゃねえぞ。
スマホを壊れそうなほど強く握りしめ、男は歯を食いしばる。
胸の奥で、熱いものが煮えたぎっていた。
ああ、うぜえ。
なんで邪魔するんだよ。
あと少しで——
バズるところだったのに。
全アルバイトに告ぐ イミハ @imia3341
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