缶蹴り

神夜紗希

缶蹴り

「缶蹴り始めるぞー!」

「おー!」


学校が終わった後に公園でやる缶蹴りは楽しい。


かくれんぼと鬼ごっこと缶を守る心理戦の合体、考えた昔の人はすごい。


今日の缶蹴りの缶は、あいつの筆箱。


そろそろ気付いてこの公園に取りに来るだろう。


ニヤニヤしながら公園の入り口に目をやる。


怒って泣くあいつの顔、面白いんだよな。


シューズをゴミ箱にシュートして入れたり、

テスト中に消しゴム奪って廊下まで転がしたり、

ノートの全ページを墨で真っ黒にしたり。


色々やってきたが、あいつは先生や親にチクらない。

片親らしいという事は知っているが詳しい話は知らない。


友達とふざけ合ってからかう時間は楽しいが、最近のあいつは無表情の事が増えてきたから少しつまんない。


だから今日は、あいつが常に持ち歩いている筆箱を奪ってみた。


何故かその筆箱は、肌身離さずって感じで守っているように感じた。


一日中見張って、一瞬出来た隙を狙って奪ったのだ。


それが、今日の缶蹴りの缶。

いつ気付くのか、気付いたらどんな反応をするのか、考えただけでワクワクした。


すると、公園の端の方から声が聞こえてきた。


「おい!早く数えろよー!」


隠れている友人が待ちきれずに叫んでいた。


「分かってる!ちょっと待てって!」


仕方ない。あいつがまだ来ていないが、蹴るか。


足を振り上げた時、ドンッと体を押された。


振り返ると、あいつが睨んでいた。


久しぶりの反応に嬉しく思いながらも、押された事への怒りを露わにする。


「何すんだよ!」


ドンッ


俺も押し返した。


あいつは尻もちを突きながらも筆箱を取って両手で握り締めた。


そんなに大事な物だったのか。

それが分かると尚更奪いたくなった。


馬乗りになり、筆箱を掴んで強引に手から剥がして取り上げる。


「缶蹴りの邪魔するんじゃねーよ!今日はこれが缶の代わりなんだよ!」


そう言って、しがみ付いて止めようとしてくる頭を押しのけながら、思いっきり蹴ってやった。


カンッ…


缶ペンケースタイプの筆箱は、本当の缶みたいに、高く飛んでいった。


あいつは俺を押しのけて走って筆箱を追いかけて行った。


見たかったあいつの顔も見たし、満足した俺は、本当の缶蹴りを始める為に空き缶を探した。


すると、後ろから、聞いた事のない音が聞こえた。


キィィィィッ…ドンッ!!


すごいブレーキ音と、鈍い音。


「きゃぁぁぁぁ!子供が、子供が!」


ここまで生々しく聞こえる叫び声。


さっきとはまるで違う空気が公園に広がっていた。


隠れていた友達数人がワラワラと集まってきた。


「おい!あいつ、轢かれてるよ!何してんだよ?!」


「さすがにやり過ぎだよ!言わないと…!」


全員が一斉に話し出す。

中には泣いてるやつもいた。


俺だって、こんな事になるなんて思ってなかったのに。

でも、絶対にバレたくない。


「うるさい!俺は何もしてない!

誰にも、何も言うな!絶対にだ!」


そう言うと、ランドセルを持って公園を飛び出した。


救急車のサイレンが聞こえてきて、思わず耳を両手で塞いだ。


ーあいつが、飛び出さなかったら良かったんだ。


そう、自分に言い聞かせた。


ーあいつが、死ななければ良かったんだ。


次の日の朝、そう、自分に言い聞かせた。


交通事故であいつは死んだ。

車道に飛び出して。

右手には缶ペンケースを握り締めていたらしい。


あいつの近所に住む女子が、泣きながらクラスメイトに話してるのが耳に入った。


『あの筆箱は、亡くなったお父さんが愛用してた缶ペンケースなんだって。○○、すごく大切にしてたの。持ってると、お父さんが側に居てくれる気がするって。』


それを聞いたクラスメイト全員、泣いていた。


俺の周りにはもう友達は居なかった。


全員、離れてこっちを見ていた。

もう、何かを言う気にもならない。


何で、俺だけが悪者になってんだよ。

お前らも楽しんでたくせに。


心の中で悪態を吐きながら、筆箱からシャーペンを出そうとさばくった。


…無い。


昨日の夜、宿題をやってから筆箱にしまったのを覚えている。


…思い違いだろうか?

誤って机に入れたのかもしれない。


仕方なく予備の鉛筆でその日は過ごした。


――その日から、

その違和感が毎日続いていく。


シャーペンから始まり、

宿題のノート、

消しゴム、

リコーダー、

赤白帽子、

定規、

7日目には、筆箱が失くなった。


さすがにおかしい。

絶対に思い違いじゃない。

家にも学校にもない。

友達も知らないと言い張る。


まさか…

そんな訳ない…

行きたくない…

あり得ない…


頭の中でグルグル考えながら

向かった先は、あの公園だった。


1週間前の事故以来、この公園には近寄らなかった。


あの音や、あいつの最後の顔を、思い出してしまうから。


公園入り口前のガードレールに、あいつのお供物がある。


ジュースやお菓子、ゲームや手紙が置いてあった。


そして、

自分の失くなった物も。


驚きと恐怖で手足が震える。

恐る恐る、それらを手に取り確認する。


シャーペン

宿題のノート

消しゴム

リコーダー

赤白帽子

定規

筆箱


全部、自分の物だった。

ノートやリコーダーには名前も書いてある。


ゾッとした。

誰の仕業なのか。

友達なのか、あいつなのか。


どうして、自分だけ、こんな目に遭わされるんだ。


震える声でお供物に向かって呟いた。


「…悪りぃって。謝ってんだろ…。」


その直後、低く太い声が真後ろから聞こえた。


『謝って済む問題じゃない。』


この世の者と思えない恐ろしい声に振り返ると、

手を繋いでいる、親子の形をした黒い影。


ドンッ!


同時に強い力で押されて道路に倒れた。


「…っ!痛っ…」


倒れたまま顔を上げると、もう黒い影はなかった。


次の瞬間、視界がひっくり返った。

鈍い衝撃。

――首が、飛んだ。


それはまるで、缶蹴りの缶のようだった。


道路には囁くように笑う音だけが残った。

楽しそうな、小さな笑い声が。


その後、1人の少年が行方不明となった。


唯一、ダンプを運転してた男性が、少年を撥ねたかもしれない、と通報したが、血痕も遺体も見つからなかった。


何ヶ月かに渡る捜索は、手掛かりも進展もなく、後に打ち切られた。


その公園のガードレールには、今でもお供物が並んでいる。


夜になると、公園から、何かを蹴る音がすると言われている。


ドスッ…ドスッ…

鈍い音が深夜に響く。


首は今でも蹴られている。


まるで――

缶蹴りの、缶のように。

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缶蹴り 神夜紗希 @kami_night

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